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見習い聖女の鉄拳信仰 ~癒やしの奇蹟は使えないけど、死神くらいは殴れます~  作者: 日之浦 拓
第二章 暗闇の底で蠢くモノ

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「ついてきちゃいました!?」

「あんまり納得はできないけれど、負けてしまったものは仕方ないのだ。じゃあ我はもうずっと、木イチゴふぇすてぃぼーを我慢するのだ……」


 股の間からクルンと伸びた尻尾の先を弄りながら、シフがションボリした顔で言う。必要な勝負をして勝っただけなのに、その姿を見ると何だか悪いことをしたような気分になってしまう。


「うーん。私達としては、別にシフが木イチゴをいっぱい食べること自体は問題ではないんですが……」


「というか、木イチゴでなければいけないんですの? 普通に甘いお菓子とかでいいのなら……ねえシフさん。こちらはいかがですか?」


「だから我はシフサンではないと……何だこれは?」


 レーナがポケットから取りだしたのは、蝋を塗った紙に包まれた焼き菓子。こんがりきつね色に焼かれたクッキーで甘酸っぱいジャムを挟んだそれに、シフはヒクヒクと鼻を近づけて匂いを嗅ぐ。


「甘くて美味しいお菓子ですわ。是非食べてみてくださいな」


「むぅ……?」


 レーナから受け取ったそれを、シフがしげしげと観察する。


 ちなみにレーナが焼き菓子を持っていたのは、偶然ではなくそれが旅の備えだからだ。


 甘いものとしょっぱいものは、基本的に腐りづらい。特に甘いものはしょっぱいものと違ってそのままでも食べられるし、いざという時少量でも体を動かす力になりやすいので、割高ではあっても旅人なら備えておきたい一品なのである。


「うわっ、何だこれは!? サクサクなのにホロホロで、間にグニャッとしたものが挟まっている!? 甘くて酸っぱくて苦い! 美味しい!」


「フフッ、マーマレードジャムですわ。アプリコットさんが朝の訓練をしている間に、ササッと作ったのですわ!」


 ちなみに、クッキーは元々持っていたもので、ジャムはエルマが作り置きしていたものを分けてもらっただけだ。なので実際にレーナがやったことは手持ちのクッキーに厚くジャムを塗り、挟んで蝋紙をまき直しただけなのだが、そんなことは知らないシフが、もの凄く目をキラキラさせてレーナを見つめる。


「何と! レーナチャンはこんな美味いものを作れるのか! 凄いなレーナチャン。お前は神か?」


「いえ、私は見習い聖女ですので、神様ではありませんけれど……」


「よし、決めたぞ! 私はレーナチャンと一緒に行く! そしてこの……何だ? おいレーナチャン、これは一体何という食べ物なのだ?」


「ええっ!? 名前……マーマレードジャムサンドクッキー、でしょうか?」


「マーマ……ジャー…………よし、そのママのやつをもっと食べさせてもらうのだ!」


「えぇぇぇぇ!?」


「おお、流石はレーナちゃんです。これで問題は解決ですね!」


「えっ、これ解決しておりますか!? 確かにシフさんが森を出てついてくるというのなら、この森でこれ以上問題が起きることはないんでしょうけど……」


 ご機嫌に尻尾を振り始めるシフと、感心した顔で自分を見つめるアプリコットに、レーナは何とも困った表情を浮かべる。


 だが、改めて考えてみると、これ以上にいい具合の解決方法も思いつかない。あんなションボリした顔のシフを森の奥に帰すのは、レーナとしても気が引けていたのだ。


「まったくもう……わかりましたわ。とりあえずは一緒に森を出て、まずはエルマさんに話を聞いてみましょうか」


「それがいいと思います。あとシフの服も調達しないといけませんし」


「む、何だ? 我には毛皮があるから、そんな布きれはいらないぞ?」


「耳と尻尾以外に、毛皮なんて生えてないじゃありませんか! ああいえ、髪の毛とかまつげとかは普通に生えておりますけれど、それは毛皮というか、人間と変わらないですし」


「というか、今はともかく、冬とかは寒くないんですか?」


「問題無い! 我は最強だからな! 走り回ったらポカポカするし、知り合いのクマのお腹に埋もれたり、鳥の巣に入り込んだりすればヌクヌクなのだ!」


「おー、賢いですね!」


「そうなのだ! 我は最強だからな! 頭の良さも最強なのだ!」


 そんな感じで雑談をしながら、一行は村の方へと戻っていく。そうして森の入り口付近まで辿り着くと、そこで一端足を止めた。


「では私はエルマさんにお話をして呼んできますので、お二人はここで待っていていただけますか?」


「わかりました。よろしくお願いしますね、レーナちゃん」


「何だかわからんが、頼んだぞレーナチャン!」


「お任せですわ!」


 去りゆくレーナを見送ると、残されたシフが前を向いたまま、横にいるアプリコットに話しかける。


「なあ、アプリコット。我はお前に聞きたいことがある」


「何ですか?」


「さっき完全獣化した時に、気づいたのだ。何故お前からは――」


 ビュウと、不意に強い風が二人の間を吹き抜ける。それに流された問いかけに、アプリコットは少しだけ悲しそうに笑う。


「それは……今はまだ秘密です。いつかもっと仲良くなれたら、教えてあげてもいいですよ?」


「むぅ、そうか。まあ別にいいけどな。何故なら我が、そのうちお前を倒して最強を取り戻すからだ! そうすればお前が何者であろうと関係ない。最強は我だからな!」


「ふふふ、そう簡単には負けてあげませんよ? さっきのあれも、まだ本当の本気ってわけじゃないですし」


「それを言うなら我だってそうだ! 本当の我は、もっとでっかくて格好いいのだ!」


「ほほぅ? それはまた、一段とモフモフしてそうですね……」


「…………やっぱり我はちっちゃかったかも知れないのだ」


「そうなんですか? でもまあ、それはそれでモフモフしてますし」


「一体我にどうしろと言うのだ!?」


「大人しくモフられていればいいと思いますよ?」


「絶望だっ! やはり我は最強を取り戻さなければならないっ!」


 ニヤリと笑うアプリコットに、シフはバッサバッサと尻尾を揺らしながら、天を仰いで大声で叫ぶ。するとちょうどそこに、エルマを引き連れたレーナが戻ってきた。


「お待たせしましたわ! というか、お二人とも何をそんなに騒いでいらっしゃるのですか?」


「あらあら、本当に!? いえ、レーナちゃんの話を疑っていたわけじゃないけど、でもそれにしたって……」


 ごく普通に話しかけてくるレーナに対し、シフの姿を見たエルマは強い困惑の表情を浮かべる。


「レーナチャン、こいつは誰だ?」


「こちらはエルマさんですわ。エルマさん、この子がシフですわ」


「初めまして、シフさん。私は――」


「違う! 我はシフサンではない、シフだ!」


 強い口調で訂正するシフに、エルマは一瞬面食らうも、すぐに笑顔で答える。


「ああ、そうなのね、ごめんなさい。じゃあ改めて、初めましてシフ。私はこの村の教会の管理を任されている、エルマよ」


「む? エルマサンではないのか?」


「え?」


「う?」


 首を傾げるエルマとシフが、しばし正面から見つめ合う。そんな二人に割り込んだのは、他ならぬレーナだ。


「あの、ひょっとしてなんですけれど……シフ、私の名前は覚えていただけてますよね?」


「何を言っている? お前はレーナチャンだろう?」


「そうですけれど、正確にはレーナですわよ? ちゃんは名前ではありませんわ」


「そうなのか!?」


「そうなのですわ。加えて言うなら、シフのことをシフさんと呼ぶのは、名前を間違えているわけではなく、シフの名前を丁寧に呼んでいるからですわ」


「何と!?」


 小さな口をまん丸に開いて、シフが驚きを露わにする。


(よくわからないけれど、悪い子ではなさそうね)


 そしてそんなシフの様子に、エルマはとりあえず少しだけ安心して胸を撫で下ろすのだった。

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