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見習い聖女の鉄拳信仰 ~癒やしの奇蹟は使えないけど、死神くらいは殴れます~  作者: 日之浦 拓
第三章 見習い聖女になりたくて

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「大変なことが起きました!」

「えっちらおっちら、ほいほいほい!」


「抜くのだ抜くのだ、ほいほほほーい!」


 ごく普通の民家の庭先。沢山の花の間に生えている草を、アプリコットとシフは歌いながら抜いていく。そんな二人を日陰で見守っているのは、その家の持ち主であるお爺さんだ。


「はっはっは、若い子は元気でいいねぇ。儂ももうちょっと元気なら、自分で手入れができるんだがねぇ」


「いえいえ、気にしないでください。これも見習い聖女としての修行の一環ですから」


 朗らかに笑うお爺さんに、アプリコットも笑顔で答える。高齢で体が思うように動かなくなった老人のお手伝いは、よくある奉仕活動の一つなのだ。


「むぅ、全部引っこ抜いていいなら楽なのに……」


「それは勘弁しておくれよ、尻尾のお嬢ちゃん。この庭は死んだ婆さんが好きで、よーく手入れしてたもんなんだ。三年くらい前までは自分で世話してたんだが、最近は流石に体が動かなくてなぁ」


「そうなんですか。それじゃ余計に念入りに草むしりをしないとですね!」


 元々手を抜くつもりなどないアプリコットだが、思い入れのある庭となれば、より一層やる気が出る。ふおーと気合いを入れて草を毟っていると、不意に背後から苦しそうなうめき声が聞こえた。


「うぐっ……っ!?」


「っ!? お爺さん!?」


「だ、大丈夫だ…………」


 胸を押さえて苦痛に顔を歪めるお爺さんに、アプリコットが即座に駆け寄る。だがお爺さんはそう言うとズボンのポケットから小さな金属製の箱を取り出し、その中に入っていた青い丸薬をゴクリと飲み込んだ。


「うっ……ふぅ…………落ち着いたわい」


「おいおいじーちゃん、平気なのか?」


「ははは。ああ、平気だよ」


「何処かお体が悪いんですか?」


「まあこの歳になると、大概色んなところが悪いんだが……特に心臓がね。ああ、また後で聖女様に薬をもらいにいかないとなぁ」


「お薬なのに、聖女様なんですか?」


 お爺さんの言葉に、アプリコットが首を傾げた。一般的に薬と言えば、錬金術師の作る魔法薬だ。そして魔法である以上、男性にしか作れない。なので聖女が薬を作るということに、今ひとつ納得がいかなかったのだ。


 だがそんなアプリコットを見て、お爺さんが笑いながら答えを教えてくれる。


「ああいや、聖女様と薬は関係ないんだよ。これは儂がもう一〇年くらい飲んでる、心臓の薬さ。ただ歳を取って体が弱ってくると、どうしても薬の強さが体に合わなくなってきちゃってねぇ。思うように効かなかったり、逆に効き過ぎたりすることがあるんだよ。


 前なんて、飲んだのに苦しいのが収まらなくて、仕方なくもう一粒飲んだんだけど、そうしたらそのままぶっ倒れちまったらしくてね。いやぁ、あの時聖女様が庭の前を通りかからなかったら、そのままぽっくり死んでたんだろうなぁ」


「ええっ!? それは大変です!」


「じーちゃん、笑い事じゃないぞ」


 思わず目を丸くするアプリコットと、咎めるような声で言うシフ。そんな二人の姿を見て、お爺さんはそれでも楽しそうに笑って話を続ける。


「あはははは、そうだねぇ。でもそれもまた運命ってやつさ。とにかくそれ以来、神殿にいる聖女様にはお世話になっているんだよ。お嬢ちゃんも見習い聖女なら、知ってるかな? ミレイさんって言うんだけど」


「ああ、知ってます! お仕事のお手伝いもしたことありますよ!」


「そうかいそうかい。あの人はとてもいい人だから、後輩として色々教えてもらうといいよ……っと、仕事の手を止めさせて悪かったね。もう大丈夫だから」


「そんなこと! 幾らお薬が効いたとは言っても、しばらくは安静にしていてください。その間にお庭の草は、完璧に抜いちゃいますから!」


「ああ、頼んだよ」


 椅子の背もたれに体を預け、目を閉じて静かに休み始めたお爺さんをそのままに、アプリコット達は一生懸命に草を毟っていく。程なくして全ての草を毟り終えると、すっかり顔色の良くなったお爺さんが笑顔で話しかけてくる。


「ああ、こりゃ綺麗になった! これならいつお迎えが来ても、婆さんに『ちゃんと庭の面倒はみたぞ』と言ってやれそうだよ」


「またまた! 草が伸びたらその時はまた別の誰かが草むしりに来ますから、安心して長生きしてください!」


「そうだぞ。生きてさえいれば、美味しいママが食べられるからな!」


「はっはっは、そうだねぇ。まあ、できるだけは頑張ってみるさ。せっかく綺麗になったんだし、儂だってもうしばらくは庭を堪能したいからねぇ」


「是非じっくりたっぷり楽しんでください! それじゃ、失礼します!」


「元気でな、じーちゃん!」


「ああ、ありがとうね!」


 手を振るお爺さんに背を向け、アプリコット達は一端教会へと戻っていく。そこで本日の奉仕活動の内容を報告して外に出ると、シフがアプリコットに話しかけてきた。


「これからどうするのだ? レーナを迎えに神殿に行くのか?」


「うーん、そうですね……」


 気合いを入れて草むしりを頑張ったせいか、今日はいつもよりも時間が早い。今から神殿に向かっても、しばらくはそこでレーナを待つことになるだろう。無論そのまま自分達も手伝うという選択もあるが、終わり際のゴタゴタしたところでいきなり人が増えても、場が混乱するだけで却って迷惑になってしまいそうな気がする。


「ちょっと早いですけど、先にフランソワちゃんの家に帰りましょうか。で、二人でレーナちゃんのために、美味しいお茶とお菓子を用意しておきましょう!」


「おお、それは素晴らしいのだ! ホーシカツドウを終えて帰ってくるレーナに、我が最高に美味しいママを食べさせてやるのだ!」


 常に一緒にいるだけが友達ではない。帰って来たレーナを目一杯もてなしてあげようと、二人はフランソワの家に帰っていく。そうして玄関を開ければ、いつも通りにクレソンが出迎えてくれた。


「おや、お二人とも今日は早いですね?」


「ただいまです、じいやさん! ちょっと早く奉仕活動が終わったので、レーナちゃんのために何か美味しいものを用意しようかなって思って」


「おお、そうでしたか。でしたら調理場にヨゼフがおりますので、彼に言っていただければよろしいかと」


「わかりました! フランソワちゃんは、まだお手伝いの途中ですか?」


「はい、お嬢様は――」


「あぁ、アプリコットさんとシフさんですわぁ!」


 話題に出したちょうどその時、家の奥の方からそんな声が聞こえてくる。アプリコット達がそちらを向けば、そこにはいつものドレスに白い前掛けをつけ、頭に頭巾を巻いて、手にはフワフワのはたきを持ったフランソワの姿があった。


「おお! フランソワちゃん、完全装備ですね!」


「でしょぉ? 今日はこれで、お家のなかをピッカピカにしてるのよぉ!」


「確かにそのはたきは埃が落ちそうなのだ。我の尻尾の方がモフモフだけどな!」


「あらあらぁ? なら今度はシフさんの尻尾でお掃除させてもらおうかしらぁ?」


「な!? だ、駄目だぞ! 我の尻尾が埃まみれになってしまうのだ!」


「冗談よぉ! シフさんの尻尾は、いつもフワフワもふもふじゃないとねぇ」


 他愛のない、いつものじゃれ合い。いつも通りに笑顔しかないその空間に……しかしこの時、たった一つ別のモノが生まれる。


「ぐっ……!?」


「じいや!?」


 不意にクレソンが、その胸を押さえて顔をしかめる。その場にいた全員が……特にフランソワが驚いて声をあげるが、クレソンは強靱な精神力で笑顔を保つと、懐から小さな金属製の箱を取り出した。


「大丈夫ですお嬢様。いつものことですから、薬を飲めば…………っ!?」


 その箱から取り出した丸薬を飲み込んだクレソンだったが、いつもならば収まるはずの胸の動悸が、何故か更にその早さを増す。


「ぐっ!? なっ…………」


「じいや!」


「危ない!」


 ふらりと倒れるクレソンの体を、アプリコットが寸前で抱き留める。それは永遠よりも長い一瞬の始まる合図だった。

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