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見習い聖女の鉄拳信仰 ~癒やしの奇蹟は使えないけど、死神くらいは殴れます~  作者: 日之浦 拓
第二章 暗闇の底で蠢くモノ

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「また襲われちゃいました!?」

 そうして先輩のちょっといいところを見せてもらったりしつつ、アプリコット達は更に道を進んでいく。オッサンが長閑に馬車を走らせるなか、女子四人がキャッキャウフフと話をしながらの楽しい旅ではあったが……護衛がついているということは、つまり護衛が必要な状況があるということでもある。


「ホーエンさん、止まって」


 それまでの明るく気楽な雰囲気から一変、モリーンが鋭い声を出して周囲の様子を伺い始めた。するとすぐに荷馬車は停止し、一同の間に緊張が走る。


 場所は町から小さな村へと続く、森の中の一本道。視界が通らない草むらの向こうに何がいるのか……今のところはまだわからない。


「モリーン、獣かい? 野盗の類いじゃなければいいんだけど」


 ならばこそ、ホーエンは不安げにモリーンに問いかける。何十年も行商をやっていれば襲われた経験など数え切れない程あるが、だからといって何も感じなくなるわけではない。


 人にも獣にも襲われたことのあるホーエンだが、どちらが厄介かと言われれば、やはり人と答えるだろう。獣には取引は通じないが、餌を置いて逃げれば無意味に追いかけてもこない。


 だが人となると、口封じのために殺そうとしたり、奴隷にするために誘拐しようとしたりと、荷物を放棄しただけでは逃げられないこともある。ましてや今この一団には年若い娘が二人に、可愛らしい少女が二人もいる。野盗からすればよだれが止まらないほどに美味しそうな獲物に見えることだろう。


「人間……じゃないと思う。っていうか、それならとっくに道を塞がれてると思うし」


 その願いが通じたのか、モリーンは襲撃者が人ではないと判断した。人間の盗賊ならば木の陰から弓で狙いつつも、こっちの進路を塞ぐように二人か三人が姿を現すはず。それが無いのだから、迫ってきているのは人では無いと読んだのである。


 とは言え、何かが迫ってきているのは間違いない。戦神アラクレトールの加護と、何より一〇年以上の実戦経験があればこそ、勘を越えた確信がモリーンの頭に危機を訴えかけてくる。


「体躯からすると、多分オオカミじゃないですかね? 数は一〇……一二? 割と多めです」


「アプリコットちゃん!? そんなことまでわかるの!?」


「ふふふ、私の筋眼を前に、隠し事などできません!」


 そしてアプリコットは、そんなモリーンの戦闘勘を更に越える筋肉を宿している。位相の違う世界で見つけた魂の数を得意げに報告するアプリコットに、、モリーンはクスッと笑ってから一歩前に出た。


「おー、凄いんだね。でもここは、先輩の顔を立ててもらおうかな? アプリコットちゃんとレーナちゃんは下がっててね」


「むぅ、そう言われては仕方ないですね」


「気をつけてくださいませ、モリーンさん」


「ほら、二人ともこっちに」


 多少気配を読むのが得意だからといって、一二歳の子供を戦わせるつもりなど、モリーン達の誰にもない。カヤの側にアプリコット達が下がったのを確認すると、丁度それに合わせるようにオオカミたちが姿を現した。


「グルルルルルルルル……」


「一、二……うわ、本当に一二匹いる! ちょっと多いけど……」


 アプリコットの予想がピッタリ的中していたことに軽く驚きつつも、モリーンは素早く腰の剣を抜き、いつもより気合いを入れて斬りかかっていく。


「やぁぁぁぁ!」


「キャウン!」


 戦神アラクレトールの加護により、モリーンの身体能力は大幅に強化されている。そこに女性ならではのしなやかさも加わることで、一瞬にして間合いを詰めたモリーンの剣が、手前にいたオオカミの鼻先を斬り裂いた。


「天にまします偉大なる神に、信徒たる我が希う。その信仰をお認めくださるならば、神の奇跡の一欠片を、今ここにお示しください……騒音公害、掃音孔害! <大気を揺らす両の合掌ノイジー・ダブル・クラップス>!」


 それに合わせてカヤが聖句を唱え終わると、両手をパチンと打ち合わせた。すると耳にキーンとくる音が鳴り響き、レーナは思わず耳を押さえてしまったが……


「嘘、逃げない!? 何で!?」


 通常の獣なら、音神ナリヒビキの<騒音の奇跡>を聞けば、尻尾を巻いて逃げていく。だと言うのに一匹も逃げ出さない様に、カヤは思わず驚きの声をあげてしまった。


「ヤバッ!? カヤちゃん、ホーエンさん!」


 そしてその事実に、モリーンも慌てて荷馬車の方に引く。先制して獣の気を引き、その隙にカヤが奇跡を使って獣を追い払うというのがいつものやり方であり、それが通じないとなると、この数を相手に孤立して戦うのは危険でしかないからだ。


「ごめんなさいモリーン、こんなはずじゃ……」


「いいよ、カヤちゃんのせいじゃないって。でも、参ったな……ホーエンさん、最悪の場合は荷馬車を囮にして逃げるから、準備をお願いします」


「わかった。仕方ないね」


 荷馬車を失うのは痛手だが、命に代えられるものではない。オオカミはまだ一一匹も残っており、留まって戦うとなれば半分道連れにするのも辛い。旅をしていればこそ損切りのタイミングを間違えないホーエンが準備を始めるなか、アプリコットの拳がシュッシュッと空を切った。


「ふむ、モリーンさんがやらないというのなら、ここは私の出番ですね!」


「アプリコットちゃん!?」


「駄目よアプリコットさん、ここは無茶をするような場面ではないわ!」


 やる気を出して一歩前に出るアプリコットを、モリーンとカヤが驚いて引き留めようとした。が、それをレーナがニッコリと微笑んで止める。


「お二人とも、大丈夫ですわ。アプリコットさんは本当にお強いですから。少し前にもこーんなに大きな熊さんを倒したんですわよ!」


 両手を伸ばし、「こーんなに!」とアピールするレーナに、しかしモリーン達は不安しか感じない。だがそれにより稼がれた時間で、アプリコットはオオカミ達の前に飛び出してしまった。


「それじゃ、荷馬車はお願いします!」


「あっ!?」

「待って!」

「お気をつけて!」


 三者三様の声を受けて、アプリコットはオオカミと対峙する。毛皮を切り裂く剣も牙を阻む鎧も身につけていない小さな獲物の登場に、オオカミたちが一斉に襲いかかって来たが……


「ていっ! やぁ! とぉ!」


 それはいつかの焼き直し。まさか町に入る前に加えて、出るときまで襲われるとは思っていなかったが、それでも多少数が増えた程度のオオカミが、アプリコットの敵になるはずもない。


「ギャウン!」

「キャン!」

「ウォォォン!」


 小さな体が竜巻のように回転し、振るう拳が稲妻の如く閃く。噛み付いてきた三匹を吹き飛ばし、近くにいた三匹を蹴り飛ばし、あっという間に群れの半分を倒しきると……


「む?」


「危ない!」


 てっきり逃げ去るとばかり思っていた残りのオオカミ達が、そのままアプリコットに跳びかかってきた。反射的に警告の声を発したモリーンが剣を手に走りだそうとし、即座に<癒やしの奇跡>を使うべくカヤが聖句を口にしようとしたが……


「見敵必殺、拳撃必滅! 我が拳は信仰と共に在り!」


 聖句を唱えたアプリコットの動きが、今までとは比べものにならないほど速くなる。離れたところから見ているモリーンをして目で追うのがやっとの動きで小さな影が駒のように回転すると、全てのオオカミが冗談のように宙を舞い、まとめて吹き飛ばされた。


「えっ……えっ!? えぇぇぇぇっ!?」


「アプリコットさん、貴方……!?」


「ふふーん、どうですか? 筋肉の大勝利です!」


「流石アプリコットさん、お見事ですわ!」


 二人の大人が呆気にとられるなか、アプリコットはレーナからの賞賛を拍手を浴びて、ドヤ顔で両手を天に突き上げるのだった。

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