「お勧めしました!」
「それでみんなはぁ、これからどうするのかしらぁ?」
素敵なお部屋で美味しいお茶とジャムサンドクッキーを楽しむ、至福の一時。フランソワの何気ない問いに、アプリコットがサクッとクッキーを囓ってから答える。
「そうですね……ここでお泊まりするとしても、やはり教会にはちゃんと行こうと思っています」
「そうですわね。あと私としては、癒神スグナオル様の神殿があるなら、そちらにも行っておきたいですわ」
神殿と教会は似て非なるものだ。教会は全ての神が奉られている……いわば「とりあえずここで祈れば全部済む」という場所であるのに対し、神殿は個別の神が奉られている。何故そんな仕組みになっているかと言えば、一番わかりやすいのは役割の分担というのがあるからだ。
例えば、人口が万を数えるような大都市であれば、教会の他に癒神スグナオルの神殿はほぼ必ずある。これは神に祈りたい人は教会に、怪我や病気の治療を求める人は神殿にと振り分けることで、無用な混乱を避けるためだ。
あるいは鉱山や炭鉱が近くにあり、鍛冶屋が山ほどあるような町とか、良質な糸や布が調達できる服飾品の生産が盛んな町など、特定の産業に就く人が多い町では、それぞれに対応する神の神殿があったりもする。
別に全てを教会だけで済ますこともできるのだが、一つの巨大な教会を作るよりも、要所要所に必要な神殿を建てて人々を分配する方が、誰にとっても都合がいいのだ。
「それでしたら、どちらもありますわぁ。ご案内しましょうかぁ?」
「いえ、大丈夫ですわ。教会や神殿の位置は、すぐにわかりますから」
多くの人が集まるので、教会も神殿も基本的には大通りに面したわかりやすい位置にある。また生活に密着した存在のため、その町に住んでいる人であれば大抵場所を知っている。なので全く人通りのない広大な都市、のような訳の分からない場所でなければ、教会や神殿に辿り着けないことはまずあり得ない。
「そうですかぁ。じゃあ、みんなはそこで奉仕活動をするんですねぇ。私もやってみたいですけどぉ……」
「あー、いきなりは難しいかも知れないですね。それに汚いことや疲れる事、ちょっとくらいなら危ないこともありますし」
「ええっ、危ないんですかぁ!?」
「お掃除をする時に鋭く尖ったものが混じってるかも知れないとか、狭いところで頭をぶつけないようにとか、そのくらいの危険ではありますけど……でもやっぱり、慣れていないと怪我をしちゃうこともありますからね」
見習い聖女は基本的に子供のため、その奉仕活動で求められるのは<神の奇跡>を使うことを除けば、誰にでもできる簡単な雑用がほぼ全てだ。
だがそれでも、危険というのは日常のなかにあるものだ。なので奉仕活動をする見習い聖女はちゃんと先輩方に連れられて奉仕活動の現場を体験し、何度も経験を積んでいる。
なので何も知らないフランソワが、いきなり外で奉仕活動をするのは難しい。それでもフランソワが本当の見習い聖女ならアプリコット達が面倒をみることもできるのだが、ただのお金持ちのお嬢様となると、万が一の時に責任が取れないので、アプリコット達としても軽々には受け入れられなかった。
「あふぅ。見習い聖女への道は、遠いんですわねぇ……」
アプリコットの説明に、フランソワのちょっと太めな眉がションボリと角度を下げる。するとそれを見たレーナは、ニッコリ笑って話を始めた。
「でしたら、まずはお家のお手伝いをしてみてはいかがでしょうか?」
「家のお手伝いぃ?」
「そうですわ! これだけのお屋敷ですもの。洗い物やお掃除など、お手伝いできることは沢山あるはず。ならそこから始めればいいのではありませんか?」
「で、でもでもぉ。家のお手伝いなんて、奉仕活動って言えるのぉ?」
「勿論ですわ! 奉仕とは、誰かのために頑張る気持ちです。いつもお世話になっている使用人の方やじいやさんに、感謝を込めて仕事をお手伝いするのは、立派な奉仕活動ですわ!」
「おお、それはいいですね! 家の中でお手伝いするなら危ないこともないでしょうし、それで仕事に慣れたら、その時は改めて外で奉仕活動をするのがいいんじゃないでしょうか?」
「それは……ねえじいや、それってどう思うかしらぁ?」
振り返って問うフランソワに、クレソンがとてもいい笑顔を浮かべて頷く。
「はい、私もとても良い考えだと思いますぞ」
「そう! ならそうしてみようかしらぁ!」
「フフッ、頑張ってくださいね、フランソワさん」
「よーし、私も負けませんよ! みんなでご奉仕先の人をピッカピカの笑顔にしちゃいましょう!」
「「おー!」」
「……むが? 話は終わったのか?」
意気投合するアプリコット達を見て、一心不乱にお菓子を食べ続けていたシフが漸く顔をあげる。そんなシフをみんなで笑い、そろそろ家を出て教会へと向かおうかというところで、不意にレーナがそっとクレソンに話しかけた。
「あの、じいやさん? ちょっとよろしいですか?」
「これはレーナ様。私に何かご用ですか?」
「フランソワさんのことなんですけれども……彼女がする最初のお手伝いは、うんと簡単なものにして欲しいんですの。そしてできれば、できなかったことを叱るのではなく、できたことを目一杯褒めてあげて欲しいのですわ」
「ほう?」
レーナのお願いに、クレソンがピクリと眉を釣り上げる。言いたいことの内容に察しはつくものの、それでも静かに言葉を待つクレソンに、レーナがそのまま話を続ける。
「人はできなかったことを『何故できないの?』と怒られると、そればかり意識してドンドン何もできなくなってしまうのですわ。でもできたことを認められて、凄いね、頑張ったねと褒められたら、嬉しくなってもっともっと頑張れるのですわ!
だからフランソワさんには、まずはお手伝いをして誰かに喜んでもらう気持ちを目一杯感じて欲しいんですの!」
「ふむ、素晴らしい考えですが……それはどなたから教えられたものですかな?」
「私のママ……コホン、お母様ですわ。昔は勿論そんなことわかりませんでしたけど、教会で面倒を見てくださった聖女様のお話や、その後自分で小さな子供達の面倒をみたりしていて、お母様はそうやって私を温かく見つめてくれていたのだとわかって……とても幸せな気持ちになりましたの。
だからフランソワさんにも、同じようにしてあげて欲しいなって……まあ、私が口を出すようなことじゃないのかも知れませんけど」
「いえいえ、そんなことはありませんとも。貴重なご意見ありがとうございます……レーナ様は素晴らしいお母様に育てられたのですね」
「素晴らしいなんて、そんな! 照れちゃいますわ……ふふ」
母を褒められ、レーナが恥ずかしそうにその場でクネクネする。するとそんなレーナに、玄関の方から呼び声がかかった。
「レーナちゃん! そろそろ行きましょう!」
「あ、はーいですわ! では、失礼致しますわ」
アプリコットに呼ばれて、レーナが家の玄関の方へと早歩きで去って行く。その後ろ姿を見送り、クレソンは本当に嬉しそうに微笑む。
勿論、大事なお嬢様に対する接し方など、今更レーナに言われるまでもなく理解しているし、屋敷の者達にも徹底させるつもりでいた。が、それをお嬢様と同い年の女の子が口にし、気にかけてくれているという事実が、まるで我が事のように嬉しくて仕方が無い。
「……本当に良い方達とお友達になられましたね、お嬢様」
「ねえ、じいやぁ! 私はどんなお手伝いをしたらいいのかしらぁ?」
「おっと、そうですね……ではまずは、洗濯したものを干してみるのはいかがでしょうか? そうすれば今夜は、お嬢様達が弾んでいたベッドが、よりフカフカになると思いますぞ」
「まあ、そうなのぉ! じゃ、それにするわぁ!」
「畏まりました。ではお嬢様、こちらへどうぞ」
生まれて初めてのお手伝いに、フランソワが足取りを弾ませて一礼した使用人と共に去って行く。洗濯物を干すのはそれなりにやりがいがあり、かといって危険もないし、失敗しても精々もう一度洗い直す程度だ。皿を拭かせて割ってしまうことなどと比べれば、失敗したときのフォローも容易い。
「……これならば、一安心ですな」
明るい未来へと歩き始めたフランソワの背を見送り、クレソンはそっと自分の胸に手を当てた。





