「お試しご奉仕です!」
そんな話し合いというか相談というかが終わった結果、シフの扱いは「しばらく様子をみよう」ということで落ち着いた。小さな田舎村の教会を預かっているだけの神子や、行商人に雇われている護衛では、未知の存在に対して何かを決め、その責任を背負うことなどできなかったとも言える。
ということで、翌日以降は「必ずアプリコット達と一緒にいること」を条件に、シフは比較的に自由に村の中で過ごしていても良いということになり、同時に問題がありまくるシフの服装にも手が加えられた。
「おおー! これなら窮屈じゃないのだ!」
「ははは、そりゃ良かったよ」
と言っても大げさなものではなく、単にシフが着るローブのお尻部分に、尻尾を通す穴を開けただけだ。無論ハサミで切っただけではなく、穴の部分をきっちりと加工してあるので、何度も出し入れしたとしても簡単にほつれたりはしない。
「ただし、この二人と違ってシフは見習い聖女じゃないから、破れたりほつれたりしても勝手には治らないのと、激しく動いて裾がまくれると下着が丸見えになっちゃうから、そこは気をつけるんだよ」
「うむ? こんな布きれが見えるのなんて、別にどうでもいいだろ?」
手ずからローブを加工したエルマの言葉に、シフが無造作にローブの前をめくり上げる。その下には木綿の下着を身につけているので以前のように丸出しではなくなっていたが、ならば見せていいというわけではない。
「ちょっ、シフさん!? はしたないですわよ!」
「そうです! それを見せびらかすのは、ちょっと……ちょっとやめて欲しいです」
なお、シフの身につけている下着は、サイズの問題からアプリコットの予備に、エルマが尻尾穴を加工したものだ。自分が履いているわけではなくても、自分の下着が丸見えにされるのは、アプリコット的にちょっと恥ずかしかった。
「むぅ。お前達が言うなら、一応気をつけるのだ」
「羞恥心が完璧に獣のそれになっちゃってるのね……まあ元々は服を着て生活していたみたいだから、そのうち戻るのかも知れないけど」
「それまではアプリコットちゃん達が気をつけてあげないとだねー」
「大丈夫です! いざとなれば、またシュバッとやるので!」
「そうですわね。そうならないように注意致しますわ」
アプリコットがシュバシュバ動き回るのも、それはそれで恥ずかしいので。そんな言葉を飲み込んで微笑むレーナに、大人組が微妙な半笑いを浮かべる。そんな感じで一通りの挨拶? が終わると、アプリコットが改めて活動方針を口にした。
「それじゃ、今日からしばらくは、普通に村の中で奉仕活動をしていきます。今回は私達三人が全員一緒ということなので、それぞれができることを頑張りましょう!」
「うむ! よくわからないが、我に任せれば何の問題も無いのだ! 何せ我は最強だからな!」
「ええ。みんなで協力して頑張るのですわ!」
「それじゃ、行ってきます!」
「はい、気をつけてね。何かあったらすぐに言うんだよ?」
「「はーい!」」「うむ!」
元気な返事をして、アプリコット達は村へと繰り出す。と言っても実質的に初日である今日は、村を回って簡単なお手伝いをするくらいだ。
「こんにちはー! 三日前にこの村に来た、見習い聖女でーす! 何かお手伝いすることはありますかー?」
「んー? おお、お嬢ちゃん達がホーエンさんと一緒に来たって言う子かい! そうだねぇ……なら、この籠を運んでもらってもいいかい?」
「勿論です!」
畑で農作業をしていたおじさんに挨拶をし、野菜がたっぷり詰まった籠をみんなで運んでいく。可愛いお手伝いさんの行列に、おじさんもニコニコだ。
「運んでくれてありがとう。ほら、これはお礼だよ」
「わーい、ありがとうございます!」
「採れたて新鮮なトマトですわね。丸くて可愛らしいですわ」
「むおっ!? これは美味しいのだ! やはり赤いのは強いのだ!」
「ははは、喜んでもらえて嬉しいよ」
太陽の恵みをいっぱいに受けたトマトを囓り、一行はご機嫌な様子でおじさんの家を後にする。次に見つけたのは、子供と一緒に洗濯をするお母さんだ。
「こんにちは! 数日前からこの村にお邪魔させていただいている、見習い聖女ですわ。何かお手伝いすることはございませんか?」
「貴方達が? それじゃもし良かったら、洗濯の間だけでもこの子達の相手をしてもらえますか?」
「お任せですわ!」
お母さんのお願いに、五歳の男の子と三歳の女の子の面倒をみることにする。と言っても特別に何かをするわけではなく、単に一緒に遊ぶだけだ。
「お姉ちゃん、しっぽがある!」
「もふもふー!」
「あ、こら、やめるのだ! 我の尻尾で遊んでは駄目なのだ!」
「おおー、シフはモテモテですね! なら私も一緒にモフります!」
「何でアプリコットさんが子供側に回るんですの!? まったく……じゃあ私はお洗濯をお手伝いしますわね」
「あら、いいの? 貴方もあの子達と一緒に遊んでくれていいのよ?」
「構いませんわ。あちらは十分でしょうから」
フフッと小さく笑いながら、レーナはお母さんと一緒にゴシゴシと洗濯をする。その側では踊るように逃げ回るシフの尻尾を、子供達がはしゃぎながら追いかけている。
「あーん、捕まえられないー!」
「しっぽー!」
「ならばここは、私がお手本を見せてあげましょう! ていっ!」
「ぬっ!? アプリコットが相手なら、我も少し本気を出すのだ!」
だが相手がアプリコットになると、シフの尻尾が竜巻のように唸りを上げて逃げ回る。豪快に動き回る尻尾とそれを追いかけるアプリコットの動きに、子供達は大興奮して声をあげる。
「すごーい! はやーい!」
「ぶんぶんー!」
「お二人とも! 土埃がこっちまで来ないように、ほどほどにしてくださいませ!」
「ふふふ、お友達は元気な子なのねぇ……ところで、何であっちの子には耳と尻尾がついてるのかしら?」
「ああ、それはその……そういう奇跡があるのですわ! 獣の耳と尻尾が生える代わりに、獣の身体能力が手に入る<獣の奇跡>なのですわ!」
「へー、そんなのがあるんですね」
お母さんからの素朴な疑問に、レーナは事前に打ち合わせていた通りの言い訳を口にした。勿論そんな奇跡はない……少なくともレーナは知らない……わけだが、一般人はそう言われればそうなのだろうと納得してしまう。
というか、耳と尻尾の生えた謎の人っぽいモノがいると言われるよりは、普通の女の子に奇跡の力で耳と尻尾が生えてきたと言われる方がよほど納得できるのだ。これも神と人間が聖女と奇跡の力で強く繋がっているこの世界ならではの事情だろう。
「ふぅ、これでよしっと……お手伝いありがとう。ほら二人とも、家に帰るから、お姉ちゃん達にお礼を言いなさい」
「はーい! おねーちゃん、遊んでくれてありがとう!」
「またしっぽ、触らせてね!」
「私達も楽しかったです!」
「またですわ!」
「うむ、まあ考えておいてやるのだ!」
そうして洗濯が終わると、子供達を連れてお母さんが洗い場から帰っていく。その姿を見送りながら、アプリコットが改めてシフに話しかける。
「お疲れ様ですシフ。にしても、随分子供の扱いに慣れている感じでしたね?」
何かあればシフのサポートに回ろうと考えていたアプリコットだったが、予想以上に子供と楽しく遊べていたシフに、少しだけ驚いている。するとシフは得意げに胸を張り、ここぞとばかりにドヤ顔で答える。
「当たり前なのだ! 森でもちびっちゃいのを、よく尻尾でファサファサしてやったのだ!」
「ああ、そうなんですのね。その光景は、何だかとても可愛らしい気がしますわ」
大人になれば恐ろしい獣も、子供のうちは大抵可愛い。シフの尻尾にじゃれる小さな動物を想像し、レーナがほんわりとした笑みを浮かべる。
「なるほど。でもこの感じなら、シフもいい具合に奉仕活動ができそうですね」
「ですわね。これなら私達と一緒に巡礼の旅に出ることも出来るかも知れませんわ」
「む、何処かに行くのか? 我はママのやつを食べさせてくれるなら、何処に行ってもいいぞ!」
「フフッ、ではそのためにも、今日中に村の中を回って、皆さんに顔を覚えていただきましょうか。皆さんのお役に立てれば、シフさんの旅立ちもきっと応援してもらえますわ」
「「おー!」」
レーナの言葉にアプリコットとシフが応え、三人はそのまま村を回っていく。こうしてその日、ハルハレの村には可愛くて元気いっぱいな三人の見習い聖女の存在が、好意的な目で受け入れられることとなった。





