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見習い聖女の鉄拳信仰 ~癒やしの奇蹟は使えないけど、死神くらいは殴れます~  作者: 日之浦 拓
第三章 見習い聖女になりたくて

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「レーナちゃんの昔話です!」

 聖女になりたいと願う女の子は、世の中に沢山いる。「神の声を聞き、その力を借りて人の身で神の奇跡を再現する」という特別感に憧れるのは、子供ならば誰もが通る道だ。


 が、聖女は「頑張ればなれる」というものではない。どれだけ努力を重ねようと、どれだけ才能があろうとも、「神様から声をかけられる」という人間ではどうしようもない部分を乗り越えなければ、スタートラインに立つことすらできないのだ。


 無論、アプリコットもレーナもそれを良くわかっている。だからこそフランソワの願いに対し、困った顔をしてしまったのだ。だがそんな二人を見て、フランソワがニヘラと苦笑する。


「ふふ、そんな顔をしなくても、私だってなりたいと思ってなれるものじゃないことくらいわかってますわぁ。でもやっぱりなりたいので、実際に見習い聖女さんに会って、どんな風にして神様の声を聞いたのかを聞いてみたいと思ったんですわぁ」


「ああ、そういうことでしたの」


 その言葉に、レーナはあからさまにホッと胸を撫で下ろす。どうして自分が神様の声を聞けたのかなどわからないが、神様の声を聞いたときにどういう生活を送っていたのかを語るだけなら、単に昔話をするだけだ。


 ならば簡単とレーナが斜め前に視線を向けると、アプリコットは何故か困った表情のままでいる。


「アプリコットさん、どうかなさいましたか?」


「いえ、どんな風にと言われても、どう答えていいものかと思いまして。私の場合、ごく普通に暮らしていて、寝て起きたら……というか、多分寝てる間に神様の声が聞こえて、起きたらもう力が使えるようになっていたという感じだったので」


「ああ、一番多いパターンですわね」


 寝ている間に神様の声を聞き、起きたところで「あれは夢だったのかな?」と考えながらも願ってみると奇跡の力が発動し、結果として「ああ、本当に神様の声を聞いたんだ!」と喜ぶというのは、見習い聖女あるあるの一つだ。ぶっちゃけ全体の半分くらいはそれである。


「えぇー? それは流石に、何の参考にもならないですぅ……」


 だが、そう言われてしまうとフランソワとしてはガッカリせざるを得ない。普通に生活して、寝て起きたら……というだけでは、何の情報も無いのと同じだ。だからこそションボリするフランソワに、レーナが小さく笑って話を続ける。


「なら、私のお話をお聞かせしますわ。といっても、私もそこまで特別というわけではありませんが」


「まぁまぁ、どんなお話を聞かせてもらえるのかしらぁ? 楽しみだわぁ!」


「ふふ、そうですわね。あれは私が七歳になって、少しした頃のことでしたわ……」





「おかーさま! お手伝い、終わりましたわ!」


 そこは小さな田舎の村。木工職人の父と、村の農家の次女だった母の間に生まれたレーナは、周囲よりほんの少しだけ恵まれた程度の、ごく普通の子供だった。笑顔で空になった洗濯籠を見せつけてくる娘に、レーナの母は苦笑しながらその頭を撫でる。


「あら、ありがとうレーナ……ねえ貴方、まだそのしゃべり方を続けるの?」


「もちろん……です、わ? だってフロウリアさまは、こういうしゃべり方だったんでしょ……ですわ?」


「ふふふ、どうなんだろうねぇ?」


 聖女フロウリア。それは歴史上七人しかいない「神降ろし」を成した大聖女だ。七歳の誕生日に父から買ってもらった本、そこに書かれたフロウリアの話がいたく気に入ったレーナは、それからずっとフロウリアの言葉遣いを真似していた。


 といっても、所詮は小さな子供。完全に真似できるはずもなく、所々に違和感があったのだが、両親はそれを笑って流すに留めた。貴族のお嬢様のような言葉遣いは村娘には不釣り合いだが、別に汚い言葉を喋っているわけではないし、何よりすぐに飽きると思っていたからだ。


 だが一月経ち二月経っても、レーナがその言葉遣いに飽きることはなかった。何度も何度も同じ本を読んでは言葉遣いを覚えようとし、おまけに「私も立派な聖女様になる!」と率先して母のお手伝いをするようになったことで、両親もそんな娘の言動を温かく見守るようになる。


 最初は変なしゃべり方だとからかっていた同世代の子供達も、それが三ヶ月も続けばもう笑ったりしない。子供にとっての三ヶ月は、それが「普通」として定着してしまうほどの長い年月なのだ。


 少し変な言葉遣いをするものの、周囲に優しく、母親のお手伝いも一生懸命に頑張るいい子。そんなレーナの評価が変わったのは、七歳の誕生日から半年経った、とある日のことだった。


「レーナちゃんレーナちゃん! ここ! ここに鳥さんが落ちてるの!」


 自分より二歳下の女の子に連れられてレーナが村のすぐ側の林に行くと、そこではおかしな方向に翼が折れ曲がってしまった一羽の鳥が、草むらのなかでピィピィと鳴いていた。


「まあ、これは酷いですわ……」


「鳥さんかわいそうなの。レーナちゃん、治せない?」


「……………………」


 女の子の問いかけに、レーナは無言でキュッと口をすぼめる。確かに聖女の真似事として今までも治療めいたことはしてきたが、それはすりむいた膝小僧に村に住む薬師のおばあさんから貰った軟膏を塗りつけるとか、その程度のものだ。


 そして子供の目でも、折れた翼が簡単に治るものではないことはすぐにわかった。だがそれでもレーナはそっと小鳥を抱き上げると、折れた翼の根元に、最近はいつも持ち歩いている軟膏をそっと塗ってみる。


「ピギィ!?」


「あっ!? ご、ごめんなさいですわ!?」


「レーナちゃん、鳥さん痛がってるよ?」


「わかってますわ! わかってますけど……」


 責めるような女の子の視線に、レーナは思わず声を荒げてしまう。だがそうしたところで状況は何も変わらず、自分に出来ることが増えるわけでもない。


「ピィ……ピィ…………」


(あぁ、私は…………)


 レーナの小さな手の中で、小鳥の鳴き声が少しずつ弱くなっていく。その体はとても軽いのに、そこに感じられる命の重さが、幼いレーナの体をその場に繋いで動けなくさせてしまう。


(フロウリア様なら、この子を助けられるのでしょうか?)


 ただ憧れているだけで、憧れの先にある本当のものを理解していなかった。そんな難しいことを考えたわけではなかったが、それでもレーナの意識が、その瞬間カチリと切り替わる。


 自分では助けられない。でも助けられる存在を知っている。それは憧れた聖女ではなく、その聖女が力を借りていたもの。


「神様、どうか……どうかこの子を助けてくださいませ……!」


 その時レーナは生まれて初めて、本当の意味で神に祈った。自分が助けて褒められたいとか、そういうありとあらゆる余計な想いを全て忘れて、ただ純粋に救いたいと願った。


 そしてその透明な祈りは……遙かな世界の壁すら越えて、ちゃんと届いた。


『大丈夫。貴方なら出来るわ』


「えっ!?」


 たった一言、それはとても優しい声だった。驚いてレーナが周囲を見回しても、そこには泣きそうな顔で、自分の抱える小鳥を見ている女の子しかいない。


 だが、不思議と不安はなかった。手の中で消えそうな小さな命にまっすぐ向き合い、レーナの口が祈りを言葉に代えていく。


「天にまします偉大なる神に、信徒たる我が希う。その信仰をお認めくださるならば、神の秘跡の一端を、今ここに顕しください 乾坤一擲、健魂一滴! <魂を満たす左の涙眼ソウルフル・サー・ガン>!」


 レーナの左目から、虹色に輝く涙がポタリと零れる。それが小鳥の体に落ちると、パッと光が包み込み……


「ピィィーッ!」


「あっ!?」


「すごーい! 鳥さん、治ったー!」


 元気よく手の中から飛び出した小鳥に、少女が空を見上げてはしゃぐ。それがこの世界に新たな見習い聖女の生まれた瞬間であった。

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