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見習い聖女の鉄拳信仰 ~癒やしの奇蹟は使えないけど、死神くらいは殴れます~  作者: 日之浦 拓
第三章 見習い聖女になりたくて

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「遊び過ぎちゃいました……」

 フランソワからのご招待を受け、再び馬車に乗って移動するアプリコット達。窓から見える町並みとおしゃべりを楽しみながらゆっくり進んだ先にあったのは、普通の民家が何軒も入りそうな豪邸であった。


「ほえー、凄いお家です!」


「私、こんな家に入るの初めてですわ」


「これだけでかければ、ママも沢山ありそうなのだ!」


 お屋敷を見上げ、三者三様の感想を口にするアプリコット達。そんな三人を前に、フランソワがその場でクルリと回転すると、ドレスの裾をふわぁっとさせながら笑顔で両手を広げて口を開いた。


「私のお家にようこそぉ! ほら、入って入ってぇ! じいや、扉を!」


「はい。では、どうぞ」


 フサフサな白髪を綺麗に整えたじいやことクレソンが、重くて大きな木製の扉を開いていく。すると中には目にも鮮やかな赤い絨毯が通路のように敷かれており、その左右には使用人と思われる四人の若い男女が立っていた。


「「「「お帰りなさいませ、お嬢様」」」」


「はぁい、ただいまぁ! 今日はお友達を連れてきたから、ちゃーんとおもてなししてあげてねぇ!」


「「「「畏まりました」」」」


 フランソワの言葉に、大人四人がビシッと従う。その情景にも、そしてそれを当然としているフランソワの態度にも、アプリコット達は引き続きほえーとなってしまう。更に……


「ごめんねぇ。王都にある本当のお家ならもっと広いんだけどぉ、お父様のお仕事でこっちに来てるだけだから、ここはあんまり広くないのぉ。でもその分みんなで一緒にいられるから、きっと楽しいと思うわぁ!」


「あ、ここよりもっと大きな家があるんですね」


「お金持ちですわ。本物のお金持ちですわ……」


 アプリコットは割と平然としているが、レーナは内心でビビり散らしていた。お嬢様っぽい言葉遣いをしていても、レーナの心の奥底は、いつだってただの村娘なのだ。


「おいフランソワ! 家なんて広くても狭くてもいいのだ! それより約束通り、さっさとママを食べさせるのだ!」


「ふふ、シフさんはせっかちねぇ。じゃあじいや、お茶とお菓子を用意してもらえるかしらぁ? その間に、私はみんなをお部屋に案内しておくわぁ!」


「畏まりました」


「じゃあ、行きましょぉ!」


 一礼して下がるクレソンをチラリと見送ると、フランソワがそう言って前を歩き始める。アプリコット達もその後を継いで赤い絨毯の上を歩いて行くと、辿り着いたのは廊下の突き当たりにある扉の前だ。


「さあ、まずはここにどうぞぉ!」


 そう言ってフランソワが開けてくれた扉をくぐれば、中はまるでお姫様の住むような部屋だった。天蓋付きの大きなベッドに、足がくるんとしている長テーブルと、二人掛けのソファが向き合うように二脚。部屋の隅には大きな鏡のついた化粧台まであり、この一部屋だけで何ヶ月どころか何年だって住めそうだ。


「うわぁ、部屋の中も凄いです!」


「まるでお姫様のお部屋みたいですわぁ!」


「フンフン……何だか甘い臭いがするのだ? ひょっとしてママを隠しているのか!?」


「うふふ、流石にお菓子は隠してありませんわぁ。甘い匂いは、多分化粧品のものじゃないかと……シフさんは鼻がとってもいいんですねぇ」


「当然なのだ! 我の鼻は小さな木イチゴの臭い一つだって嗅ぎ逃さないのだ!」


「木イチゴ? シフさんは、木イチゴもお好きなんですかぁ?」


「そうだぞ! ママを食べる前は、木イチゴふぇすてぃぼーをやっていたくらい好きなのだ!」


「なら、マーマレードの他に、木イチゴのジャムも用意させますわねぇ」


「ふぉぉぉぉぉ!? おいアプリコット、レーナ! フランソワは凄くいい奴なのだ! ママと木イチゴが一緒になるなんて、我より最強になってしまうのだ!」


 シフの尻尾が、元々綺麗に掃除されていた床を更にピカピカに磨き上げそうな勢いで激しく振られる。だがそんなシフと同じくらいソワソワしている人が、この場にはもう一人いた。


「あ、あの、フランソワさん?」


「レーナさん? 何ですかぁ?」


「その、こんなこととてもはしたないとわかっているのですけれど…………べ、ベッドの上に、ぴょーんと飛び込んでもよろしいでしょうか?」


 フカフカの大きなベッドに飛び込んで、ボヨンと弾む。それは小さな頃からのレーナの憧れの一つだった。顔を赤くして問うレーナに、フランソワがフワフワの笑みを浮かべて頷く。


「勿論、いいですわよぉ」


「やった! じゃ、じゃあ失礼して……えいっ!」


 意を決したレーナが、その身を空中に躍らせる。それを柔らかなベッドがしっかりと受け止め……ボヨン!


「はうっ!? 弾みましたわ!」


「ズルいですレーナちゃん! 私も! 私もやりたいです!」


「むぅ、何だか楽しそうなのだ! 我もボヨンとしたいのだ!」


 そう言うや否や、アプリコットとシフがベッドに飛び込む。二人の小さな体もまた、大きなベッドに受け止められ……ボヨン!


「おおー、ボヨンボヨンです!」


「わはは! これは楽しいのだ!」


 大きなベッドの上で、三人娘がボヨンボヨンと弾み続ける。それを少し離れて見ていたフランソワだったが、あまりにも楽しそうに弾む三人に、何だか自分もソワソワし始め……そんなフランソワに、アプリコットがニンマリと笑って声をかける。


「フランソワちゃんも一緒に弾みますか?」


「えぇ!? でも、私はみんなをおもてなしする立場ですしぃ……」


「構いませんわ! 三人の思い出より、四人の思い出の方がもっと素敵になりますわ!」


「そ、それじゃあ私も……わはぁ!」


 四人になった美少女が、大きなベッドの上でボヨンボヨンと弾み続ける。そのままキャイキャイと笑いながら弾み続けるアプリコット達だったが……


「お嬢様、お茶の準備が……お嬢様?」


「はわわ!? じいや!?」


「お嬢様、それにアプリコット様方も、こちらへ」


「あうっ!?」


「は、はい……」


「むぅ……?」


 顔をしかめたクレソンに呼ばれ、四人が一列に並ぶ。そんな四人に対し、クレソンは運んできたお茶とお菓子をテーブルの上に置くと、少しだけ厳しい声を出す。


「いいですか? ベッドは遊ぶものではありません。特にあのような使い方をして、もし外に落ちてしまったらどうするおつもりですか? 当家にお招きしたお客様に怪我をさせたり、ましてやお嬢様が怪我をしたりしたら、旦那様と奥様にどのようにお伝えすればいいことか――」


「ご、ごめんなさいですわぁ」


 あまりにも真っ当なお説教に、フランソワを筆頭とした全員がションボリ肩を落とす。それを数分ほど続け、シフの耳がぺたんとなってしまったのを見ると、クレソンは小さくため息を吐いてからその表情を柔らかくした。


「まあ、このくらいでよろしいでしょう。しっかり反省していただけたようですし、改めてお茶にしましょう」


「おお、やっとママが食べられるのだ!」


「あぅぅ、久しぶりに怒られてしまいましたわ……まあ私が悪いんですけれども」


「ごめんなさい。私がしてもいいって言っちゃったからぁ……」


「フランソワちゃんは悪くありませんよ! それに、こんなことを言ったらまた怒られちゃいそうですけど……」


 そこで一端言葉を切ると、アプリコットはチラリとクレソンの方を見てから、小声でレーナとフランソワに声をかける。


「みんなで怒られるのも、それはそれでいい思い出だと思いませんか?」


「ふふっ、そうですわね」


「確かに、これは忘れられない思い出になった気がするわぁ」


「……コホン。お嬢様?」


「な、何でも無いわぁ! ほら、二人とも行きましょぉ!」


「はい! お茶もお菓子も楽しみです!」


「あ、シフさん! 私達の分もちゃんと取っておいてくださいませ!」


 苦笑するクレソンを前に、三人が早足でテーブルの方に近寄っていく。一緒に遊んで、一緒に怒られたことだって、キラキラ輝く思い出の一ページ。素敵な足跡をまた一つ増やしたことに胸を躍らせながら、アプリコットは友達と一緒に美味しいお茶とお菓子を堪能するのだった。

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