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見習い聖女の鉄拳信仰 ~癒やしの奇蹟は使えないけど、死神くらいは殴れます~  作者: 日之浦 拓
第二章 暗闇の底で蠢くモノ

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「ちょっとだけわかり合えました!」

 その後、「まずはその格好をなんとかしないとねぇ」というエルマの言葉により、シフはアプリコット達と同じ、見習い聖女の白いローブを手渡された。それをシフはスッポリと頭から被り、遂に全裸の少女を卒業したのだが……


「むぅ、何だか動きづらいな」


「とてもお似合いですわよ、シフさん。ただ……」


 シフがクルリと後ろを向くと、尻尾のせいでローブの裾がこれでもかとまくれ上がり、太ももどころかお尻が丸出しになっていた。聖女のローブはあくまでも聖女が着るからこそ神の力が発現するものなので、シフが身につける限りは単なるローブ……秘神カクスデスの加護も発動しないのだ。


「その、ローブの中に尻尾を入れるわけにはいきませんの?」


「嫌だ! こんな布きれの中に尻尾を押し込めるなど、鬱陶しくて仕方がない!」


「でも、それは流石に……むしろ裸より目立つというか……」


「大丈夫です! なら、私がこうします!」


 困り顔をするレーナ達に対し、アプリコットがシュバッとシフの背後に立ち、両手を広げて反復横跳びを始める。


「ぬおっ!? アプリコットは何をしているのだ!?」


「鉄壁のお尻ガードです! これなら誰にも見られません!」


「いや、余計に目立ってると思うんだけど……はぁ、まあいいか。いい時間だし、考え込むよりさっさと教会に移動した方がいいだろうねぇ」


「そうですわね。他にどうしようもなさそうですし」


 諦めた二人に先導され、気づけば大分日が落ちてきた村の中を歩いて、一行は教会へと移動する。その途中ですれ違った人達からは奇異の視線を向けられたものの、機敏にシュバシュバしているアプリコットが目立ちまくった結果、シフの耳や尻尾は注目を集めなかったので、ある意味ではカモフラージュは成功であった。


 そうして教会に辿り着くと、そこにはカヤとモリーンもいた。そうして一堂が会したところで、改めて話し合いが始まる。


「うわ、本当に耳と尻尾がある!? え、シフちゃんって何者なの?」


「むふーん! 我は白銀(しろがね)のシフなのだ!」


「そう言えばそんなことを言っておりましわね。確か神狩りの牙とか……?」


「神狩り!? 穏やかじゃないわね。一体どういうことなの?」


 夕食の準備に取りかかったエルマと、漂ってくるいい匂いにお腹を鳴らしてソワソワしているアプリコットを除き、モリーン、カヤ、レーナが次々とシフに質問を投げかけていく。それによってわかったことが、できあがり並べられた夕食と共に纏められていく。


「それじゃ、情報を纏めるわよ。山の向こうには白銀と呼ばれる種族、あるいは一族の集落があり、シフさんはそこで暮らしていた。でもある日……というか、気づいたらその集落を飛び出していたシフさんは、一人で森の中で暮らしていた。


 で、そこで大好物の木イチゴを採り尽くしちゃったから、この村の近くの森まで移動して、そこでも同じように木イチゴを採取したけれど、その際にシフさんの存在に怯えた獣が、シフさんを避けるように森から人里の方に押しやられてきた……という感じであってるかしら?」


「うむ、大体そんな感じなのだ! カヤは頭がいいな! あとこの肉は凄く美味しいのだ!」


 カヤの纏めに頷きつつ、シフが大きな肉を手づかみしてかぶりつく。その後ベトベトになった手や口の周りをペロペロと舐め上げる様子は、正しく野生の獣のようだ。


「では、改めて疑問というか、謎の方ですけれど……まずはその、シフさんが住んでいた集落とか、白銀と呼ばれる人達のことですわね。私は全く聞いたことがありませんけれど、カヤさん達はどうですか?」


「アタシは全然ないよー。カヤちゃんは?」


「私もないわね。というか、獣の耳と尻尾を持ってる人間なんて初めて見たもの」


「そうですね。私もこんなに強い人は初めて出会いました。もし一度でも戦ったことがあれば、この筋肉が忘れるはずはないんですけど」


「つまり、長い年月誰にも見つからないように隠れてたってことだろうねぇ。『山の向こう』ってのも随分と漠然としてるし……ねえシフ、貴方私達以外の人とは今までに会ったことあるのかい?」


「うむん? ……無いな! 集落には外から人が来ることなんてなかったし、森で暮らしている間も、我の側に近寄ってくるような人間はいなかったのだ」


「もぐもぐ……まあ、あれだけ強烈な威嚇をしていれば、そうでしょうね」


 シフの言葉に、こちらはちゃんとフォークで刺した肉にかぶりつきながら、アプリコットが頷く。森の近くでアプリコット達が感じた気配は、普通の人間ならば迷わず引き返すようなものだった。よほどの死にたがりか明確な目的がなければ、あれを無視して奥に進むような者はいないだろう。


「それじゃ、次は何でシフちゃんが一人で集落から飛び出しちゃったのか、だけど……覚えてないんだよね?」


「……………………うむ」


 モリーンの問いかけに、シフの表情が曇る。


「正直、自分でもわからないのだ。ただ気づいたら森にいて……それに自分が何処から来たのかがわからなくなっちゃって、帰ることもできなかったのだ。だから我は一人で頑張って生活していたのだ」


「そっか。大変だったね」


「……………………」


 モリーンの手がシフの頭を優しく撫でると、沈んだ表情はそのままながら、シフの尻尾が少しだけ左右に揺れる。


「あ、そうですわ! それに関して少し気になったことがあるのですけれど」


 そこで空気を変えるように、レーナが明るい声で話を切り出す。


「集落で暮らしていたということは、普通に家に……えっと、こういう感じの建物の中で暮らしていたんですわよね?」


「うむん? そうだが?」


「なら、服も着てらしたんじゃありませんか? なのに何故、出会った時にはその……裸だったのかなと思いまして」


「ああ、それか。確かに最初の頃は、服を着ていた気がするのだ。でも……」


「でも?」


 問うレーナに、シフがそっと視線を逸らす。


「その……木イチゴふぇすてぃぼーでベトベトになって、葉っぱとか虫とかが凄くくっつくようになっちゃったから、捨てちゃったのだ」


「あぁ…………」


 その言葉に、レーナは半笑いで納得するしかない。一度変身したからか今のシフの体は汚れていないが、確かにその前、アプリコットと戦う直前までは、木イチゴの汁でその体がベタベタになっていた。


 それでも体ならば川で洗うなり雨を浴びるなりすれば落ちるだろうが、布にあれが染みたならば、よほど手間をかけて丁寧に洗濯せねば綺麗な状態には戻らないだろう。


「じゃ、後は最後にして最大の問題だねぇ」


 丁度話が途切れたところで、エルマが落ち着いた様子でお茶を飲んでから言う。シフ以外の全員の注目が集まる中、発せられる言葉はこの場の総意。


「白銀ってのは何なんだい? どうして人間に獣の耳と尻尾が?」


 集まった視線が、一斉にシフの方に移動した。だがシフは囓りかけの肉を皿に戻しながら、困ったように眉根を寄せる。


「そんなこと、我に聞かれても知らないのだ。我からすれば、お前達に耳と尻尾がないことの方が不思議なのだ」


「……だろうねぇ」


 自分が何者であるのか、その根源を知る者など、それこそ神くらいしかいない。だが神は見守ってくれてはいても、積極的に口を開いて世界の秘密を詳らかにしたりはしてくれない。


 全員の顔がどうしたものかと渋くなる中、アプリコットだけが笑顔で言う。


「まあ、別にいいじゃないですか! 話ができてお友達になれるなら、それ以外の事なんて大したことじゃありませんよ! ほらシフ、このお茶を飲んでみてください」


「んむ? こ、これは!?」


「ふっふっふ、マーマレードジャムは、お湯に溶いてお茶にしても美味しいんですよ?」


「凄いぞアプリコット! むふぅ、やはりママは神の食べ物だな」


 楽しげに話ながらお茶を飲む二人の姿を見て、他の四人は「確かに些細な問題かも知れないな」と、優しい笑みを浮かべるのだった。

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