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見習い聖女の鉄拳信仰 ~癒やしの奇蹟は使えないけど、死神くらいは殴れます~  作者: 日之浦 拓
第三章 見習い聖女になりたくて

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「こっそり教えちゃいます!」

 期せずしてシフに繋がる話を聞くことのできたアプリコット達だったが、とは言えその話はそれだけで終わりだった。何せ五〇年前となれば、自分どころか自分達の両親ですら生まれていないほどの昔だ。その頃に起きたことなど、アプリコット達には調べようもない。


 ましてや終導女がその男性に出会ったのは旅の途中……アプリコット達は聞いたこともないような遠くの町であり、当時集まってくれた聖女達だって今となっては何処にいるのかわからない。国家レベルの諜報力でもあるならともかく、一二歳の見習い聖女であるアプリコット達にできるのは、「ほえー」と話を聞くことくらいが限界であった。


 とは言え、終導女が当時出会ったシフのような人が、決して見境無く暴れ出す獣のような人物ではなかったことも手伝って、ここで奉仕活動をする許可は滞りなく下りた。またそれを周知するという意味でも、今日は三人揃って、このまま神殿で奉仕活動をすることとなったのだが……


「では、いきますわよ……天にまします偉大なる神に、信徒たる我が希う。その信仰をお認めくださるならば、神の奇跡の一欠片を、今ここにお示しください。無病息災、無傷即再! <慈愛に輝く右の指先ヒール・ライト・フィンガー>!」


「うぉぉ!?」


 レーナの使った<癒やしの奇跡>で、仕事中に怪我をしたというおじさんの腕についていた傷が綺麗さっぱり治っていく。そうして治った腕を何度か曲げたり伸ばしたりすると、おじさんはニカッと笑みを浮かべてレーナに頭を下げた。


「いや、助かった! これですぐに仕事に戻れるぜ! ありがとな、聖女様」


「私はまだ見習いですから、正式な聖女ではありませんわ。それといくら治るからといって、怪我には気をつけなければ駄目ですわよ?」


「そうですね。痛いことには変わりありませんから、怪我しないのが一番です!」


「ガッハッハ! 違いねぇ! 本当にありがとうな!」


 豪快に笑いながら、おじさんが部屋を出て行く。その後はみんなでおじさんが残していった血で汚れた包帯などを片付けていると、徐にシフがレーナに話しかけた。


「それにしても、レーナは凄いのだ。手がピカッと光るだけで怪我が治るなんで、一体どうなっているのだ?」


「ああ、そう言えばシフさんには初めてお見せしたんでしたわね。あれは神様の力をほんの少しだけお借りしているんです。それができるから、私達は見習い聖女と呼ばれているのですわ」


「ふーん。ならアプリコットもできるのか?」


 何の気なしに問うてくるシフに、しかしアプリコットは手を動かしつつも苦笑する。


「いえ、私には使えません」


「む、そうなのか? でもアプリコットも見習い聖女なのだろう?」


「それはそうなんですが……」


「そう言えば、以前は急ぎだったのでお聞きしませんでしたけど、アプリコットさんはほとんどの奇跡が使えないんでしたわよね? どうしてなんですの?」


 神の奇跡を使えることは、見習い聖女になる必須条件の一つだ。それが使えないとなれば、普通ならば偽物だと糾弾されて然るべきだろう。


 だが、レーナはアプリコットの体が「最初の一歩」で光ることを知っているし、神の奇跡としか思えない、見た目にそぐわない圧倒的な身体能力を持っていることもわかっている。つまり間違いなく見習い聖女のはずなのに、何故奇跡が使えないのか? 純粋な疑問はスルリと口から滑り出て、だがすぐにレーナは言葉を足す。


「あ、いえ、もし言いづらいこととか言いたくないことでしたら、勿論無理には聞きませんわ」


「そう言うわけではないのですが……まあレーナちゃんやシフならいいでしょう。実は私の体には、<筋肉の奇跡>が常時発動し続けているんです」


「き、<筋肉の奇跡>ですか? 聞いたことが……って、常時!? まさかアプリコットさん、ずっと奇跡の力を使い続けているんですの!?」


「ええ、そうですよ?」


「駄目! 駄目ですわ! すぐにおやめにならないと、体が壊れてしまいますわ!」


 ギョッと目を剥いたレーナが、アプリコットの肩を両手で掴んでガクガクと揺らし始める。


 この世界における人知を超えた不思議な力は、主に二つ。一つは男性のみが使える魔法だが、その源たる魔力は自分自身の中にあるため、使えば減るし休めば回復する。つまり厳然たる限界があり、無制限に使えるというものではない。


 対して女性のみが授かれる神の奇跡には、限界などというものはない。大本である神からすれば、人がその欠片を使って消費する力など、小さなスプーンで海の水を掬うのと同じ。消耗などあってないようなものなので、事実上無限である。


 が、力が無限にあるからといって、それを無限に使えるかというと違う。人の体は当然ながら神の力を使うようにはできていないため、不用意に使い過ぎると体が力に耐えきれなくなり、最後には崩壊してしまうからだ。


 そんな常識を元に必死に説得しようとするレーナに、しかしアプリコットはその手を掴んで離させる。


「大丈夫ですから、落ち着いてくださいレーナちゃん」


「大丈夫ではありませんわ! 早く――」


「だから大丈夫なんですって! いいですか、筋肉というのは、鍛えると体が強くなるんです! つまり<筋肉の奇跡>で強くなっている私の体は、奇跡をずっと使い続けても大丈夫なくらいに強くなってるんです! レーナちゃんだって、私が聖句を唱えなくても強いことは知っているでしょう?」


「それは…………」


 そう言われて、レーナはアプリコットが大きな熊と戦った時や、オオカミの群れをやっつけた時、そして何よりシフと戦った時のことを思い出す。


「確かに、アプリコットさんは聖句を……奇跡を使う前から強かったですわ」


「でしょう? ただその弊害というか、私の体は常に<筋肉の奇跡>に満たされているので、他の奇跡を使えないんですよ。何せ全身ミッチミチに筋肉が詰まってますからね!」


 ニッコリと笑ったアプリコットが、ムンッと腕を曲げてみせる。子供らしいプニッとした腕は特に強そうでもなければ筋肉がついているようにも見えないが、それでも大人顔負けの力を発揮することを、レーナは何度もその目で見ている。


 つまり、その言葉に疑う余地はない。そもそも所詮は見習いでしかないレーナは、遍く全ての神の奇跡を理解しているなどと傲慢な考えは持ち合わせていない。


「そうですか……もう一度だけ聞きますけれど、無理をしているわけじゃないんですのね?」


「勿論です! 我が信仰は筋肉と共に在り、です!」


「フフッ、ならいいですわ。アプリコットさんが足りない分は、ちゃんと私がお助けできますしね」


「その分私が、レーナちゃんにできない力仕事とかをガンガンやっちゃいます!」


「……我はどうすればいいのだ?」


 聖女や神の話についていけないシフが、少しだけ拗ねたように言う。するとアプリコットとレーナは顔を見合わせニヤリと笑うと、二人揃ってシフに抱きついた。


「うわっ!? 何をするのだ!?」


「レーナちゃんが傷を癒やすなら、シフにはこのモフモフの耳と尻尾で、私達の心を癒してもらいます!」


「それに、お鼻が凄く良く効いたり、可愛らしいオオカミの姿になれたり、シフさんしかできないことは沢山ありますわ!」


「わ、わかった! わかったから離れるのだ!」


「いーえ、離しません! そのションボリ垂れ下がった耳がピンと立つまで、思うさまにモフモフしてあげます!」


「フランソワさんのお家に帰ったら、また一緒に美味しいお菓子を食べましょうね」


「むがー! 暑苦しいのだ!」


 ジタバタ騒ぐシフの体に、二人はそれでも抱きつき続け……様子を見に来た神子の人に「怪我人がくる診察室なのですから、暴れてはいけません!」と怒られるのは、僅か三分後のことであった。

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