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見習い聖女の鉄拳信仰 ~癒やしの奇蹟は使えないけど、死神くらいは殴れます~  作者: 日之浦 拓
第三章 見習い聖女になりたくて

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「みんなで歌いました!」

「……という感じのことがあって、私は神様の声を聞いたのですわ」


「ふわぁ、凄いですわぁ! 私、感動しちゃいましたぁ!」


「感動巨編です! 大ヒット間違いなしです!」


「何だか良くわからないが、鳥さんが無事で良かったのだ」


 自分語りを終えてフゥと息を吐くレーナに、フランソワが感動してパチパチと拍手を贈る。それはアプリコットも同じであり、シフはよくわかっていなかったが、とりあえず流れで一緒にパチパチやっておいた。そうして友人達の拍手喝采を浴び、レーナが照れくさそうな笑みを浮かべる。


「そんなに褒められたら、何だか恥ずかしくなってしまいますわ」


「それでぇ? その後レーナさんは、どうしたんですかぁ?」


「家に帰ってから今の話をしたら、両親に少し離れた大きな町にある教会に連れて行かれましたの。そこで色々と話を聞かれて、その後は私自身がやりたいと願ったので、正式に見習い聖女になるための勉強を始めたのですわ。


 まあそのせいであまり家に帰らなくなったので、村のお友達とは疎遠になってしまいましたけれど……」


「大丈夫です! レーナちゃんと私は、どれだけ離れてもずーっとお友達ですよ! ズッ友です!」


「そうだぞ! ママをくれるレーナは、我の友達なのだ! 逃げようとしても逃げられないのだ!」


「フフッ、ありがとうございますわ」


 純粋なアプリコットと、絶妙に自分の欲に正直なシフの言葉に、レーナが楽しげに笑う。そんな三人の姿をほんわりとした笑顔で見つめていたフランソワだったが、その視線を今度はシフの方に向けた。


「それで、シフさんはどんな風に神様の声を聞いたんですかぁ?」


「む? 我はそんなもの聞いてないぞ?」


「えぇ?」


「あ、シフさんは私達と同じ格好をしていますけれど、見習い聖女ではないんですわ」


「あら、そうなのぉ? でもじゃあ、そのお耳と尻尾は何なのかしらぁ?」


 フランソワはずっと、シフの耳と尻尾は何らかの奇跡の産物だと思っていた。が、見習い聖女でないなら、これは一体何なのか? 不思議そうに首を傾げるフランソワに、誰より早くシフ自身が答える。


「何と言われても、これは元々我に生えているものなのだ! 我は誇り高き白銀のシフだからな!」


「しろがね? えーっとぉ…………」


「シフさんは……あれですわ。人っぽいオオカミというか、オオカミっぽい人というか、とにかくちょっと変わった方ですけど、でも悪い人ではありませんのよ?」


「そうです! ちょっと食い意地が張っていて、ちょっと耳と尻尾がモフモフなだけの、ちょっと変わったお友達です!」


「そうだぞ! 我はママさえ食べさせてくれればご機嫌なのだ!」


「ひぇぇっ!? ママ……お母様をお食べになるんですかぁ?」


 慌てるレーナとアプリコットを余所に、シフの言葉を誤解したフランソワが悲鳴のような声をあげる。すると御者席からブワリと闘気のようなものが漂ってきて、レーナ達は更に慌てて言葉を重ねる。


「ち、違いますわ! シフさんの言うママとは、マーマレードジャムのことなのですわ!」


「マーマレードジャム、ですかぁ?」


「そうなのだ! ママは甘くて苦くて酸っぱくて、とてもとても美味しいのだ!」


「ああ、そうなんですねぇ。あら? でもそれなら……シフ、さん?」


「む? 何だ?」


 ホッと胸を撫で下ろしたフランソワが、おずおずとシフに問いかける。


「その、町に着いたらとても美味しいマーマレードジャムをご用意いたしますから、そのお耳を少しだけ触らせていただいてもよろしいですかぁ?」


「ムムムッ!? ママをくれるというのなら、まあちょっとくらいならいいのだ」


「わぁい! じゃあ、失礼しますねぇ」


 ピクピクと動くシフの耳に、フランソワがそっと手を伸ばして触れる。


「うわぁ、フワフワのモフモフですわぁ。あとちょっとコリコリしてますわぁ」


「くすぐったいのだ! あんまり強く触っては駄目なのだ!」


「あぁ、ごめんなさぁい。あのぉ、尻尾の方も触ってもぉ……?」


「むぅ……その分のママもくれるなら、いいのだ」


「わかりましたわぁ! それじゃ……うわぁ、こっちもフワフワフワの、モッフモフですわぁ……」


 ユラユラ揺れるシフの尻尾を宝物のように抱きしめ、フランソワが大事に大事に撫でていく。そうしてしばし撫で続けると、やがて少しだけ顔を赤くしたフランソワが、満足げに微笑みながら手を離した。


「はーっ、堪能させてもらいましたわぁ」


「約束を忘れては駄目だぞ? 我は約束を破る奴は嫌いなのだ!」


「大丈夫ですわぁ。ねえじいや、平気よねぇ?」


「勿論です。最上級のマーマレードジャムを二瓶用意させていただきます」


「ということだから、楽しみにしててねぇ」


「うおー、ママが二つも増えるのだ!」


 最高にご機嫌になったシフが、喜びで踊る代わりに尻尾をファサファサと振り始める。その揺れを見ていると、何だかアプリコットも楽しい気分になってきた。


「うーん、何だか歌いたくなってきました」


「お、また歌うのか? 我はいいぞ」


「私も、まあいいですけれど……」


 知らず体が弾み始めたアプリコットに、シフはあっさり同意するもののレーナは少しだけ尻込みをする。今知り合ったばかりの人の前で歌うのは、ちょっとだけ恥ずかしいのだ。そしてそんな三人に、フランソワが興味津々な顔で問うてくる。


「歌ですかぁ?」


「そうです。馬車が見える前は歌っていたんですが……フランソワちゃんも歌ってみますか?」


「私も? いいんですかぁ?」


「勿論です! じゃあみんなで歌いましょう!」


「「「おー!」」」


 アプリコットの宣言に、他三人が応える。最初の少しはアプリコット達だけで歌い、やがて慣れてきたところでフランソワも合いの手側に回った。


「うーまの尻尾は!」


「「「ぱっぱかー!」」」


「とってもファサファサ!」


「「「ぱっぱかー!」」」


「モグラのお鼻は!」


「「「もーぐぐー!」」」


「とってもビラビラ!」


「「「もーぐぐー!」」……え、待ってください。モグラのお鼻ってビラビラなんですの?」


「そうですよ? こんな感じです!」


 レーナの問いに、アプリコットが自分の鼻に手のひらを外側に向けた両手を添え、指先をワキワキと動かしてみせる。だがそれを見たレーナは、驚きで思わず自分の鼻を押さえてしまった。


「ええっ!? 私の想像の五倍くらいビラビラなんですけれど、そんななんですの!?」


「私も、モグラのお鼻はもっとこう、つんっとしてると思ってましたわぁ。ねえじいや、どうなのぉ?」


「ほっほっほ、アプリコット様とお嬢様方の想像するモグラでは、種類が違うのかと思います」


「ということは、つんっとしてるお鼻のモグラとぉ、ビラビラのお鼻のモグラがいるってことぉ?」


「そうですな」


 御者台へと通じる窓越しに教えてもらい、レーナとフランソワはほほーと感心した。そしてそんな二人の側では、アプリコットが未だに鼻に手を添えたままビラビラを再現し続けている。


「むぅ、家の近くにいたモグラはビラビラだったんですが……まさか奴は選ばれたモグラだったとは! 私としたことが迂闊でした。素敵なものマイスター失格です……ということで、歌い出しはレーナちゃんに譲ります」


「えっ、私ですの!? えぇ、えーっと、えーっと……」


 突然振られて、レーナがアタフタと周囲を見回し始めた。だがここは馬車の中。見えるのは窓から見える平原と、可愛い女の子三人の姿だけである。


「う、ウサギのお耳は!」


「「「ぴょんぴょぴょーん!」」」


「とってもフワフワ!」


「「「ぴょんぴょぴょーん!」」」


「かーめの背中は!」


「「「のっしのっしー!」」」


「とってもゴツゴツ!」


「「「のっしのっしー!」」」


「……ほっほっほ、楽しそうですなぁ」


 小さな馬車の中に響く、少女達の歌声。御者台の小窓から聞こえるそれに眼を細くするじいやは、自身もまた静かに体を揺らしながら、安全快適を心がけて馬車を走らせていった。

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