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見習い聖女の鉄拳信仰 ~癒やしの奇蹟は使えないけど、死神くらいは殴れます~  作者: 日之浦 拓
第二章 暗闇の底で蠢くモノ

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「先輩は凄かったです!」

「えーっと……何か、ごめんね?」


「いえ、気にしないでください。知らなかっただけであれば、知ってもらえばお祈りしてもらえるかも知れないですからね! これからも旅の合間合間で、コツコツ神様の名前を広めていこうと思います!」


 気を使った感じに謝るモリーンに、アプリコットはむしろやる気を漲らせて言う。フンスと鼻息も荒く拳を握るお友達を温かい目で見つめてから、レーナは改めてカヤに話しかけた。


「そう言えば、カヤさんは秘跡を授かって聖女になるのに、どのくらいかかったんですか?」


「私? 私は確か、五年くらいだったわね」


「五年! うぅ、先は長そうですわ……」


「そうね。決して短くはなかったけれど……でもモリーンと二人で色んなところを旅して回るのは、とてもいい経験だったわ」


「そだねー。最近はカヤちゃんが神殿付きになっちゃったから、この辺で仕事してるだけだけど」


 頭の後ろに手を回し、空を見上げて笑いながら言う親友に、カヤは軽く苦笑しながら言葉を続ける。


「それは仕方ないでしょ? 生涯を旅に費やす方もいるけど、私は地元で地域の人の役に立ちたいって思ったんだから。それにホーエンさんも言っていたけれど、今はともかく五年一〇年経ったら、旅を続けるのは大変よ? 貴方にその覚悟があるなら、また旅に出てもいいけれど……」


「うーん……微妙! 旅は楽しいけど、確かにずーっとは大変だもんね。まあお父さん達に『早く結婚しろ!』って言われないのだけはいいけど」


「ほわぁ……やっぱり大人の会話ですわぁ」


 そんなモリーンとカヤのやりとりを、レーナは今度もほんわりした気分で聞く。旅の終わりも結婚も、巡礼の旅を始めたばかりで一二歳のレーナからすれば、遙か未来のことにしか思えない。そしてそんなレーナに、カヤが優しく微笑んで声をかける。


「ふふ、貴方だってすぐに大人になるわ。子供の頃は毎日がキラキラして、一瞬が永遠のように感じられたけど……でも過ぎ去ってしまえば、その永遠こそが一瞬だったと思い知るの。


 それに、聖女になるのに時間は関係ないでしょう? それこそ明日にだって秘跡を授かるかも知れないわよ?」


「それはまあ、そうですけど……」


「あー、カヤちゃん、ちょっといいかい?」


 レーナとカヤの会話に、不意にホーエンが割り込んでくる。美女と美少女の会話にオッサンが割り込むなんて……と批判する者は、幸いにもこの場にはいない。


「何ですか、ホーエンさん?」


「なに、ちょっとした疑問なんだがね。私はてっきり、見習い聖女というのは一定期間世界を回って、それが済んだら聖女に昇格するんだと思ってたんだが、今の話からすると違うのかい?」


「ああ、確かに一般の方はわかりませんよね」


 それは事情を知らない人がする、ありがちな勘違いだった。なのでカヤは落ち着いてその質問に答えていく。


「確かに見習い聖女は一人前の聖女になるために巡礼の旅に出ますけど、実のところ、それは必須じゃないんです。決して多くはないですけど、巡礼の旅に出ずに聖女になる方もいますしね」


「へぇ、そうなのかい? じゃあ何をすると聖女に?」


「何をするというか、何ができると、ですね。見習い聖女はその身を通して神様の力の欠片を<神の奇跡>として発現しますけど、その一歩先……神様の一部を自身に宿し、<神の秘跡>を発現できるようになると、聖女として認められることになってるんです」


「ほぉ、何だか凄そうだね」


「ええ、凄いですよ。というか、ホーエンさんには一度見せたことがあったと思いますが……」


「そうだよホーエンさん! ほら、カヤの目がぴかーっと光って、影がバーンってなるあれ!」


「ああ、あれか! なるほど確かに」


 会話に加わってきたモリーンの言葉に、ホーエンが大きく頷く。だが当然ながら、レーナとアプリコットにはその共通イメージが浮かぶはずもなく、レーナは首を傾げて想像を巡らせる。


「ぴかーっと……光神アマネクテラス様の秘跡でしょうか?」


「そうよ。よければ見せてあげましょうか?」


「えっ、いいんですか!?」


「勿論。みだりに見せびらかすようなことをすれば怒られてしまうでしょうけど、後輩のために道を示すことを、神様は怒ったりしないわ」


「是非! 是非お願いしますわ!」


「私も見たいです! ピカッとバーンを見たいです!」


「わかったわ。すみませんホーエンさん、少しだけ荷馬車を止めていただいても?」


「ああ、構わないよ。なら小休止にしようか」


 カヤの申し出に、ホーエンは荷馬車を止めると御者台から降り、ロバに水を飲ませ始める。それを確認すると、カヤは馬車から少し離れてから、静かに祈りのポーズを取った。


「天にまします偉大なる神に、信徒たる我が希う。その信仰をお認めくださるならば、神の秘跡の一端を、今ここに顕しください」


 そう聖句を唱えると、カヤの頭上に光が降り注ぎ、周囲に高く澄んだ不思議な音が響く。その荘厳な歌声のようなものこそ、神がこの場に在るという証。


『TE――TE――AH――TE――HI――KA――U――SU――』


「天網恢々、天頂明解! <罪を映す左の光眼ギルティアス・サー・ガン>!」


 瞬間、カヤの左目が猛烈な光を放つ。それは目から放たれているにも拘わらずカヤの体の周囲全てに広がっていき、直径一〇メートルほどの光の半球がアプリコット達全員を包み込んだ。


「あぅ、眩し……くないですわ?」


「凄いです! ピカッどころかペッカペカですよ!」


 光り輝くカヤの姿に、レーナとアプリコットが興奮気味に声をあげる。するとその光は五秒ほどで収まり、<神の秘跡>を使い終えたカヤが、少しだけ疲れた顔で微笑んだ。


「ふぅ……どう? これが私が光神アマネクテラス様から授かった秘跡よ」


「とても神々しかったですわ! ですが、秘跡と言うからには、光るだけではないんですのよね?」


「それはそうよ。ほら、足下を見て」


「足下……えっ!?」


 言われてレーナ達が下を向けば、今も太陽に照らされてできている影とは別の影が、くっきりと地面に焼き付いていた。それに驚きワチャワチャと足を動かすも、焼き付いた方の影が合わせて動くことはない。


「これって、私の影……ですわよね?」


「カヤさん、これは?」


「それこそが私の秘跡。アマネクテラス様の光は、その魂に刻まれた罪を影として映し出すの」


「ええっ!? じゃあ、私の魂は罪がたっぷりということですの!?」


「抗議を! やり直しを要求します! 私は筋肉に恥ずかしいことはしてません!」


 影があったことにショックを受けるレーナと、凄い勢いで手を上げ下げしながら抗議するアプリコット。そんな二人の姿に、カヤが悪戯っぽく笑う。


「ふふっ、大丈夫よ。影があること自体は問題ではないの。人間だもの、普通に生きていたって知らずに誰かに迷惑をかけたり、傷つけることくらいあるわ。


 でも、だからこそ影……罪から目を反らしてはいけないわ。それを認め、受け入れ、反省することこそが肝要。その影は貴方達を傷つけたり追い詰めたりするためのものではなく、前を向くきっかけを作るためのものなのよ」


「ほほぅ! 何だか凄く深いことを言われた気がします!」


「ですわね。流石は聖女様ですわ」


「ちなみに、あまりにも罪深い人がこの光を受けると、罪の方が本体になって、魂も一緒に地面に焼き付けられてしまうらしいわ」


「……お、恐ろしいです。私は今日から、ちょっとだけお代わりは我慢しようかと思います」


「流石は聖女様ですわぁ……」


 尊敬から一転、思ったよりもえげつない効果にアプリコット達の体が震える。流石は神の秘跡、ピカッと光るだけではないのだ。


「ということで、神様の光に焼かれないよう、これからもほどほどに清く正しい生活を心がけてね。モリーンにホーエンさんもですよ?」


「「はーい!」」


「わかってるよ!」


「ははは、気をつけるとしよう」


 そんなカヤの忠告に、一行は笑顔で返事をする。その善良さを保証するように、天には太陽がキラキラと輝いていた。

なお、本作品における「秘跡」は、実在する宗教の「秘跡」という単語が持つ意味や概念とは全く別のものであり、一切関係ありませんので、その旨ご了承ください。

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