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見習い聖女の鉄拳信仰 ~癒やしの奇蹟は使えないけど、死神くらいは殴れます~  作者: 日之浦 拓
第三章 見習い聖女になりたくて

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「感謝されました!」

「うわぁぁぁん! アプリコットさーん!」


「うわっ!?」


 自分が目覚めたと皆に伝えてくると言ってミレイが部屋を出ると、その僅か数秒後には勢いよく扉を開けたレーナが、寝ていたアプリコットに飛びついて来た。その衝撃を受け止めたベッドが軋み、二人の体がボヨンと弾む。


「大丈夫なんですの!? 何処か痛いところや苦しいところはありませんか!?」


「落ち着いてくださいレーナちゃん! 私はもう大丈夫ですから!」


 ベソベソと泣きながら問うてくるレーナの頭を、アプリコットが優しく撫でる。これではどっちが病人かわからないと思いつつも、内心ではちょっと嬉しい。


「おお、目が覚めたのか!」


「シフ! 貴方も心配してくれたんですか?」


「まさか! 我に勝つような奴が、こんなところで死んだりするはずがないのだ! だから我は全然心配なんてしていなかったぞ!」


 そう言うシフの態度は、確かにいつもと変わらない。だがそんなシフに対し、アプリコットの胸から顔を上げたレーナがニヤリと笑って言う。


「あら? そんな事言って、シフさんだってさっきまでは扉の前でずーっとうろうろしてましたよね?」


「ぬがっ!? それは言っては駄目なやつなのだ!」


「フフッ、恥ずかしがらなくてもいいじゃありませんか」


「そうですよ。ありがとうございます、シフ。レーナちゃんも、ありがとうです!」


「我はそういうやつでは無いというのに! まったくもう!」


「フフフ」


 腕組みをしてそっぽを向き、なのに尻尾はパタパタと揺れているシフの姿を、アプリコットとレーナが笑顔で見つめる。そうしていると再び扉が開き、次に入ってきたのはフランソワだ。


「アプリコットさん! 目が覚めたのねぇ!」


「フランソワちゃん! はい、もう大丈夫です。ご心配おかけしました」


「そうよぉ! すっごく心配したわぁ!」


 レーナが横にずれると、その場所にフランソワがやってきてアプリコットの手を握る。目の周りが赤く腫れぼったいのは、少し前まで泣いていたからだろう。


「でも、良かった……本当に良かったわぁ」


「あの、じいやさんは?」


「アプリコットさんのおかげで、ちゃんと助かったわぁ! もうすっかり元気に見えるけど、でも念のために明日一日くらいは寝てなきゃ駄目ってミレイさんが言ってたから、今は自分の部屋で寝てるわよぉ」


「そうですか……助けられて良かったです」


 気を失う前に、死神の気配が消えたことは確認していた。それでもちゃんと助かったと聞き、アプリコットがホッと胸を撫で下ろす。だがそんなアプリコットの頬を、フランソワの手がムギュッと両サイドから挟み込んだ。


「むぐっ!? な、何を!?」


「良かったけど、良くないのよぉ! じいやを助けてくれたことは、本当に本当に、ほんっとーに感謝してるけどぉ……でもそれで、アプリコットさんが死んじゃったりしたら駄目なんだからぁ!」


「ひや、ほれは……わらひはあのふらいひゃひにまへんほ?」


「何言ってるかわからないわぁ!」


「ほんなむひゃな……」


「とにかく! もうあんなこと……しちゃ駄目って言うのも違うけどぉ。でも……あーでも、そうしたらじいやは助からなかったわけだしぃ…………うぅん。でも、でも! とにかく、私はアプリコットさんのことも、とっても大事なお友達だと思ってるのよぉ!」


 アプリコットが気絶するまで頑張ったことを否定すれば、じいやが死んでも良かったということになってしまう。だがアプリコットが無茶をしたことを肯定することもできない。複雑な気持ちに折り合いがつけられず、どうにも言葉が上手く出ないフランソワに対し、アプリコットは頬を抑える両手を自分の手で掴むと、そのまま笑顔で言葉を返す。


「ありがとうございます、フランソワちゃん。でも、私は見習い聖女ですから。大切なお友達のために、できることを頑張っただけです」


「むぅぅ……」


「だから『ありがとう』でいいんです。いつかフランソワちゃんが誰かのために頑張った時、その人がフランソワちゃんに『ごめんなさい』とか『そこまで頑張らなくても』なんて言わなくてもいいように、今は私に『ありがとう』と言ってください。それだけで、私は十分ですから」


「……ありがとう」


 そっと、フランソワがアプリコットに抱きついてくる。花のような甘い香りがアプリコットの鼻先に漂い、その胸に熱い雫が染みてくる。


「ありがとう! じいやを助けてくれて、本当にありがとう! 私は……フランソワ・シュトーレンは、貴方がしてくれたことを生涯忘れないわぁ!」


「ふふふ、大げさですね。ほどほどでいいんですよ?」


「駄目よぉ! みんなには、うーんと凄いお礼を考えなくちゃ! そうねぇ……ねえじいや、どんなお礼が――」


 そう言ってフランソワが振り返るも、そこにクレソンの姿はない。もしクレソンが助かっていなければ大変に悲壮な光景だが、クレソンは普通に自室で寝ているので、フランソワは少しだけ顔を赤くした。


「えーっと、後でじいやと相談して決めるわねぇ! あ、そうよ! お父様にお話したら、きっとお父様も凄いお礼をしてくれると思うわぁ!」


「お父様ですか?」


「そうよぉ! ここしばらくはお仕事で帰って来てないけどぉ、あと……何日だったっけ?」


「旦那様のご帰宅は、明後日を予定しております」


 クレソンの代わりに控えていた使用人の女性が、フランソワの疑問に答える。するとフランソワは嬉しそうにポンと手を打ち合わせ、再びアプリコットの方に向き直った。


「そうなのねぇ! ならその時にお話するから、どんなお礼がいいかちゃんと考えておいてねぇ?」


「ふむ、お礼ですか……」


「何かくれるのか? なら我はママがいいぞ!」


「シフさんは本当にぶれませんわね」


「当たり前だ! 我は最強だから、ママを手に入れるチャンスは逃さないのだ!」


 苦笑するレーナに、シフが胸を張って言う。その後はもう少しだけ話をすると、フランソワは「そろそろまた、じいやの様子を見てくるわぁ」と言って部屋を出て行った。そうして部屋に残るのは、レーナとシフの二人だけ。


「レーナちゃんたちは、まだ寝ないんですか? もう夜ですよね?」


 流石はお金持ちの家ということもあり、この部屋には時計がある。それによると現在の時刻は夜の九時を過ぎており、常ならばそろそろ寝る時間だ。それを指摘されると、レーナがほわぁと小さなあくびをした。


「そう言われると、微妙に眠い気がしてきましたわ……さっきまでおめめぱっちりでしたのに」


「なら寝た方が……シフ?」


 アプリコットが何かを言うより早く、シフがアプリコットの寝ているベッドの左側に潜り込んでくる。


「どうしたんですか?」


「今日はあれだ。特別に我が一緒に寝てやるのだ」


「えぇ……?」


「別にお前が心配だからとかじゃないぞ! 我はもう眠くて眠くて、隣の部屋に行く力も残ってないのだ! だからここでぐっすりするのだ!」


「はっ!? ああー、何だか私も猛烈に眠くなって来ましたわー!」


「レーナちゃんまで!?」


 今度はレーナが、部屋の照明を暗くしながらベッドに入ってくる。まんまとアプリコットの右側に寝そべると、その小さな体にギュッと抱きついた。


「すみませんアプリコットさん。もう眠くて眠くて、一歩も歩けないんですの。ああ、アプリコットさんは温かいですわー」


「うむ、ぬくぬくなのだ」


 それを見たシフまで、アプリコットにギュッと抱きつく。しかし抱き枕のように左右からムギュッとされたアプリコットは、温かいどころではない。


「いや、流石にこの時期にこれは暑くないですか?」


「そんな気はしますけれど、でもこれもまたいいものですわー」


「我は最強だから、このくらいじゃへこたれないのだ!」


「いや、それは……はぁ、仕方ないですねぇ」


 ムギュムギュと挟まれ、ほっぺとほっぺをスリスリされながらアプリコットは苦笑する。この温かさは、命の温もり。そう思えば、ちょっと暑いこの環境も何だかとても愛おしい。


 結局、三人はそのまま静かな眠りにつき……翌朝、アプリコットによってベッドから蹴落とされたレーナが見たのは、布団を捲り上げお腹を出して眠るアプリコットと、丸まって自分の尻尾をしゃぶりながら「このママはモサモサしてるのだ……」と寝言を呟くシフの姿だったという。

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