「旅の仲間が増えました!」
初日が好感触で終わったこともあり、その後三日ほど、アプリコット達はハルハレ村での奉仕活動に精を出した。そうして問題無く「お試し期間」を終えた三人は、その日の夜もまた、みんな揃って教会で夕食を食べていた。
「フフッ、シフさんがあんなに子守が上手だとは思いませんでしたわ」
「ふっふっふ、我は最強だからな! 赤ちゃんなんてちょちょいのちょいなのだ!」
「その言葉だけ聞くと凄く不安なんだけど……実際にはどうだったの?」
褒めるレーナに、得意げなシフ。そこにカヤが疑問を投げかけ、アプリコットが笑顔で答える。
「赤ちゃんの目の前で、尻尾をファサファサやってました!」
「おおー、それは確かに赤ちゃんが喜びそうだね」
「はい! ただ口にくわえられてよだれでベチョベチョにされた時は、ちょっとだけションボリしてました」
頷くモリーンに、ばらすアプリコット。そしてそれにシフが抗議の声をあげる。
「ぬわっ!? アプリコットは何故そういうことを言うのだ!? それは言わなくてもいいやつだぞ!?」
「アハハハハ! シフちゃんも赤ちゃんには形無しだねー」
「ええ、凄く優しい顔をしてましたわよ」
「むがー! 我は最強だから、弱いものいじめはしないだけなのだ!」
「別に照れることないじゃない。子供に優しくできるのは、とても素敵なことよ?」
「照れてなどいないのだー!」
女ばかりの集団で、キャラキャラと姦しい声が響き渡る。そんな光景を一歩引いた立ち位置で見ていたエルマが、満を持してその口を開いた。
「ふぅ……どうやらこの感じだと、シフも貴方達と一緒に旅に出ても平気そうだね。私の方でも村の人から話を聞いてみたけど、特に問題も起こさなかったみたいだし」
この数日は、エルマからすると決して譲れない、シフという謎の少女に対する試金石だった。もしもここで大きな問題を起こせば村から出すわけにはいかないと思っていたし、万が一にも人に危害を加えるようなことがあれば、アプリコット達に嫌われるのを覚悟でシフを拘束したり、場合によっては殺すことすら視野に入れていた。
だが蓋を開けてみれば、シフはごく普通に善良な少女だった。無論人の常識がかけていることでちょっとした問題やすれ違いくらいならあったようだが、そこは話せばきちんとわかってくれたし、何よりシフ自身が明るく陽気な性格をしていたため、村人側も「人モドキの化け物」ではなく「耳と尻尾のついた女の子」として扱ってくれたのだ。
「大丈夫ですよエルマさん、私とシフは仲良しですから! それにもしシフが何か悪いことをしたら、ちゃんと殴って止めます!」
「そこは殴る前にお話した方がいいと思いますが……でも、そうですわ。シフさんはちゃんと話せばわかってくれますから、よほど変な人に絡まれたりしなければ問題はないかと」
「だねー。アタシも時々遠くから見てたけど、子供に悪戯されても本気で怒ったりしなかったし。あ、でも、ダラスのおっちゃんにいきなり尻尾を掴まれた時は怒って蹴っ飛ばしてたけど」
「人の尻尾をいきなり掴むとか、怒られて当然なのだ!」
モリーンの指摘に、シフが怒った顔を見せる。が、自分に置き換えると初対面のおじさんにいきなりお尻を鷲掴みにされるようなものなので、流石にそれを責める者はこの場にはいなかった。
勿論、シフが怒りつつもちゃんと加減していたというのもある。それはそういう場面でも、常識の範囲内での行動に抑えられていたと言うことだ。なので暴力行為ではあっても、エルマ的にはむしろ加点要素である。
「確かに、あれは仕方ないわよね。となると後は、その『よほど変な人』への対処をどうするかだけど……その耳と尻尾は、どうしたって目立つもの」
カヤのその言葉に、シフを除いた全員が考え込む。人は自分と違うものを受け入れることも排斥することもあるが、既に自分が受け入れ、信じている相手からの紹介であれば、基本的には受け入れられ易い。なのでこの小さな村でシフがあっさり受け入れられたのは、エルマやカヤという既に信頼されている相手が受け入れているから、という点がとても大きかった。。
だが、それは他の町や村にいけば通じない信頼でもある。完全にまっさらな状態でシフを皆が受け入れてくれるかと言えば、そこまで世界は優しくないだろう。そういう「獣の耳と尻尾が生えた怪しい少女」を受け入れない人々にどう対処するかは、旅を続けるならば絶対に向き合わねばならない問題だ。
「うーん……だったら王都の方に行ってみますか?」
「王都、ですか?」
アプリコットの提案に、レーナが軽く首を傾げる。問題を避けるなら人が少ない場所に行くべきなのに、この国で一番人が多い場所に向かう理由が思いつかなかったからだ。
そしてそれは、この場の共通見解。皆の視線が集まるなか、アプリコットが何気ない感じで話を続ける。
「はい! そっちに行くと、私がお世話になった聖女様がいるので、その人に相談してみるのがいいんじゃないかと」
「あら、そうなの? 確かにそんな人がいるなら、ここで下手に悩むより、ササッと王都に行くっていうのもありかもねぇ」
アプリコットの言葉に、エルマが頷く。エルマは神子だが、同じく神を信奉する者として、神子と聖女の間に身分差のようなものは存在しない。が、それと周囲への影響力は全く別の話だ。
小さな村で暮らしているエルマが話を通せるのは精々この村の村長くらいだが、王都で活動している聖女なら、貴族や豪商と関わりがあっても不思議ではない。だからといって権力を利用するようなことは「聖女」のすることではないが、そういう人達とシフが顔見知りになるだけでも、信頼度の底上げとしては十分以上の価値があるだろう。
「でも、そうなるとアタシ達とは完全に別方向になっちゃうねー」
「そう、ね。私達はあくまでもホーエンさんの護衛だから……」
「それは仕方ありませんわ。確かに寂しくはありますけれど、私達は巡礼の旅の途中なわけですし……」
「そうですね。出会いを楽しみ、別れを惜しみ、それでも笑顔で明日へと踏み出すのが巡礼の旅ですから!」
「ええっ!? アプリコットちゃんが、何だか格好いいことを言ってる!?」
「何ですかその驚き方!? 私だって言うときは言うんですよ?」
「そりゃそうかも知れないけど……うぐぐ、何だか負けた気がする……」
何に負けたのか定かではないが、モリーンの胸に正体不明の敗北感が広がる。なお先輩としての威厳を取り戻すために思い浮かべたのは「猫は足の裏にしか汗をかかないらしいよ!」という豆知識だったので、口に出すのをグッと我慢した。
「それじゃ、いつ旅立つんだい?」
「そうですね……この村ではもう十分活動しましたし、カヤさん達も明日村を出るということですから、私達もそれに合わせて出発しようかと」
「あら、そうなの? 一度にみんな居なくなっちゃうのは寂しいけれど、まあ巡礼の旅はそういうものだものねぇ。わかったわ。じゃあ私の方でも色々準備しておくわね」
「ありがとうございますわ、エルマさん」
と、そんな感じで話は進み……そして翌日。快晴の空の下、村の入り口にはアプリコット達三人と、見送りのエルマとカヤ、モリーンの姿があった。ホーエンは荷馬車の準備をしているのと、そもそもアプリコット達とは進む方向が違うのでこの場にはいない。
「はい、レーナちゃん。これどうぞ」
「あら、これは……」
エルマが差し出したのは、分厚い曇りガラスの瓶に詰められた黄金色の何か。きっちり蓋がされているというのに、シフがすぐにその中身に気づく。
「おお、それはママではないか! レーナよ、今すぐそれを我に寄越すのだ!」
「あっ、駄目ですよシフさん! そんなことしたらすぐに全部食べちゃうでしょう? ジャムは作るのに手間がかかりますから、旅の間に少しずつ食べましょう? それともこの場で食べ尽くしてしまって、これから先の長い旅を、ずっとションボリして過ごしますか?」
「むぅ!? そう言われると……わかったのだ。じゃあ今は我慢するのだ」
「フフッ、偉いですわシフさん。折を見てパンに塗ったり、クッキーに挟んだりして食べましょうね」
「うぉぉー! 今から楽しみなのだー!」
ジャムの入った瓶を大事にしまい込むレーナを横に、シフが猛烈な勢いで尻尾を振る。そんな二人の側では、モリーンがアプリコットに荷物を手渡している。
「はい、これ。ホーエンさんから預かった、オオカミの毛皮の買い取り金だよ。半分は回復薬にってことだったけど、いいのよね?」
「はい! ありがとうございます!」
受け取ったそれを、アプリコットはローブの裾から太ももの鞄にしまい込んでいく。端から見ると大層はしたない格好だが、秘神カクスデスの加護は絶好調であり、明るい朝日の下でも膝より上が見えることはない。
「それじゃ、二人とも元気でね。私達はずっとこの辺で活動してるから、何かあったらすぐに来るのよ?」
「そうだよー! アタシ達は先輩なんだから、困ったときにはいつだって助けちゃうんだから!」
「ありがとうございますわ、お二人とも」
「さて、それじゃ行きましょうか!」
「ママがあるなら、我は何処にでも行くのだ!」
別れはあっさり、元気よく。そんなアプリコットの心情に合わせて、レーナとシフも皆に背を向け歩き出す。新たな目標も決まったアプリコット達の旅は、こうして再び始まるのだった。





