「やっと到着しました!」
「アプリコットちゃんって、めっちゃ強かったんだねー」
「ふふふ、それほどでもあります! 鍛えてますからね!」
そんな雑談を交わしつつ、アプリコットとモリーンが倒したオオカミの毛皮を剥いでいく。一二匹ともなると数が多く手間がかかるが、かといって放置するのは勿体なかったのだ。
「何にせよ、皆が無事で良かった良かった……ほっと!」
そして皮を剥ぎ終わったオオカミの死体は、ホーエンの手で道の端に寄せられていく。本来なら燃やすか穴を掘って埋めるかしたいところだが、森に飛び火させないためにと道の真ん中で燃やすわけにはいかないし、これほどの数となると穴を掘るのは時間がかかりすぎる。
「流石はアプリコットさんですわ! 私も頑張らなければ……えいっ!」
「そうね。あんなに強力な奇跡を使えるなんて、ビックリしちゃったわ……ふっ!」
故にそこにレーナとカヤが、腐神ナレハテの<腐敗の奇跡>を使う。そうすることで集められた死体は目に見える速度で腐っていき、二〇分ほどで乾いた骨だけになるのだ。
なお、レーナだけだと腐敗臭がそのまま漂うためとんでもないことになるのだが、熟練者であるカヤが協力していることで、臭いはほぼ完全に抑えられている。もしカヤがいなければ、この場は地獄絵図になっていたことだろう。
「それにしても、何でカヤのキーンが効かなかったんだろうね?」
そうして全員がそれぞれの作業をしているところで、ふとモリーンが改めてその疑問を投げかける。オオカミの群れなんて数え切れない程撃退しているモリーンだけに、今回の動きには強い違和感を感じていた。
「キーンって……<騒音の奇跡>よ。でも確かにおかしいのよね。手負いで興奮してる獣が逃げないならわかるんだけど、ほとんどのオオカミはそんな様子もなかったのに……」
「確かに不自然ですよね。私も半分やっつけたところで、てっきり残りは逃げるとばかり思ってましたし」
そんなモリーンの言葉に、カヤとアプリコットも同意する。
飢えていたり繁殖期だったりといくつか例外はあるものの、基本的には野生の獣は「狩り」よりも「逃走」を優先する。というのも、怪我をして身体能力が低下すると、そのまま死んでしまうことが多いからだ。
なので大きな音……強い咆哮をぶつけられれば怯えるし、ましてや目の前で群れの半分が倒されたりしたら、以前に荷馬車を襲っていたオオカミのように、即座に逃げるのが普通なのだ。
だが、今回は音にも殺戮にも怯まず、一匹たりとも逃げていない。これは極めて異常なことであり、その場の全員が首を傾げてしまう。
「そう言えば、先日お助けしたアランさんも『本来ならいるはずのない森の浅い場所で熊に遭遇して、しかも普通なら逃げ出すような薬を使ったのに襲われた』と仰ってましたね」
「むーん。森の奥で何かあったのかも知れません」
思い出したようなレーナの発言も手伝って、プンプン漂う事件の匂いを嗅ぎつけたアプリコットの小さな鼻がヒクヒクッと動き、事件の代わりに完全には消しきれない腐敗臭を嗅ぎ取ってオエッとなった。
それを表情に出さないようにキュッと口を結んだアプリコットを見て、ちょっとだけ勘違いしてしまったレーナが不安げな声で問いかける。
「あの、アプリコットさん? まさかとは思いますけど、森の奥に原因を調べに行こうとか考えていらっしゃいませんよね?」
「え!? あー、そうですね。困ってるのであればお手伝いしたいとは思いますけど、そうでないなら無理に手出しをするつもりはありませんよ? 森のことは、その森で生活している人に任せるのが一番ですから」
「そうですか、良かった…………いえ、見習い聖女として、それを良かったと言ってはいけないんでしょうけれども」
「そんなことないわよレーナさん。確かに誰かの役に立つことはとても素晴らしいことだけれど、そのために無理をしてはいけないの。自分すら大事に出来ない人に、他人を大事になんてできないのよ?」
「カヤさん……っ!」
またも何だか深いことを言うカヤに、レーナが尊敬の眼差しを向ける。後輩にキラキラの目で見られるカヤが羨ましくなり、モリーンも何かいい感じのことを言おうと思ったのだが、「オオカミはお尻の臭いを嗅いで挨拶するらしいよ!」という豆知識しか思いつかなかったので断念した。
なお、本当にそれを告げられた場合、側にいたアプリコットは「おおー、モリーンさんは物知りですね!」とちゃんと褒めてくれたのだが、その未来が訪れることは無い。
とまあ、そんなこんなで毛皮剥ぎと死体の処理を終え、再び一行は目的の村への旅を再開した。ちなみに毛皮の取り分は、アプリコット達が五枚、レーナが一枚、モリーン達が三枚、ホーエンが三枚である。ホーエンの取り分は、アプリコットとレーナの毛皮を馬車に乗せてもらった分だ。
「いいのかい? モリーン達と違って護衛契約を結んでいるわけじゃないし、助けてもらったんだから、毛皮くらい無償で運ぶよ?」
「いえ、気にしないでください。こういうのはきっちりしておくのが、気持ちのいい人間関係を維持するのに大事なんです!」
他人に払う対価を軽んじる者は、自分が受け取る対価も軽んじられる。頼れることは遠慮無く頼り、その上で気持ちよく対価を支払うことこそ、アプリコットが巡礼の旅で学んだ円満な人間関係を築くコツであった。
「はー、若いのに立派な考えだねぇ。流石は聖女様というところか」
「見習いですけどね!」
「というか、私までもらってもよかったんですの? 私、大した役には立てておりませんけれど……」
「勿論です! 死体の後始末も手伝ってもらいましたし、そもそもレーナちゃんがいてくれるからこそ、私は思いっきり戦えるんです! だから遠慮しないで受け取ってください。というか、遠慮されてレーナちゃんが何も受け取ってくれない方が大問題です!」
遠慮がちな事を言うレーナに、アプリコットが力説する。するとそれに追従するように、カヤもまた口を開く。
「そうよレーナさん。後始末は別としても、戦闘中に出番がなかったことと、何もしなかったことは違うわ。いつでも怪我を癒やせるように構えていたのなら、その分の対価はもらっていいの。
というか、そこで貴方に『お前は何もしなかっただろ?』なんて言ってくる人は、あまり信用しては駄目よ。そういう人はどれだけ頑張っても認めてはくれないし、逆に自分のやったことや自分の利益だけは声高に主張してくるから。
私達聖女は人を助ける存在だけど、私達自身もまた、誰かに助けてもらう人であることを忘れてはいけないわ。互いに認め合い、助け合うことこそが大事なのよ」
「カヤさん……っ!」
キラキラと輝くレーナの目が、カヤに尊敬の視線を投げかける。それを見て今度こそ自分も尊敬される先輩になりたいと頭を巡らすモリーンだったが、「ネズミって、実はチーズが嫌いらしいよ!」という豆知識しか思いつかなかったので断念した。
なお、本当にそれを告げられた場合、側にいたアプリコットは「え、そうなんですか!? モリーンさんは物知りですね!」と大層驚いたうえで感心してくれたのだが、その未来が訪れることは無い。モリーン、今一歩が足りない女である。
「おや、見えてきましたね」
と、そこで荷馬車を走らせていたホーエンがそう声をあげた。それに合わせて一堂が目線を道の先に向けると、そこには簡素な木の柵で覆われた村と、その正面入り口に立つ三〇代くらいの男性の姿が目に入る。くたびれた革鎧と長槍を手にしたその姿は、典型的な門番だ。
「おーい、ハンス!」
「ホーエンさん。いらっしゃい……って、ありゃ? いつもより人が多いですね」
「ああ、こちらのお嬢さん方は、巡礼の旅をしている見習い聖女さん達だよ。ここを抜けて北の方に行くというから、ご一緒したんだ」
「へー、そうなんですか。それじゃあアレをやらねーとな!」
そう言うと、ハンスと呼ばれた男性が並んで立つアプリコット達の前に来て、手にした槍をカシャンと地面に打ち付けながら言う。
「ようこそ! ここはハルハレの村です!」
「はい! それじゃレーナちゃん、行きますよ?」
「いつでもいいですわ!」
「「せーのっ!」」
そんなハンスの横に並び、アプリコットとレーナが手を繋いだままピョンと前方にジャンプする。
「「最初のいーっぽ!」」
その足がハルハレ村に降り立つことで、アプリコットとレーナの体を、ふわりと白い光が包み込む。こうして二人の旅の履歴に、また一つ新しい場所が加わった。





