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見習い聖女の鉄拳信仰 ~癒やしの奇蹟は使えないけど、死神くらいは殴れます~  作者: 日之浦 拓
第二章 暗闇の底で蠢くモノ

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「二人なら大丈夫です!」

「獣の様子がおかしい、ですか?」


「そうなの。村の狩人さんから聞いた話なんだけどね、どうも普段よりも、森の獣が人里に近い位置まで降りて来ているらしいのよ」


「え、それって……!?」


「ハンスさんが襲われた状況に似てますね」


 エルマの言葉に、レーナとアプリコットがそれぞれ答える。それに追従するのはカヤだ。


「森の獣が人里に……ということは、荷馬車があんなに沢山のオオカミに襲われたのも?」


「関係があるかも知れないわねぇ。少なくとも今は、この村でも不用意な森への立ち入りは禁止してるわ。少し前まで浅いところなら子供でも安全に薬草やキノコを採取できたんだけど……」


「調べたりはしないのですか?」


 素朴なレーナの問いに、しかしエルマは苦笑して首を横に振る。


「一応、その狩人さんが調べはしたのよ。ただ日常的に狩りに行く範囲では、異常は見受けられなかったみたい。そうなると後は森の奥に入るしかないんでしょうけど、その人にばっかり負担をかけるわけにはいかないしねぇ」


「どなたかがお手伝いしたり……あるいは国の支援などは受けられないのでしょうか?」


「難しいだろうねぇ。早めに周知をしたから、今のところ被害も出てないし」


「むぅ……」


 苦笑するエルマに、アプリコットが顔をしかめる。被害が出ないようにするためにこそ早め、念のための行動が必要になるが、被害が出てもいないことに人は手間やお金を使いたがらない。


 だが、全ての「もしも」にお金と人材をつぎ込んでいてはあっという間に村の財政が干上がってしまうのも事実。それは誰もが抱えるジレンマであり、それを解決できるとすれば……外部からの無償の奉仕。


「わかりました! そういうことなら、私が森に入って調べてみるのはどうでしょう?」


「えっ!?」


 アプリコットの提案に、エルマが驚きの声をあげる。


「いやいや、私の話を聞いてたかい? 今森はとっても危ないんだよ。確かに見習い聖女なら奇跡で獣除けを使えるんだろうけど、それでも――」


「そこは大丈夫です! 鍛えてますので!」


「鍛えてるって……カヤちゃん、貴方からも言っておくれよ」


「いえ、アプリコットさんなら平気だと思うわよ?」


 困った顔でカヤに話しかけたエルマだったが、逆にカヤにそう告げられてしまい、その顔に皺を深める。


「大丈夫って、カヤちゃん!?」


「さっき言ったでしょう? アプリコットさんは、事実上たった一人であっという間にオオカミの群れを倒しちゃったのよ。あれだけ動けるなら、むしろ一人の方が楽かも知れないわね」


「えぇ……?」


「アプリコットさんなら大丈夫ですわ! それに私も一緒についていきますもの!」


「「「えええっ!?」」」


 レーナの発言に、今度は他の三人が揃って驚きの声をあげる。その後最も早く反応したのは、嬉しそうに笑うアプリコットだ。


「おお、レーナちゃんも来てくれるんですか!?」


「勿論ですわ! 足手纏いにならないように、この村で奉仕活動をしながら待つのとどっちがいいか迷ったのですけれど……」


「あの、レーナさん? 迷ったなら、奉仕活動の方がいいんじゃないかしら? ほら、あのオオカミ達には、私の奇跡も通じなかったでしょう?」


 そんなレーナに、カヤが慌ててそう声をかける。だがレーナは静かに首を横に振りながら言葉を続けていく。


「確かにそうですわ。カヤさんの奇跡が通じなかったなら、きっと森で出会う獣には私の奇跡も通じないと思います」


「だったら……」


「でも、それ以外の部分でお手伝いできることは沢山ありますわ! カヤさんが言ってくれた通り、私は私のできることで、きっとアプリコットさんのお役に立てるはず! 危険なときに助け合ってこそのお友達なのですわ!」


「レーナちゃん!」


「アプリコットさん!」


 席を立った二人が、その場でギュッと抱きしめ合う。そのまま鼻がくっつきそうな距離で見つめ合うと、アプリコットはにわかに真剣な目で見つめながらレーナに問う。


「レーナちゃんのことはしっかり守ります。けど、それでも危険であることは変わりませんよ?」


「わかってますわ。だからしっかり守って下さいね?」


「ふふふ、お任せです! でもその代わり、レーナちゃんには暗いところを照らしてもらったり、もし怪我をしたら治してもらったりしますよ?」


「ふふふ、お任せですわ!」


「あー……これは何を言っても聞かなそうだねぇ。わかったわ、じゃあ二人には森の調査をお願いしましょうか」


「エルマさん!? いいんですか!?」


「いいも何も、私はあくまでこの教会の管理を任されてるってだけで、この子達に何かをしろとかするなって言うような権利はないわよ。カヤちゃんだってそうでしょう?」


「それは、まあ…………でも先輩として、心配くらいはさせてもらうわ」


 お手上げとばかりに苦笑いを浮かべるエルマに対し、カヤもまた席を立つと、抱き合ったままの二人の側に行って話を始める。


「いい、二人とも。危ないと思ったら、すぐに引き返すのよ? 今回荷馬車が襲われたから、それが伝わればちゃんとした調査隊を国が派遣してくれる……かも知れないし、二人が無理をする必要はないんだからね?」


「わかってます。ありがとうございます、カヤさん」


「私達なら大丈夫ですわ」


「……そう。ならこれ以上は言わないけど、怪我をせずにちゃんと帰って来てね?」


「「はーい!」」


 二人が声を揃えて返事をすると、カヤもやれやれと笑いながら座っていた席に戻る。そこで漸く抱き合うのをやめたアプリコット達も席に戻り、残ったお茶を飲みながら話を再開した。


「それじゃ、いつ出発しましょうか? 私はいつでも平気ですけど」


「わ、私も――」


「こら! 幾ら何でも今からは無茶よ? もうすぐ夜になるんだし」


「そうよ。まだまだ解決を焦るような段階じゃないんだから、せめて出発は明日にしなさい。じゃないとモリーンを呼んで、二人をグルグル巻きの芋虫にしちゃうわよ?」


「はわっ!? それは恐ろしいです……」


「あ、でも、今夜の宿はどうしましょう? エルマさん、この教会に泊めていただくことはできるでしょうか?」


 問うレーナに、エルマが再び困った顔をする。


「泊めること自体は勿論いいのだけれど、生憎ここは小さい教会だから、部屋がねぇ」


「あ、それなら私がモリーンのところに行くから、いつも私に貸してくれていた部屋をこの子達に貸してあげてくれない?」


「いいんですか?」


「ふふ、いいのよ。ただベッドは一つしかないから、どちらかは――」


「それなら、私とレーナちゃんでくっついて寝れば大丈夫ですね!」


「そうですわね。大人用のベッドなら、私達二人でも何とかなると思いますわ……カヤさん、どうかなさいましたか?」


「……いえ、何でもないわ」


 村長宅の客室になら、少しくらいは余裕がある。狭い部屋に押し込められるくらいなら……と思ったカヤだったが、二人の様子を見てその言葉を飲み込む。


(そう言えば私も、モリーンと一緒にくっついて寝たことがあったわね)


 思い出されるのは、巡礼の旅を始めてすぐの頃。まだ旅の勝手がわかっていなくて宿泊場所が確保できず、やむなく馬小屋の寝藁に寝たことがあった。正直臭かったし寒かったけれど、二人でピッタリくっついて寝たあの夜のことを、カヤは今でもはっきりと思い出せる。


「二人とも、明日は本当に気をつけてね。二人が無事であることが、何よりも一番大事なんだから」


「はい! ありがとうございますカヤさん!」


「さて、それじゃ私はいい加減、夕食の準備でもしようかねぇ」


「あ、お手伝いしますわ、エルマさん!」


「ふぉぉ、私のお腹もペコリンヌです! お手伝いするので、いっぱい作りましょう!」


「はいはい。食べ盛りの子が多いと、作りがいがあっていいねぇ」


 エルマに続くアプリコット達の姿に、昔の自分とモリーンの姿が重なって、カヤの胸の中に例えようのない温かいものが溢れる。


「ねえエルマさん。モリーンも食事に呼んでいいかしら? 勿論その分のお金は払うから」


「ははは、いいとも。何だい、今夜は随分賑やかになりそうだねぇ」


「ありがとう、エルマさん」


 子供二人と一緒に調理場に消えていくエルマに向かって、カヤは心から感謝の言葉を伝えると、早速モリーンを呼びに村長宅に出向いてった。


 灯りの節約のために、いつもならばすぐに消えてしまう教会の光。だがその日だけは、不思議と夜遅くまで温かな光を零し続けるのだった。

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