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見習い聖女の鉄拳信仰 ~癒やしの奇蹟は使えないけど、死神くらいは殴れます~  作者: 日之浦 拓
第三章 見習い聖女になりたくて

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「新しい一歩です!」

 フランソワのお父さんからお礼を貰って、更に三日後の朝。朝食を終えたアプリコット達は、お屋敷の玄関に集合していた。今までならばそうして奉仕活動に出掛け、夕方には帰ってくるだけなのだが、今回は違う。


「本当に行っちゃうのぉ?」


「ええ。ここにはもう十分滞在しましたから」


 この日、アプリコット達はトーレンベの町を出て、再び巡礼の旅に出ることを決めていた。それは当然フランソワにも告げてあり、昨日の夜は盛大な送別会もやってくれたのだが、だからといってこの瞬間が寂しくないわけではない。ションボリするフランソワにアプリコットが苦笑しながら告げ、それにレーナも追従する。


「そうですわね。ここはとても居心地が良くて……これ以上長居し過ぎると、このままここに居続けたくなってしまいますから」


「そんなの、いつまでだって居てくれていいのよぉ!? ねえじいや、そうよねぇ?」


「そうですね。皆様方が望むのであれば、旦那様は喜んで許可をしてくださると思いますが……」


 クルリと振り向いて言うフランソワに、すっかり元気になったクレソンが答える。娘の友人というだけだと年単位は厳しくなるだろうが、それが見習い聖女、しかも普通に町で奉仕活動をしている……つまり怠けて引きこもるとかではなく、純粋にここを拠点として活動を続けるというのであれば、それこそ一生面倒を見たとしても恩恵の方がずっと大きい。


 確かに聖女を政治利用したりはしないが、単純に家に滞在している……つまりいざという時に真っ先に頼れる奇跡の担い手が身近に存在するというのは、金貨を山と積んでも得られない良縁なのだ。まともな貴族であればそれを断ることなどないだろう。


 が、そんな事は百も承知で、クレソンが静かに首を横に振る。


「ですが、アプリコット様方にはそれぞれ望む未来があるのです。ここで無理を言ってお引き留めするのは、誰にとっても良くないでしょう。お嬢様としても、お友達の足を引っ張るのは嫌なのでは?」


「うぐっ、それはそうだけどぉ…………」


「そんな顔しないでください。確かにここでお別れではありますけれど、別に二度と会えないってわけじゃありませんし」


「そうですわ! 教会を通じて連絡していただければ、普通にお手紙のやりとりくらいはできますわよ!」


「お手紙……そうねぇ。じゃ、私お手紙沢山書くわぁ!」


「なら、私は沢山たくさんお返事を書きます!」


「私も書きますわ! 旅の思い出をたっぷりお伝えしますわね!」


「うむ! 我も旅の途中で美味しいママを見つけたら、ちゃんと教えてやるのだ!」


「うふふ、それはとっても楽しみだわぁ」


 三人の言葉を受けて、フランソワの顔に笑顔が戻る。ちなみにフレッドがシフに渡した指輪が使われれば、必然その請求が屋敷に回ってくる。つまりシフが頻繁にジャムを買えば買うほど旅の道程がわかるし、最終購入地がわかれば高確率で直接三人に連絡をつけられたりするのだが、クレソンはそれを言わない。


 別に隠しているわけではないので、アプリコット達が自分で気づく分には何の問題もないが、あえてこちらから「そちらの動きは常に把握しております」などと告げる必要もないのだから。


「あ、そうだ! お手紙と言えば……ちょっと待っててねぇ!」


 と、そこでフランソワが何かを思い出したようにその場を去ると、一分ほどして軽く息を切らせながら戻ってくる。


「お嬢様、室内で走るのははしたないですぞ?」


「急いでるんだから仕方ないでしょぉ!? はい、これぇ!」


「ん? 手紙ですか?」


 フランソワが差し出してきたのは、見るからに高級そうな紙質の、真っ白な封筒であった。中央には赤い封蝋が為されているため、そのままでは中を見ることはできない。


「じいやを助けてもらったお礼をどうしようかって、ずっと悩んでたんだけどぉ……ほら、みんなはシフさんのことを変な目で見られないようにするために王都に行くって言ってたでしょぉ? だから私のお友達にも、お話を聞いてあげてってお願いしたのぉ!


 そのお手紙を教会の偉い人とかに渡せば、私のお友達を紹介してもらえるはずだから、頼んでみるといいと思うわぁ!」


「え、いいんですか?」


 笑顔で言うフランソワに、しかしアプリコットは驚きを込めてクレソンの方に視線を向ける。シフの存在はアプリコット達からしても謎な部分が多く、下手に正式な後見人などになってもらうと、後々大問題が発生する可能性があるからだ。


 だからこそ先のお礼の話の時には持ち出さなかったのだが……そんな視線を受けて、クレソンが穏やかに頷く。


「ええ、問題ありません。あくまでもお嬢様がお友達にお友達を紹介するだけのことですから」


「そうですか。なら、遠慮無く……ありがとうございます、フランソワちゃん!」


「いいのよぉ! じいやを助けてもらったことに比べたら、こんなの何でもないわぁ!」


「では最後に、私の方からはこれを」


 そう言って、今度はクレソンが足下に置いていた箱をアプリコット達に手渡していく。その蓋を開けると、中に入っていたのはお揃いのデザインの白い靴であった。


「おおー! 靴です!」


「可愛らしい靴ですわ!」


「むぅ? ママではないのか?」


「見習い聖女様方は、ローブと違って靴は市販品を使っているとお聞きしたので、良いものを用意させていただきました。これからも旅を続けるのであれば、きっと役に立つはずです。どうぞお収め下さい」


「ありがとうございます! レーナちゃん、シフも、早速履いてみましょう!」


 いそいそと箱から靴を取り出し、アプリコット達が今履いているものと履き替えていく。レーナの靴はほどほどだったが、アプリコットの靴はややボロくなってきており、シフに至っては元々森で暮らしていたこともあり、靴を履いていなかった。


 ならばこそ、実際に足を入れてその履き心地に驚く。


「うわ、凄いですよこれ! 革靴なのに凄く柔らかいです!」


「エルマが履かせようとしていたやつは窮屈で仕方なかったけど、これはなかなかいい感じなのだ。気に入ったぞ!」


「確かに、風も通るような感じがしますし……あの、これひょっとして魔導具なのでは?」


「いえ、そこまで大層なものではありません。ただ魔法により<神の加護>に負けない快適性を追求した、とは職人の方が言っておりましたが……っと、それは皆様には不躾でしたな。申し訳ありません」


「いえ、それは構いませんけれど……これ、本当に貰ってしまってよろしいんですの?」


 フランソワの手紙を見た時より眉根を寄せて、レーナがクレソンに問いかける。今まで買おうと思ったことすらなかったので値段は検討もつかないが、職人が魔法を使って加工した靴なんてものが、安物であるはずがない。


 だが、クレソンの笑顔は変わらない。確かに特急で仕上げて貰った追加料金も加えればかなりの出費となったが、自分の命の値段と考えるなら、その程度何ということもない。


「勿論です。私がこうしてもうしばらくお嬢様の側にいられるのは、全て皆様方のお力があればこそ。是非その靴で、皆様方の未来に向かって歩いていただければと思います」


「ありがとうございます、じいやさん!」


「ありがとうございますわ!」


「うむ! ママじゃないけど、これはこれでいい感じなのだ!」


「ほっほっほ。喜んでいただければ幸いでございます」


「……さて、それじゃそろそろ行きましょうか」


 別れの言葉も交わし終え、アプリコットがそう切り出して屋敷の外へと出て行く。それにレーナとシフも追従し、その背にフランソワが声をかける。


「アプリコットさーん! レーナさーん! シフさーん! 元気でねぇ! また一緒に遊びましょうねぇ!」


「はい! フランソワちゃんも、お手伝い頑張ってください!」


「次のパジャマパーティを楽しみにしておりますわ!」


「ママも木イチゴも、沢山用意しておくのだ! そのうちまた食べにくるぞ!」


「フフッ、わかったわぁ! 王都に着いたら、お手紙頂戴ねぇ! あと、私のお友達にもよろしくねぇー!」


 頭が水平になるまで深く深く背を曲げたクレソンと、元気よく両手を振るフランソワに見送られ、アプリコット達は新しい旅に出る。おろしたての靴はまだ少しフワフワするけれど、それもきっとすぐに馴染むだろう。素敵な人とお友達になるのに、そう時間は必要ないのだから。


 こうして三人はトーレンベの町を出ると、王都に向かって元気に出発したのであった。

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>教会の偉い人とかに渡せば、私のお友達を紹介 王都で教会の偉い人が仲介するするほどだと、王女並みのVIPと見た。
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