「それぞれの頑張り方があるのです!」
「…………ということで、今日だけで二回も怒られてしまいましたわ」
「あらぁ、それは大変だったんですねぇ」
多少の問題がありつつも奉仕活動を無事に終えて、その日の夜。フランソワが貸してくれた部屋にて、四人の少女は魅惑のパジャマパーティを開いていた。「せっかくだから」と貸してくれた寝間着は蕩けるような肌触りで、シフが借りたものに至ってはきちんと尻尾の穴まで開けてある辺り、正に至れり尽くせりである。
「それで、フランソワさんは今日はどのようなお手伝いをしたんですの?」
「そうそう! あのねぇ、私は今日は、お洗濯物を干したのよぉ!」
レーナに話を振られて、今度はフランソワが嬉しそうに話し始める。幾ら大きなベッドでも四人も乗っていれば割と狭いが、今は密着して顔をつきあわせることすら楽しい。
「あのねぇ、お洗濯物って、実はとっても重いのよぉ! だから一生懸命に籠を運んで、お庭に張った縄に、こう……えいやって引っかけたのぉ!」
「おおー、頑張りましたね!」
「ふふ、上手に引っかけるのは、割と難しいんですわよね」
「そうなのよぉ! でもね、シワがないようにうんしょって引っ張って伸ばすと、真っ白なシーツがピーンと張って、何だか凄く気持ちいいのぉ!」
「ほほぅ? 何となく我も、ちっちゃい頃にそんなことをした記憶があるのだ」
「おや、シフさんもお母さんをお手伝いしてたんですか?」
「多分してたのだ! 我は最強だからな! お手伝いだって楽勝なのだ!」
「シフさんは力が強いのよねぇ? 羨ましいわぁ」
「それで、その後はどうなりましたの?」
「あっ、そうそう! 乾いたらまた引っ張って取り込んだんだけどねぇ、一つだけ地面に落としちゃったのぉ。でもアンが『もうすっかり乾いてるから、このくらいなら大丈夫ですよ』って拾ってくれてねぇ、それを受け取って顔を埋めたら、フカフカのほっかほかだったのぉ!」
「フカフカのほかほか……ということは、もしかしてフカフカでほかほかのこのベッドのシーツは?」
「うふふぅ、私が干したやつなのよぉ!」
「「「おおー!」」」
得意げに笑うフランソワに、アプリコット達はとりあえずベッドの上でコロコロ転がってみる。干したてのシーツの感触はとても気持ちよくて、アプリコットが思わず顔をスリスリしてみると、何故か他のみんなも同じようにスリスリし始める。そうしてしばしスベスベの感触を堪能していると、改めてフランソワが口を開いた。
「あのねぇ、私今日初めて家のお手伝いをしてみたけど、お仕事って大変なんだなぁって思ったわぁ」
「なら、もうやりたくなくなっちゃいましたか?」
ポフンと片ほっぺをシーツに沈めながら問うアプリコットに、フランソワがふわりと笑顔を浮かべながら首を横に振る。
「ううん。大変だけど、でもみんなに褒められたり、お礼を言われたりするのは凄く嬉しかったのぉ! だからこれからも、少しずつお手伝い頑張ってみようかなぁって」
「いいと思いますわよ。ゆっくり少しずつ、出来ることを増やしていけばいいと思いますわ」
「そうねぇ。ありがとうレーナさん、アプリコットさん、シフさん。こんな風に思えたのは、みんなのおかげだわぁ! 憧れの聖女様にはなれないのかも知れないけど、でも聖女にならなくても、誰かに喜んではもらえるのねぇ」
「そうですね。一番喜んで欲しい人は、多くの場合一番身近な人です。だったら無理に背伸びをするよりも、その人と一緒に少しずつ成長していくのが一番いいと、私も思います」
「ふふん! 我はママさえ食べさせてくれれば、いつだって喜んでやるぞ!」
得意げな顔で尻尾をファサッとしながら言うシフに、思わずレーナが苦笑を零す。
「シフさん……それはちょっと違いますわよ?」
「いやいやレーナちゃん。人を幸せにするって、案外そういうことなのかも知れませんよ? 美味しいものを一杯食べるのは、間違いなく幸せですから!」
「じゃあ、シフさんには明日も美味しいものを用意するわねぇ」
「やったのだ! フランソワは間違いなく我を幸せにしてくれたぞ!」
「ふふっ、ありがとぉ。あー、モフモフでフカフカでホカホカでスベスベだわぁ」
そんなシフの尻尾をモフったり転がったりしながら、少女四人の夜は更けていく。楽しい楽しいパジャマパーティは翌日に寝ぼすけを量産したものの、その後は特に何の問題もなく、皆がそれぞれの奉仕活動に精を出すことになる。
フランソワは、当然ながら家の手伝いだ。流石に外で見知らぬ他人に指示された奉仕活動をするには心許ないし、まだまだ覚える事は幾らでもある。
レーナは、主にスグナオル神殿での治療のお手伝いをした。大きな町だけあってそれなりに怪我人も出るらしく、先輩の聖女や終導女に見守られながら、日々奇跡の上手な使い方を勉強していく。
そしてアプリコットとシフは、主に外での奉仕活動だ。なかでも最近多いのは、庭の雑草を抜いて欲しいというものである。
「ふーっ、これで全部抜けましたね!」
「ふわぁ、大変だったのだ……」
トーレンベの町に来てから五日目。もうすぐ新しい家が建つという空き地の草を毟り終え、アプリコットとシフが額の汗を拭う。夏の日差しは随分と強くなってきており、うっかり空を見上げてしまえば、その眩しさで目がチカチカしてしまいそうだ。
「こういう時は、冷たいママのお茶が飲みたいのだ……」
「ああ、あれ美味しかったですよね」
いつも同じものばかりではと、クレソンはアプリコット達にご馳走するものに色々手を加えてくれている。中でも最近お気に入りなのは、何と氷入りの冷たいマーマレードティーだ。
「にしても、まさかお店でもない場所に氷を作る魔導具があるとは……やっぱりお金持ちの家は凄いんですね」
「うむ。我もこの時期に氷があるなんて思わなかったのだ。でも冷たくてとっても美味しかったのだ」
製氷の魔導具は高価かつ大型なので、間違っても一般の民家にあるようなものではない。また魔導具は動かすのに専用の動力が必要となり、それは魔法の才能がある男性でないと充填できないため、動作させる費用もそれなりにかかる。
つまるところ、元が無料の井戸水だろうと、氷になったら割と高いのだ。大きめの酒場などに行って一日分の稼ぎを使えばコップ一杯分くらいは買えるので、手の出ない高級品とまでは言わないが、然りとてそれを気軽に飲み物に入れられる辺り、フランソワの家は実に裕福であった。
まああんな家に住んでる時点でわかりきっていることではあるが。
「とりあえずはこれで我慢してください。水分はちゃんと摂らないと駄目ですからね」
言って、アプリコットがローブの裾から水の入った革袋を取り出す。だがそれを受け取ったシフは、何だか微妙な表情をした。
「? どうかしましたか?」
「……いや、何でも無いのだ」
何となく、そこから出てきた水は飲みたくない気がした。が、そんな我が儘を言ったところで、喉の渇きがなくなるわけではない。意を決して飲むと、シフの口の中にほのかな酸味が広がる。
「むおっ!? 何だか酸っぱいような味がするのだ!?」
「ふふふ、じいやさんが気を利かせて、レモン水にしてくれたんです。流石に冷えてはいないですけど、これはこれでサッパリして美味しいですよ」
「うむ、ママほどではないが、確かに美味しいのだ」
「さ、それを飲んだら次の場所に行きましょう!」
「次もまた雑草を抜くのか?」
「そうですよ。今日はそれで終わりですから、頑張りましょう!」
「うへぇ……まあやってやるのだ」
そこそこの量があったレモン水をあっという間にゴクゴク飲み干すと、二人は気合いも新たに次の奉仕活動の場所へと向かって行った。





