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見習い聖女の鉄拳信仰 ~癒やしの奇蹟は使えないけど、死神くらいは殴れます~  作者: 日之浦 拓
第三章 見習い聖女になりたくて

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「秘密のお話です!」

「……………………はっ!?」


「あら、目が覚めたみたいね」


 意識が戻った瞬間、アプリコットの目に入ったのは最近漸く見慣れてきた豪華なベッドの天蓋であった。それと同時に横から声をかけられ、クイッと首を動かしてみると……


「……あれ? ミレイさん?」


「フフッ、レーナさんが隣にいると思った? それともシフさんかしら?」


「あ、いえ。別にそういうわけじゃ……へへへ」


 完全に図星だったので、アプリコットは微妙に引きつった笑みを浮かべてしまう。するとミレイもまた苦笑しながら、ベッドサイドに置かれた椅子から立ち上がり、未だ寝たままのアプリコットの顔を覗き込んできた。


「別に隠さなくてもいいわよ……ふむ、顔色は良さそうね。体調は問題ない? 気持ち悪いとか、何処か痛かったりしないかしら?」


「えっと……大丈夫です。問題ありません」


「なら良かったわ」


「あの! 私、どのくらい気を失ってましたか!? それと、じいやさんは……」


 上半身を起こして前のめりになりながら問うアプリコットに、しかしミレイはその肩をそっと押さえてもう一度横にならせると、そのまま言葉を続けた。


「ほら、無理しないの。アプリコットさんが寝てたのは、三時間くらいね。正直もっとずっと目が覚めないと思っていたから、少し拍子抜けしたくらいよ。


 で、じいや……クレソンさんは、平気よ。すっかり良くなって、今はもう普通にしてるわ。まあ流石に今夜くらいは安静にしているように伝えてはあるけれど」


「そう、ですか……良かった…………」


 ミレイの言葉に、アプリコットはホッと胸を撫で下ろす。だがそんなアプリコットに、ミレイは椅子を引き寄せて座り直すと、少し真剣な声で話を続ける。


「ねえ、アプリコットさん。私の方からも聞きたいことがあるのだけれど、大丈夫かしら?」


「え? はい、別に平気ですけど?」


「なら聞くけど……貴方、どうして聖女を名乗ってないの?」


「えっ!?」


 完全に予想外だった問いに、アプリコットが目を丸くして驚く。だがミレイの顔は真剣そのもので、冗談を言っている様子ではない。


「見習い聖女が見習いを卒業して聖女と呼ばれるための条件は、貴方も知ってるわよね?」


「それはまあ……神様の力の一部を自分に直接宿す、<神の秘跡>を使えることですよね?」


「正確には、<神の秘跡>を自分の意思で安定して使えるようになること、よ。実は<神の秘跡>自体は、見習い聖女でも使えることがあるの。とても感情が高ぶっている時とか、沢山の人の祈りや願いが集まっている時とか……要は『神様に声が届きやすい状況』であれば、実力を越えて<神の秘跡>が発動することは、そこまで珍しいことじゃないわ。


 だからこそ、一度使えたからといってそのまま聖女になるわけじゃないんだけれど……」


 そこで一端言葉を切ると、ミレイがジッとアプリコットの顔を見つめてくる。


「最初シフさんが私とレーナさんを呼びに来たとき、正直クレソンさんは助からないと思ってたわ。心臓の病気で、倒れてから一〇分二〇分と経ってたら、そもそも到着する頃には亡くなってる可能性が高いもの。


 だから私は倒れてるクレソンさんを見て、辛うじてでも生きていた事に驚いたわ。でもそれは、貴方が<癒やしの奇跡>でギリギリ命を繋いでいたんだろうと思ったんだけど……実際には違ったのよね?」


「それは…………で、でもほら! 光ったり音がなったりしなかったでしょう?」


「同じ神様の秘跡を使う場合は、最初の一回以外は聖光も降りないし聖歌も流れない。私もそうだったわよね?」


「あうっ!?」


 アプリコットの言い訳を、ミレイがニヤリと笑って否定する。実際ミレイもアプリコットの頼みで<癒やしの秘跡>を二度連続で発動させたが、二回目は光ることも音が流れることもなかったので、誤魔化すことはできない。


「貴方が私達の前で使った力、あれはとてもじゃないけど『奇跡』の範疇にある力じゃなかった。聖句の内容からしても、あれは間違いなく<神の秘跡>で、しかもフランソワさん達の話からすると、貴方はそれを何度も使っていた。


 教えて頂戴。確定した死を覆すほどの強力な<神の秘跡>を、自分の意思で完璧に使いこなしている貴方が、聖女を名乗らない理由は何?」


「……………………」


 ミレイの問いに、アプリコットは酸っぱいものでも食べたような顔つきになる。そしてそんなアプリコットに、ミレイは再び席を立つと、その頭をそっと撫でてくる。


「やっぱり言いづらいこと? そうかも知れないと思ったから、レーナさんやシフさんを説得して、私がここに付いていたのだけれど……」


「言いづらいというか…………その、秘密にしてくれますか?」


「誰かがとても悲しい目に遭ったりしないのなら」


 慈愛に満ちた微笑みを浮かべながら言うミレイに、アプリコットは観念したように小さく息を吐く。


「その……さっき使った秘跡は、死神様を殴って遠くに追いやっていたんです」


「……え?」


 アプリコットの告白に、しかし今度はミレイの方がキュッと眉根を寄せて困惑の表情を浮かべる。


「ごめんなさい。私の聞き間違いかしら? その……死神様を、殴ったの?」


「……………………はい。魂の回収に来ている死神様を殴って、その仕事を邪魔することで一時的に死を遠くしたんです」


「あー………………そ、そう。そうなの…………?」


 頭の上まで布団を引っ張り上げ、顔を隠しながら言うアプリコットに、ミレイは何とも言えない表情になる。


 多数いる神の中には、確かにその在り方が相反するものは存在する。たとえば今の事例で言えば、癒神スグナオルと死神マタライセは、生かすものと死ぬもので対立していると言えるだろう。


 が、別にそれらの神が敵対しているとか、そういうことではない。生きている者はいつか死に、死んだ者はいずれ新たな命として蘇る。世界とはそういう循環のなかに存在するものだというのが、この世界の根底にある考え方だからだ。


 なので、その流れを途絶えさせる……しかも「殴って邪魔をする」というアプリコットの力は、ミレイにとってあまりにも想像の埒外にありすぎて、正直どう反応していいのかわからなかった。


(それは……どうなの? 神様の仕事を邪魔するのはとても悪いことの気がするけれど、でもそれを許してるのも神様なのよね? なら私は聖女として、どういう態度を取るのがいいのかしら?)


 ミレイもまた、所詮は人の身。神の深遠なる考えや価値観を人の倫理に押し込めるのが是であるとも言えずに悩んでいると、布団に顔を隠したままモジモジするアプリコットが、更に言葉を続けていく。


「ミレイさんも見たと思いますけれど、私の力はあくまでも死を遠ざけるだけで、実際に治療したりはできないんです。なのでその、もし私が聖女を名乗るのであれば、ちゃんと自分の力で誰かを助けられるようになってからがいいかなと思いまして……」


「ああ、そういうことね」


 その言葉に、ミレイは深く納得した。アプリコットのやったことはアプリコットにしかできないことで、それはとても尊く価値のあることだ。が、「最終的に他の誰かの力を借りることが前提」というのは、確かに困ることが多い。


 実際、もしアプリコットが普通に治癒系の秘跡を使えたならば、ミレイの到着を待つまでもなくクレソンを救うことができたわけなので、それを力不足と感じることこそ、アプリコットが健全な向上心を持っている証しと言える。


「なのでその……レーナちゃん達には秘密にしてもらえますか? これで『聖女様』と呼ばれても、できないことばかりで困っちゃいますから」


「そうね、確かにその方が良さそうだわ」


 聖女と呼ばれる資格はあっても、聖女に求められる力が無い。だから今の段階で聖女を名乗ることはできない……もっととんでもない悩みが飛び出すとばかり思っていたミレイは、そう呼ばれるに値する自分になろうと頑張っている後輩の頭を、もう一度そっと優しく撫でた。

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