「歓迎されました?」
「あーるけ、歩け元気よくー!」
「みーぎに左に一歩ずつー!」
「右右右とは歩けないー!」
「だって私は二本足ー…………あの、アプリコットさん? この歌は一体……?」
「え? 私の考えた『新しい靴で歩くのは楽しい』の歌ですけど?」
「ああ、やっぱりそういうやつなんですわね」
夏空の下、ご機嫌で進むアプリコット達。今日もまた聞いたことのない歌をみんなで適当に歌いながら進むと、程なくして道の先に、西側が森に面した小さな村が見えてきた。今回もまた「最初の一歩」を揃ってやってから中に入ると、アプリコット達の姿を見た村人達が、にわかにざわめき始める。
「あの、もし! ひょっとしてお嬢さん方は、聖女様かい?」
「はい、そうですよ。あー、と言っても巡礼の旅をしている見習い聖女ですけど」
「見習い……ということは、怪我を治したりは……?」
「大抵のものは治せると思いますが……ひょっとして大怪我をされた方がいらっしゃるのですか?」
伺うように問うてくる中年男性に、レーナが心配そうに声をかける。すると男性はパッと表情を輝かせ、レーナの手を掴んできた。
「おお! それは良かった……実は少し前にイノシシ狩りをしていた村の若者に怪我人が出まして! 是非とも彼らの治療をお願いしたいのですが」
「まあ、それは大変ですわ! ならすぐに治療させていただきますわ……いいですわよね?」
振り向いて問うレーナに、アプリコットは笑顔でグッと親指を立てる。
「勿論です! 私もお手伝いしますよ!」
「むぅ。まあ怪我してる奴の前でママのお菓子を食べても微妙に美味しくないからな。我も手伝ってやるのだ」
「ありがとうございます! では、こちらへ!」
アプリコット達が頷いたのを見て、男が三人を引き連れて移動していく。向かった先は小さな教会で、扉を開けると中からムワッとした空気が漏れてくる。
「これは……もっと空気を入れ換えたりした方がいいのでは?」
「ははは、私もそう思うのですが、怪我をした者達がどうにも『寒い』と言うもので……」
「むっ!? 暑いときに寒がるのは、良くないやつだぞ?」
「そうですわね。早く治療しましょう。ちなみにこちらの教会は、どなたが管理なさっているのですか?」
「村長の奥さんです。こう小さな村だと、聖女様をお招きするのは難しくて……」
レーナの問いに、男性が困ったような表情を取る。
聖女の数は、決して多くはない。「神の声を聞く」などという存在が、そうポンポン生まれたりはしないのだ。おまけに見習い聖女はそのほとんどが巡礼の旅に出るし、聖女になってからもすぐに何処かに腰を落ち着けるわけではない。
なので、小さな村なら常駐の聖女がいないのはむしろ普通だ。だが……
「聖女様や終導女様はともかく、せめて神子さんくらいは教会から派遣されたりしなかったんですか? あ、それとも村長さんの奥さんが神子さんとかですか?」
現役の聖女や元聖女である終導女と違い、神子はなることに特別な資質が必要というわけではない。なので大量の怪我人や病人が出るなどの問題があったとき、近隣の大きな町の教会と連絡が取れるように、神子の一人くらいは常駐しているのもまた普通だ。
村側としても教会との繋がりは大きな意味を持つので、そのまま権力者の血縁になることは珍しくない。故に何気なく聞いたアプリコットの言葉に、しかし男性は更に表情を険しくする。
「それが……」
「そのお話は後ですわ! まずは患者さんを先に診ませんと!」
「おっと、そうでした!」
すぐに意識を切り替え、三人は教会の奥にあった小部屋へと進んで行く。するとそこには三人の若い男性が寝ており、腕や足に赤黒い包帯を巻いてウンウンと唸っている。
「うぅぅ……いてぇよぉ…………」
「さむい……さむい…………」
「あー、くそっ。何でこんなことに……っ!」
「うわ、これは酷いですね」
「すぐに治療しますわ! アプリコットさんとシフさんは、包帯を外してください」
「了解です!」
「任せるのだ!」
レーナの指示に従い、アプリコットとシフは二人がかりで患者達の包帯を外していく。血と膿で固まってしまった包帯は剥がすときに激痛を伴うので、一人が体を押さえながらでないと危ないのだ。
「ぎゃぁぁぁぁ!? あーっ、あぁぁーっ!」
「暴れては駄目なのだ!」
「すぐですから、我慢してください! これで……レーナちゃん!」
「はい!」
包帯の下から出てきた傷は、何らかの薬が塗られてはいたものの、お世辞にも状態が良いとは言えなかった。このまま放っておけば治るより先に腐って落ちてしまい、そうなればレーナの使う<癒やしの奇跡>ではどうにもならないところだったが……幸いにして、今ならばまだ間に合う。
「天にまします偉大なる神に、信徒たる我が希う。その信仰をお認めくださるならば、神の奇跡の一欠片を、今ここにお示しください……無病息災、無傷即再! <慈愛に輝く右の指先>!」
聖句と共にレーナの右手が輝き、その光を受けた傷口がみるみる治っていく。その人知を超えた現象に患者も連れてきた男も目を奪われるなか、程なくして若者その一の怪我は傷跡も残さず完治した。
「うぉぉ、スゲェ!? これが神様の奇跡の力ってか!」
「さあ、ドンドン行きますわよ!」
感動の面持ちで自分の足をペチペチと叩く若者をそのままに、レーナ達は残りの二人も治療していく。そうしてものの一〇分ほどで、地獄のようなうめき声をあげていた三人は完全復活を遂げた。
「ありがとうございます、聖女様!」
「俺、もう駄目かと……これならまた狩りに出られます!」
「いえいえ、見習い聖女として当然のことをしただけですわ。あ、それと、確かに怪我は治しましたけれど、体力や筋力は落ちているはずですから、しばらくはいつもより病気や怪我には注意してくださいませ。また治してもらえるからーなんて考えてはいけませんわよ?」
「ははは、流石にそんなことはしませんよ。あんな痛くて苦しいのはもうこりごりですから!」
「だよなぁ! お前なんて『お母ちゃーん』って泣いてたし」
「ばっ!? そういうお前だって――」
「はいはい。元気になったのはわかりましたから、それでも一日くらいは安静にして、その後は体をしっかり慣らしてからいつもの生活に戻ってくださいね」
「「「はい!」」」
ちょっとだけ呆れたようなレーナの言葉に、三人の若者が声を揃えて返事をする。その様子を包帯を片付けながら見ていたシフが、ポツリと呟きを零す。
「何だか、レーナがかーちゃんみたいなのだ」
「確かに! ふふふ、レーナママですね!」
「何を言うんですかお二人とも!?」
ニヤニヤと笑うアプリコット達を前に、レーナがなんとも言えない表情を浮かべる。母親という存在に憧れはあるものの、流石に自分の倍ほども年上の男性を子供だと言われるのは複雑なのだ。
「まったくもう!」
照れと怒りを半々に混ぜたレーナが、プクッと頬を膨らませる。そんな可愛らしい姿に一同がほっこりしつつも、治った三人はそれぞれ家に戻っていき、アプリコット達を連れてきた中年男性もまた、村長に連絡してくると言って教会を出て行った。
そして残ったアプリコット達が何をするかと言えば、当然教会の掃除である。元々それなりに掃除はされていたが、怪我人が滞在していたとなれば、念入りに掃除をしておかないと新たな病気の発生源になってしまうかも知れないからだ。
血で汚れた包帯は勿体ないが燃やして処分し、窓という窓を全開にして空気を入れ換え、怪我人がいたところだけでなく、壁も床もその全てを綺麗に磨き上げていく。
その過程で、アプリコットが近くの井戸から水を汲んでいると……
「むむっ!?」
こめかみに走るピリリとした感覚に、アプリコットが素早く手をかざす。するとその手にベシャッとした感触が広がり、崩れた泥団子が地面へと落ちていく。
「チッ、勘のいい奴!」
「貴方は――」
「でも覚えてろよ! 聖女なんて、俺がみんな追い出してやるからな!」
アプリコットが何かを問う間もなく、そう言ってビシッと指を突きつけてきた一〇歳くらいの男の子は、全速力で森の方へと走って行ってしまった。





