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見習い聖女の鉄拳信仰 ~癒やしの奇蹟は使えないけど、死神くらいは殴れます~  作者: 日之浦 拓
第三章 見習い聖女になりたくて

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「絶対に諦めません!」

「静かに寝かせます! 場所を広く空けてください!」


 アプリコットの鋭い言葉に、周囲の人達が一歩下がる。幸い床の上には絨毯が引かれているので、思ったよりもフンワリとクレソンの体を受け止めてくれる。


「じいや! じいや! しっかりして!」


「だ、大丈夫です、お嬢様…………もう一つ、飲めば…………」


 そうして横になったクレソンの横に跪くと、フランソワが必死の形相で呼びかける。そんなフランソワに引きつり笑いを返しながらクレソンが再び金属の箱に手を伸ばし……しかしその手を、アプリコットが掴んで止めた。


「アプリコットさん!?」


「な、何を……!?」


 きっと昨日までのアプリコットならば、何も気づかずそれを見守っていただろう。だがついさっき、奉仕活動先でのお爺さんとのやりとりが、アプリコットの脳内に鮮明に蘇る。


――歳を取って体が弱ってくると、どうしても薬の強さが体に合わなくなってきちゃってねぇ


――飲んだのに苦しいのが収まらなくて、仕方なくもう一粒飲んだんだけど、そうしたらそのままぶっ倒れちまったらしくて……


「駄目です! それ以上飲んだら、多分死んじゃいます!」


「で、でも! じいやが!?」


「ぐっ……うぅっ…………」


「シフ! すぐに教会……じゃない、スグナオル神殿に! 心臓の病気、魔法薬で悪化! それだけ伝えて聖女様を連れてきて!」


「わかったのだ!」


 シフの姿が、風のようにかき消える。シフの足なら、神殿まであっという間だ。だがシフが呼んで来てくれるであろう聖女様は、同じ速度では走れない。


「かはっ…………ふぅ……………………」


「じいや! 嫌ぁ! 駄目! じいやぁ!」


 そしてクレソンは、そこまで持たない。泣き叫ぶフランソワの側で、クレソンは既に最後の息を吐いてしまっている。


 目前まで迫っている、濃密な死の気配。あとほんの数秒で、クレソンの命は失われてしまう。どうにもならないその状況を……しかしアプリコットには打開する手段がある。


「見敵必殺、拳撃必滅! 我が拳は信仰と共に在り!」


 立ち上がったアプリコットが聖句を唱え、その体に神の力が満ちていく。即座に発動した筋眼には、半ば離れているクレソンの魂を回収しようとする、大鎌を手にした黒ローブの骸骨の姿が映る。


「盛者必衰、常識失墜! <理を砕く左の怪腕バニシング・サー・ワン>!」


 何も無いところに放つ、渾身の一撃。それは硬い手応えと共に、骸骨を遠くまで殴り飛ばすことに成功した。それと同時に土気色に変わっていたクレソンの顔にほんの僅かに赤みが差し、極めて弱々しいながらも呼吸が蘇る。


「じいや!」


「まだです! 気を抜かないで、あと絶対に私の邪魔をしちゃ駄目です!」


「ひっ!?」


 いつもとは違うアプリコットの強い言葉に、フランソワが怯える。しかしそんなフランソワに、アプリコットは優しく微笑みながら声をかけた。


「大丈夫、じいやさんは必ず助けます! だからフランソワちゃんは……じいやさんの手を握っていてあげてください」


「わ、わかったわぁ! じいや、頑張って……!」


 泣きそうな顔をしたフランソワが、それでも涙を堪えてクレソンの手を握ったのを右目で確認すると、アプリコットは新たに拳を構え直す。筋眼を発動したままの左目には、再び迫り来る死神の姿が映っていた。


「お仕事を邪魔して申し訳ないですけど……まだ連れて行かせるわけにはいかないんです! 盛者必衰、常識失墜! <理を砕く左の怪腕バニシング・サー・ワン>!」


 再び振るわれる神の拳に、死神もまた吹き飛ばされる。だがその手応えは先程よりも明らかに強くなっており、死神が強くなっていることが嫌でもわかってしまう。


 死神の強さは、対象が死に近づけば近づくほど増していく。殴って退けるのは、あくまでもその場しのぎでしかないのだ。根本的な治療を施さねば死神はドンドン強くなっていき、最後にはアプリコットの拳であっても微動だにしなくなることだろう。


 だが――


「<理を砕く左の怪腕バニシング・サー・ワン>!」


「じいや……じいや…………」


 それでも諦めることなく、アプリコットは拳を振るい続ける。前向きに頑張り始めた優しい友達の笑顔を取り戻すためなら、無茶をする価値は山ほどある。殴って殴って殴り続けて……そして遂に、待ち人がやってきた。


「連れてきたのだ!」


 バンと大きな音を立てて玄関の扉が開かれ、そこにはシフに手を引かれたレーナともう一人、白いローブに身を包む三〇歳くらいの女性……聖女ミレイがいる。


「はぁ、はぁ……ミレイ様、あの方ですわ!」


「わかったわ、任せて」


 レーナの言葉に、ミレイがクレソンの側に跪く。そうして軽く様態を確認すると、ポケットから小さな小瓶を取り出し、すぐに聖句を唱え始めた。


「これは……いえ、やるだけはやってみましょう。天にまします偉大なる神に、信徒たる我が希う。その信仰をお認めくださるならば、神の秘跡の一端を、今ここに顕しください。乾坤一擲、健魂一滴! <魂を満たす左の涙眼ソウルフル・サー・ガン>!」


『NA――NA――MA――MA――NA――NA――SU――LU――』


 ミレイの頭上に光が差し、高く澄んだ不思議な音が響き、それと同時にミレイの左目から虹色の涙がポタリとこぼれ落ちる。それを小瓶で受け止めると、そのままクレソンの口にそっと流し込んだが……


「……ごめんなさい、この人はもう……」


「そんな! 嫌よ、嫌ぁ! お願い、助けて! じいやを助けてよぉ!」


 黒く落ちくぼんだクレソンの目は、開かない。泣き叫ぶフランソワに一堂が沈痛な面持ちを重ねるなか、ただ一人まだ諦めていないアプリコットが叫ぶ。


「まだです! 私が合図をしたら、もう一回今のをお願いします!」


「貴方は……確かアプリコットさんだったわね? 貴方も見習い聖女ならわかってるでしょう? 私達の使う奇跡は、重ねて使っても効果が増すわけでは――」


「お願いします!」


「…………わかったわ。でも、あと一度だけよ」


 真剣な目をしたアプリコットの言葉に、ミレイは頷き、再び聖句を唱える。そうして小瓶に奇跡の涙が満たされると、アプリコットは残る全ての力を込めて、その時に備える。


「筋肉神ムッチャマッチョス様……お友達の笑顔を取り戻すために、もう少しだけ筋肉(ちから)を貸してください。見敵必殺、拳撃必滅……我が拳は信仰と共に在り!」


 力の入れすぎで目の血管が切れ、赤く染まった左目の視界に、もう幾度目かもわからない骸骨の姿が映る。その存在感は自分より遙かに大きい巨石のようで、とてもではないが殴ってどうにかなるとは思えない。


 だが、殴るのは自分であって自分ではない。左手に纏う神の力を心から信じて、アプリコットは最後の拳を解き放つ。


「盛者必衰、常識失墜! <理を砕く左の怪腕バニシング・サー・ワン>!」


 その拳が死神に当たった瞬間、世界に衝撃が走った。魂を直接揺さぶるようなそれにその場の全員が戸惑うなか、アプリコットだけが叫ぶ。


「ミレイさん! 薬を!」


「っ!? わ、わかったわ!」


 さっきより明らかに状態の良くなったクレソンの口に、ミレイが再び奇跡の涙をそっと流し込む。すると……


「うっ…………わ、私は一体……?」


「じいや!」


 遂にクレソンが目を覚ます。涙で顔をぐしゃぐしゃにしたフランソワに抱きつかれて戸惑うクレソンの顔は既に病人のそれではなく、神のもたらす奇跡の癒しが、少なくともこの場の死を遙か遠くに遠ざけたことが誰の目にもわかる。


「じいや! じいや! じいやぁ!」


「お嬢様? これは、何が……!?」


「ああ、よかったです…………」


 そんな二人を見届けたアプリコットは、全身を襲う強烈な疲労感に耐えかね、代わりにそのまま意識を失ってしまうのだった。

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