「呼び止められました!」
一人で初まり二人になって、今や三人に増えたアプリコット達の新たな旅は、今日もまた順調だった。快晴の夏空の下を、三人は楽しく歌いながら歩いて行く。
「なーつの日差しは!」
「「へいへへーい!」」
「とってもキラキラ!」
「「へいへへーい!」」
「いーぬのお鼻は!」
「「ふんふふーん!」」
「とってもツヤツヤ!」
「「ふんふふーん!」 ……あの、アプリコットさん? この歌って何なんですか?」
「え? 私が考えた素敵なものの歌ですけど?」
「あー、そうなんですのね。道理で聞いたことがない歌だと思いましたわ」
アプリコットの叫びに雰囲気で合いの手を入れるだけという歌詞を不思議に思っていたレーナだったが、それを聞いて納得した。そしてそんなレーナの隣では、今もシフが「へいへへーい! ふんふふーん!」と楽しげに声をあげている。
「フフッ、シフさんも楽しそうですわね」
「うむん? 歌うのは楽しいぞ! レーナは楽しくないのか?」
「それは…………実はちょっと楽しいですわ」
人前でこれをやるのは恥ずかしさの方が勝るだろうが、誰もいない街道でなら、大きな声を思い切り出すのは気持ちいい。少しだけ照れながら言うレーナに、アプリコットとシフが顔を合わせてニンマリと笑う。
「じゃ、ドンドンいきましょう! ぶーたの尻尾は!」
「「ぶーぶぶー!」」
「とってもクルクル!」
「「ぶーぶぶー!」」
「ねーこのおヒゲは!」
「「にゃーにゃにゃー!」」
「とっても…………おや?」
「にゃ……あぅ。アプリコットさん、どうしたんですの?」
「前から馬車が来ました」
調子よく歌を再開したアプリコットだったが、ふと前方から黒塗りの如何にも高級そうな馬車がやってくるのを見つけた。言われてレーナ達も気づくと、全員で道の端に寄る。
「こんにちは!」
「こんにちはですわ!」
「こんにちはなのだ!」
「ほっほっほ。はい、こんにちは」
すれ違い様に挨拶をすると、御者台に乗っていた人の良さそうなお爺さんが笑顔で挨拶を返してくれる。そのまま通り過ぎればそれで終わりだったのだが……
「あらぁ? あらあらあらぁ? じいや、止めて頂戴!」
馬車の中から、そんな声が聞こえてくる。すると当然馬車は止まり、それに合わせてアプリコット達も足を止める。すると馬車の小窓から、淡い赤色のフワフワした髪型をした少女がひょっこりと顔を出した。
「ねぇ、貴方達って見習い聖女さん達なのかしらぁ?」
「あ、はい。私達は見習い聖女ですけど、それがどうかしましたか?」
「やっぱりぃ! じいや、早く! 早く扉を開けてちょうだぁい!」
「畏まりました、お嬢様」
お爺さんが扉を開くと、馬車の中の少女の姿が露わになった。柔らかな空色のフンワリしたドレスを身に纏う一二歳くらいの少女が、満面の笑みを浮かべてアプリコット達に話しかけてくる。
「初めましてぇ! 私はフランソワって言うのぉ! 貴方達のお名前を聞いてもいいかしらぁ?」
「勿論です! 私は見習い聖女のアプリコットです!」
「私はレーナですわ」
「我はシフなのだ!」
「アプリコットさんに、レーナさんに、シフさんねぇ? ねぇねぇ、もし良かったら、私と色々お話してくれないかしらぁ?」
「お話ですか? 別に構いませんが……」
服も髪型も雰囲気も、全体的にフンワリした感じのフワンソワ……ならぬフランソワの申し出に、アプリコットはチラリとシフの方に視線を向ける。が、当のシフはポケッとしているだけなので、代わりにレーナが口を開いた。
「私達は今、巡礼の旅で王都の方に向かっておりますの。なので引き返してしまうのはちょっと困るのですけれど……」
「ああ、そんなことぉ! なら何も問題ないわぁ。じいや、馬車を回して!」
「畏まりました。ではお嬢様方、巻き込まれては危ないですから、少し離れていただけますか?」
「あっ、はい」
アプリコット達が離れると、一端扉を閉めた馬車が多少道を外れながらクルリと方向を反転させる。するとさっきとは反対側の扉が開け放たれ、再びフランソワが声をかけてきた。
「はい、これでいいわぁ! ほらほら、乗って乗ってぇ!」
「あの、いいんですの? 何か用事があって向こうに行く途中だったのではありませんか?」
「いいのよぉ! だって私、アリアスの町に見習い聖女の子がいるって聞いて、その子に会いに行くつもりだったんだからぁ!」
「え、それってひょっとして……?」
「私達のこと、ですわよね?」
アリアスは、アプリコットとレーナが出会ったあの町の名前だ。まさか自分達を探していたと言われれば、二人は顔を見合わせ首を傾げてしまう。
「うーん、じゃあとりあえず乗せてもらいましょうか?」
「そうですわね。無下にお断りするのも悪いでしょうし」
「何だ? これに乗るのか?」
これが厳ついオッサンの馬車であれば、二人ももう少し警戒しただろう。だがどう見ても同い年くらいの女の子のお誘い……しかも何か用事があるらしいとなれば、断るのも気が引ける。結局三人が馬車に乗り込むと、じいやさんが音を立てずに扉を閉め、そのまま御者台の方に戻っていった。
「それでぇ、王都に向かうってことは、とりあえずはトーレンベまで向かうってことでいいのかしらぁ?」
「トーレンベは次の町の名前ですよね? ええ、問題ありませんわ」
「わかったわぁ。じゃあじいや、お願いねぇ」
「畏まりました。一応確認なのですが、急ぐ理由などはお有りですか?」
「特にはありませんわ。そもそも徒歩で向かうつもりでしたし」
「では、揺れないようにゆっくりと走らせていただきます」
じいやさんがそう言うと、馬車が静かに動き出す。二頭立ての小ぶりな馬車は、その言葉通り本当にほとんど揺れない。しかもお尻の下に敷かれたクッションはフカフカで、アプリコット達は思わずお尻を上げたり下げたりしてフワフワを楽しんでしまった。
「凄いですわ、本当に揺れませんのね」
「お尻の下もフカフカです! これはいいものですね」
「歩いてないのに動いてるとか、何だか変な気分なのだ」
「ふふふ、気に入っていただけると嬉しいですわぁ」
馬車の内部は四人掛けで、フランソワの隣にはアプリコット、正面にはレーナ、レーナの隣にはシフが座っている。そうしてお揃いの白いローブに身を包んだ少女三人に囲まれたフランソワは、ほんわりとした笑顔を浮かべて楽しげに口を開いた。
「それにしても、運が良かったわぁ。まさか町に行く前に、見習い聖女さん達に会えるなんてぇ!」
「そうですね。ここですれ違っていたら、他の見習い聖女を探すにしても、ちょっと難しかったかも知れません」
見習い聖女に出会うのは、実は地味に難しい。そもそも神の声を聞いた女の子という時点でそれほどの数はいないし、そのほとんどは秘跡を授かり聖女となるべく巡礼の旅をしているため、聖女のように特定の場所にずっと滞在しないからだ。
なのでもしアプリコット達とすれ違った状態で件の町に行ったとしても、そこに別の見習い聖女が偶然滞在している可能性は相当に低く、フランソワは誰にも会えずにションボリすることになっていただろう。
「これもまた縁ということですわね。それでフランソワさん、私達に……というか、見習い聖女を探しているということでしたが、一体どんなご用なんですの?」
「それなんですがぁ…………」
レーナに水を向けられ、フランソワがフンワリした表情を少しだけ……ほんの少しだけキリッとさせて、その口を開く。
「私、見習い聖女になりたいんですぅ!」
「「あー…………」」
その願いに、アプリコットとレーナは何とも言えない困った顔をするしかなかった。





