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見習い聖女の鉄拳信仰 ~癒やしの奇蹟は使えないけど、死神くらいは殴れます~  作者: 日之浦 拓
第三章 見習い聖女になりたくて

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「お誘いを受けました!」

「お父様のお髭は!」


「「「ぱっぱぱー!」」」


「とってもフサフサ!」


「「「ぱっぱぱー!」」」


「じいやの頭も!」


「「「じーじじー」」」


「とってもフサフサ!」


「「「じーじじー!」」」


「お楽しみのところ失礼致します。お嬢様、そろそろトーレンベの町に到着致します」


 その後流れで順番に歌い出しをするようになり、フランソワが楽しげに歌っているなか、御者台のじいやが少しだけ申し訳なさそうにそう告げてくる。いつまでも聞き続けていたいという思いはあるものの、仕事はきっちりするじいやなのだ。


「あら、もうなのぉ? 何だかあっという間だったわぁ」


「それで、如何致しましょう? このまま町に入ってもよろしいのですか?」


「え? どういうことぉ?」


 じいやの問いに、フランソワが可愛らしく首を傾げる。だがすぐにそれに気づくと、アプリコットとレーナが顔を見合わせ声をあげた。


「あ、『最初の一歩』ですね!」「ですわ!」


「最初の一歩……ああ、あれねぇ!」


「む? 尻尾がどうかしたのか?」


「尻尾じゃなくて、一歩ですわ。町や村なんかに初めて入ると、私達の体がピカッと光るのですわ!」


「おお、それは凄いのだ!」


「まあ光るだけですけどね。でも、わざわざ馬車を降りてそれをするのは、ご迷惑じゃありませんか?」


 最初の一歩は、別にやらなければならないというものではない。というか、このまま馬車に乗って町に入れば、入ったと見なされた瞬間にアプリコットとレーナの体がピカッとするだけだ。


 なので、人通りが多い町などに入る場合は、特に意識せずに素通りしてしまうことも割とある。記念としてやりたい気持ちはあっても、周囲に迷惑をかけてまでやるようなことではないからだ。


 故にこそ遠慮がちに問うアプリコットに、むしろフランソワが盛り上がる。


「迷惑だなんて、そんなことありませんわぁ! ねえじいや、平気よねぇ?」


「勿論でございます。でしたら門の前で一度馬車を止めることに致しましょう」


「お願いねぇ」


「お気遣いありがとうございますわ」


「ありがとうございます、じいやさん! フランソワちゃん!」


 ちゃんと二人にお礼を言い、そのまま揺られ続けることしばし。停車した馬車から降りると、そこには石と鉄でできた立派な門と、二人の門番の人が立っていた。


「やあ、ようこそ見習い聖女さん方」

「境界は大体この辺だから、準備出来たら言ってね」


「はい、ありがとうございます! さ、レーナちゃん!」


「はいですわ!」


 アプリコットはレーナと手を繋ぎ、教えられた場所の少し手前に立つ。だがそこで自分達を羨ましそうに見ているフランソワに気づき、ニコッと笑顔で声をかける。


「そうだ! せっかくだし、シフとフランソワちゃんも一緒にどうですか?」


「む、我か?」


「私もぉ? でも、私は見習い聖女じゃないし、この町から来たから初めてでもないのよぉ?」


「そんな細かいことはいいじゃないですか! 一緒にやったら、きっと楽しいですよ!」


「そうですわね。二人だけの思い出より、四人一緒の思い出の方がもっと素敵になりますわ!」


「うぅぅ……いいのかしらぁ?」


「私も良いと思いますぞ。さ、お嬢様?」


 迷うフランソワの背を、じいやがそっと押す。するとおずおずとフランソワが手を伸ばし、それをアプリコットがギュッと掴んだ。シフの手はレーナが掴み、そうして四人が一列になる。


「いいですかシフさん? かけ声に合わせて、ピョンと前に飛んでくださいませ」


「うむ、わかったのだ」


「フランソワちゃんも、準備はいいですか?」


「あぁ、何だかドキドキしちゃうわぁ」


「それじゃ行きますよ? ……お願いします!」


 アプリコットの要望に、四人を挟むように左右に分かれて立つ門番が、ビシッと姿勢を正して手にした槍の石突きを地面に打ち付け、言う。


「よしきた! いくぞ……ようこそ、見習い聖女のお嬢さん達!」


「ここはトーレンベの町です!」


「「せーのっ!」」

「えーいっ!」

「とやっ!」


「「「「最初のいーっぽ!」」」」


 ピョンと大きく跳んだアプリコット達が着地すると、アプリコットとレーナの体がペカリと光る。無論見習い聖女ではないフランソワとシフの体は光らないのだが、アプリコット達の光を浴びたことで、何となく自分も光ったような気分になった。


「おお、本当に光ったのだ!」


「まぁまぁまぁ! ふふっ、光ったわぁ! ねえじいや、光ったわよぉ!」


「左様でございますな、お嬢様」


「今回も見事なピカリっぷりでしたよ、レーナちゃん!」


「そういうアプリコットさんも、素敵に光っておられましたわ。みんな揃ってピッカピカですわね」


 キャイキャイとはしゃぐ少女達に、じいやも門番の二人も笑顔になる。ここは偉い人用の門なので、順番待ちなどが発生していないのもその要因だ。流石に一般の門でこんなにはしゃいでいると「早くしろ」と怒られてしまうが、ここならば問題無い。


「じゃあクレソンさん。一応決まりなんで、手続きをお願いできますか? そっちの聖女さん達も、何処から来たかと名前くらいの簡単なものでいいから、記帳をしていってね」


「畏まりました。ではお嬢様、少々お待ちください」


「わかったわぁ。お願いね、じいや」


「私達もササッと書いちゃいましょう! これも記念です!」


「フフッ、アプリコットさんにかかれば、何でも記念ですわね……そういえばシフさんって読み書きはできるんですの?」


「我を馬鹿にしては駄目だぞレーナ! 我だってうねうねした線くらい引けるのだ!」


「あら、そうでしたか。では一緒に書きましょうか」


「うむ!」


 そうして一行は、台帳に必要事項を書いていく。そのなかで門番達はシフの耳と尻尾に気づいて首を傾げたが、じいやことクレソンが「お嬢様のご友人です」と告げたことで、ひとまず受け入れてもらうこともできた。それはフランソワの家の力でもあったが、それ以上に友達に手伝ってもらいながら一生懸命名前を書いているシフが、どう見ても悪人には見えなかったからというのが大きい。


 そうして無事にトーレンベの町に入ると、アプリコット達は改めてフランソワ達の方に向き合い、丁寧にお礼の言葉を述べた。


「それじゃ、町にも辿り着きましたし、私達はここまでですね。馬車に乗せてくれてありがとうございました!」


「とっても楽しかったですわ。また町で見かけたら、どうぞ声をかけてくださいませ」


「えぇー!? そんな、もうお別れなんですかぁ!? せっかくお友達になれましたのにぃ……」


 だがそんなアプリコットに、フランソワがちょっと泣きそうなくらいの顔で言う。そんなフランソワの姿に、今度はクレソンが口を開く。


「アプリコット様方は、この町でも奉仕活動をなさるおつもりなのでしょうか?」


「はい、そのつもりです」


 シフのことを考えれば、できるだけ早く王都へと行った方がいいのは、アプリコットもレーナもわかっている。が、それ以前にこれは巡礼の旅であり、辿り着いた町や村で奉仕活動の一つもせずに通り過ぎるというのは本末転倒。


 なので当然ここでもしばらく活動をするつもりだったのだが、そこでクレソンが更なる提案を持ちかけてきた。


「でしたら、その活動の滞在先として、教会や神殿ではなく、当家を使っていただくのは如何でしょうか?」


「ええっ!? じいや、それってアプリコットさん達が、私のお家にお泊まりするってことよねぇ?」


「はい。お嬢様のお友達であれば、旦那様も反対はなされないかと」


「いいわいいわぁ! とってもいいわぁ! ねえアプリコットさん、レーナさん、シフさん! 是非是非、私のお家に泊まっていってぇ!」


「それは……そんなに簡単に決めてしまってよろしいんですの?」


「いいのよぉ! あ、そうだ! シフさんには、特製のマーマレード料理を用意しちゃうわぁ!」


「むぉぉ!? ママを食べされてくれるなら、我は何処にだって行っちゃうのだ!」


「シフさんったら……でも、本当によろしいんですか?」


 念を押すレーナに、フランソワが満面の笑みで頷く。そのまま視線を少しずらすと、クレソンもまた静かに頷く。ここまでされれば、このお誘いが社交辞令ではなく本気であることはレーナ達にもしっかりとわかった。


「そういうことでしたら……アプリコットさん?」


「はい! お友達の家にお泊まり大作戦です!」


「うおー! ママが食べられるのだ!」


「わーい! やったわぁ!」


 はしゃぎ喜び、何なら抱きつき合う少女四人。ひょんな事から始まった縁は、どうやらまだ続いていくようだ。

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