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見習い聖女の鉄拳信仰 ~癒やしの奇蹟は使えないけど、死神くらいは殴れます~  作者: 日之浦 拓
第二章 暗闇の底で蠢くモノ

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「みんなでお話しました!」

 最初の一歩……それは町や村など「神に見守られし者」が暮らす場所を初めて訪れた時、見習い聖女の体がピカッと光る現象である。


 ただし、光るだけだ。長年色々と研究されてはいるが、光る以外に何らかの効果が確認されたことはない。規定数光らないと聖女になれないとか、光れば光るほど奇跡の力が強くなるとか、そんなことは一切無い。本当にただ光るだけである。


「やりましたよレーナちゃん! 二人揃ってピカりました!」


「ええ、そうですわね。私これ、今まではちょっと恥ずかしかったのですけれど……でも二人だと楽しいですわね」


 だが、アプリコットはこれが大好きだった。「長旅お疲れ様」「新しい場所でも素敵な出会いがあるといいね」と神様が優しく頭を撫でてくれているようで、ピカると凄く幸せな気持ちになれるのだ。


 故に、仲良くなったレーナと一緒にピカれた今、アプリコットは最高にご機嫌だった。さっきまでいた町に入った時は、人の流れが多くて喜びを堪能する時間がなかったため、尚更である。


 そしてレーナも、今はニコニコだ。一人でピカッとなるのは何となく恥ずかしくて俯きがちだったけれど、仲良くなったアプリコットと手を繋いで光るのは、自分が想像していたよりずっと楽しかった。


「ふふっ、懐かしいわね」


「だねー。アタシ達も一緒にやったよね。まあ光るのはカヤちゃんだけだったけど」


「そうそう。それで駄々をこねたモリーンを、わざわざ<灯火の奇跡>で光らせたこともあったわね」


「うげっ、そんなことあったっけ!?」


「あったわよ。まったく、都合の悪いことはみんな忘れちゃうんだから」


「えへへ……」


 そしてそんな二人を見るカヤとモリーンも、昔の自分達を見ているようでほっこりした。その間にホーエンがハンスに村に入るための手続き……といっても簡単に名前や人数、来訪目的なんかを伝えるだけだが……を済ませ、一行は無事にハルハレ村へと足を踏み入れた。


「さて、それじゃ私はいつも通りに村長さんに挨拶に行くけど、君達はどうするんだい?」


「この村って、教会とかありますか?」


「ああ、あるよ。その道をまっすぐ行けば、すぐにわかる」


「じゃあ私とレーナちゃんはそちらに顔を出します! レーナちゃんもそれでいいですか?」


「勿論ですわ。教会があるなら、最初にご挨拶するのは当然ですもの」


 ホーエンの問いかけに、アプリコットとレーナが揃って答える。小さな村だと教会が無いこともあり、その場合は村長さんなどの村の顔役に挨拶することが多いが、見習いとはいえ聖女である以上、教会があるならそっちが優先だ。


「じゃあ、私も一緒に行こうかしら。構いませんか、ホーエンさん?」


「勿論いいよ。じゃあモリーンはこっちを手伝ってくれるかい?」


「了解! じゃ、カヤちゃん、アプリコットちゃん、レーナちゃんも、また後でね!」


 そしてそれは、聖女であるカヤも同じであった。入り口近くで別れると、聖女三人は連れだって村を歩き、すぐに小さな石造りの教会へと辿り着く。周りは木の家ばかりなので若干浮いているが、これは教会に小さな鐘楼が存在しているからだろう。鐘は金属の塊なので、それを支えるならやはり石造りの方が都合がいいのだ。


「こんにちはー!」


「おや、カヤちゃん。いらっしゃい……それとも、お帰りと言うべきかしら?」


「ふふ、ありがとうエルマさん。ただいま」


 何度もここに来ているであろうカヤが、勝手知ったると扉を開いて呼びかければ、中から五〇代くらいの優しい顔をしたおばちゃんが姿を現した。ただしその身に纏っているのはアプリコット達と違い、青いローブである。


「エルマさん、紹介するわね。こちらアプリコットさんとレーナさん。巡礼の旅をしている見習い聖女よ」


「初めまして! 私は見習い聖女のアプリコット、一二歳です!」


「初めましてですわ。私は見習い聖女のレーナ、同じく一二歳ですわ」


「これはご丁寧に。私はこの教会を管理している、神子のエルマといいます。よろしくね、可愛い聖女さん達」


「「よろしくお願いします!」」


 ニコニコと優しく微笑むエルマに、アプリコット達が元気に返事をする。その後は教会の中に招き入れられると、奥の部屋の小さなテーブルに四人で揃ってつき、エルマが入れてくれたお茶を飲みながら雑談を始めた。


「見たところ他の方はいらっしゃらないようですけど、エルマさんはお一人でこの教会を管理しておられるんですか?」


「ええ、そうよ。昔はここにも終導女様がお一人いらしたのだけれど、五年ほど前にご高齢で亡くなられて、以後は私一人で管理してるわ」


「それは大変ですね。でもそういうことなら、お手伝いできることが沢山ありそうです!」


「ふふ、ありがとう。でも実のところ、そこまで仕事はないのよ。小さな村だし、貴方達がやってきた町から、時々お手伝いの方も来て下さるから。それにいずれはカヤちゃんが私の後を継いでくれるって話もあるし」


「えっ、そうなんですの!?」


「ええ、そのつもりよ。町からの通いだと、どうしても時間がかかってしまうから。万が一の時にすぐに力になれるように、将来はここに腰を落ち着けようかと思ってるの」


「おおー、ちゃんと将来設計があるんですね!」


「まあ、私もそこそこの歳になったしね。今はああでも、モリーンだってそのうち落ち着くでしょうし……きっとそこが、私の旅の終わりよ」


「旅の終わり……そう聞くと、何だか寂しい気がしますわ」


 ズズッとお茶を飲みながら、レーナが少しだけションボリした声を出す。だがそんなレーナに、カヤは笑顔をいっぱいに浮かべて言う。


「そうね、確かに終わるのは寂しいけれど、でもそれは同時に、新しい日々の初まりでもあるわ。楽しいことも辛かったことも、思い出はもう抱えきれないほどあるんだから、それを持ってここに腰を落ち着けて、あとは尋ねてくる子供達にそれを話して聞かせるって人生も、きっと楽しいと思うわよ?」


「カヤさん……っ! はい、確かに凄く素敵そうですわ!」


 レーナの目が、またもキラキラと尊敬に輝く。なおその時、急に焦燥感に駆られたモリーンの頭に「北の果てには、ペンギンっていう空を飛べない鳥がいるらしいですよ!」という豆知識が浮かんだが、仕事中だし側にはホーエンしかいなかったのでそれを口にすることはなかった。


 そんなモリーンのことなど知る由もなく、アプリコット達の雑談はまだまだ続き……そしてその話題は、さっき襲ってきたオオカミ達のことになる。


「え、荷馬車が襲われたの!?」


「ええ、そうなの。まあそれはアプリコットさんがあっという間に倒しちゃったんだけど……」


「えっ!? この子が!?」


「ふふふ、鍛えてますから!」


 目を見開いて驚くエルマに、アプリコットがぺたんこな胸を張ってドヤ顔をする。その様子から冗談ではないと理解し更に驚きを深めるエルマだったが、それとは別にカヤが更に話を続けていく。


「ただ、そのオオカミの動きがおかしかったのよ。私の<騒音の奇跡>を受けてもまったく怯まなかったし、最後の一匹まで逃げずに襲いかかって来たの。


 それで森の中に何か異変があったせいで、オオカミ達の行動が変わったんじゃないかって思ったんだけど……エルマさん、何か心当たりはない?」


「そうねぇ……」


 カヤの問いに、エルマは自分で入れたお茶のお代わりを飲みながら、少しだけ顔をしかめる。


「ある、と言えばあるわね。実は少し前から、森の獣の様子がおかしいのよ」

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