「先輩と知り合いました!」
さて、そうして町を出たアプリコットとレーナだったが、二人きりで楽しくお喋りしながら旅を始めた……わけではなかった。
「見習いとは言え、まさか二人も聖女様が同行してくれるなんてね! こりゃアタシ達にも運が向いてきたかな?」
街道を歩く道すがら、アプリコット達に話しかけてきたのは、女性にしてはやや高めの身長とスラッとした体つきをした、短い赤毛の若い女性の傭兵であった。身につけた薄手の革鎧や腰に佩いた長剣は実戦で使い込まれているようだが、ぱっと見の外見ではあまり強そうには見えない。
「あらモリーン。それは私だけでは力不足だと言いたいのかしら?」
そんな女性の言葉に、もう一人の女性が声をかける。モリーンと呼んだ女性よりもやや低い一六〇センチくらいの身長と、まっすぐに腰まで伸びた柔らかそうな金髪の、こちらも若い女性である。アプリコット達と同じ白いローブを纏っているが、その胸部はこんもりと盛り上がっている。
「カヤちゃん!? そんなこと言ってないでしょ! 先輩なんだから拗ねないの!」
「誰が拗ねてるって言うのよ、まったくも……ふふ、ごめんなさいね」
「いえ。お二人とも仲が良さそうで、羨ましいですわ」
「あら、貴方達だってそうでしょう?」
「勿論です! 私とレーナちゃんは仲良しワンダフォーです!」
カヤの問いに、レーナではなくアプリコットが、レーナの体をギュッと抱き寄せながら言う。するとレーナも楽しそうに微笑み、アプリコットのもちもちほっぺに自分の頬をくっつけながら言った。
「ふふ、そうですわね。まだ知り合って一週ほどですけれど、アプリコットさんとはもっともっと仲良くなれると嬉しいですわ」
「そうよ、人と仲良くなるのに、時間なんて関係ないの! 気の合う相手ならその日のうちに意気投合することもあるし、どうしても合わない相手は一年一緒にいたって目を合わせなかったりするもの!
あるいは本当に相性のいい人となら、その日のうちに同じベッドで寝ちゃうかも……?」
「こら、はしたないわよモリーン!」
「べ、ベッド!? はわわ、大人ですわ……」
「私はレーナちゃんとなら、同じベッド大歓迎ですよ? ほら、むぎゅー!」
「あうっ! アプリコットさんったら、くっつきすぎて歩きづらいですわ!」
ギュウギュウ抱きついてくるアプリコットに、レーナがちょっとだけ抵抗する。だが本気で嫌がっていないのは誰が見ても明らかだ。
「ははは、若い方達は賑やかでいいですなぁ」
そんな四人の様子を見て、唯一徒歩ではなく荷馬車の御者台に乗った四〇代中盤くらいの中年男性が声をあげる。行商人である彼、ホーエンこそがこの集団の中心であり、モリーンとカヤはその護衛、アプリコット達はそこに便乗している、いわばオマケのようなものであった。
ちなみに、馬車とは言っても引いているのはロバである。いい年なのであまり速度は出ないが、自分以外の全員が徒歩なので問題はない。
「なーに年寄り臭いこと言ってるのよ! うちのお父さんと同い年なんだから、ホーエンさんだってまだまだ若いでしょ?」
「そうは言うがなモリーン、人間は四〇歳を超えると、色々と来るんだよ。お前だって油断していたらあっという間だぞ?」
「わーわー! 聞きたくないですー! アタシはまだまだピチピチの二〇代なんですー!」
「そうね。モリーンの腰が曲がっちゃったら、私が<癒やしの奇跡>で治してあげるわよ。まあ皺が深くなったり、お尻の肉が垂れたりするのは自然な老化だから治せないけれど」
「カヤちゃんまで!? 何よ何よ、みんなでアタシの事いじめてー! いい二人共、いくら先輩だからって、こういう意地悪な聖女になっちゃ駄目よ?」
「まあ酷い! いいですか貴方達、こんな子供がそのまま歳を取ったような大人になってはいけませんよ? 特にお酒を飲んだら誰彼構わず抱きついたり、服を脱ぎっぱなしにして寝てしまうのは絶対に駄目です!」
「あはははは……き、気をつけますわ」
詰め寄ってくる二人を、レーナは何とも言えない曖昧な笑みで受け流す。対してアプリコットの方は、何故か興奮気味にその場でぴょんぴょんと跳びはねている。
「凄いですレーナちゃん! 私の好き好きカウンター、略して好カウターの数値が、もう結婚しちゃえよを越えています! これこそ私達が目指すべき未来の姿ですよ!」
「何ですのそれ!? まあ確かに、大人になっても仲良くできるのは素敵だと思いますけれど」
実のところ、レーナにはあまり友達がいなかった。と言っても別に嫌われていたとかではなく、七歳で神の声を聞き、以後は町にある教会に足繁く通って聖女になるための勉強に勤しんでいた結果、同世代の子供達からは「あいつは何だか特別だ」と遠巻きにされていたからである。
なので、表向きクールな感じを装いつつも、実はレーナの方が「大人になっても仲良し」という関係には憧れていた。顔には出さずとも、内心では目をキラキラさせている……バレバレではあるが。
そしてアプリコットは、一切隠さずキラキラの目を向けている。そんな二人の純粋な視線を受ければ、流石のモリーンとカヤも、何だか気恥ずかしくてそれ以上喧嘩を続けることはできなかった。
「あーもう、この話は終わり! おしまい!」
「ふふふ……ところで、貴方達は見習い聖女なのよね? 歳は幾つなのかしら? ちなみに私は二三歳で、モリーンは二五歳よ」
「私は一二歳です!」
「私も一二歳ですわ!」
元気よく答える二人に、カヤは「えっ、同い年……!?」と少しだけ驚きを顔に出す。だがアプリコットの頬がプクッと膨れていくのを見ると、慌てて愛想笑いを浮かべて誤魔化した。
「そ、そう。その歳だと、まだ巡礼の旅を始めたばかりなのかしら?」
「むぅ……私は一一歳と半年くらいの時から旅をしてます」
「私は今年から始めましたから、まだ三ヶ月と少しですわ」
「そう。なら二人ともまだまだ新人ね。わからない事や困ったことがあったら、何でも聞いて頂戴。実際に旅を終えた先輩として、色々と教えられることがあると思うわ」
「アタシもアタシも! 聖女のことはわからないけど、旅のことならわかるわよ! 何せ貴方達がおしめをしてる頃から、ずーっと旅をしてるからね!」
「へー、そうなんですか。じゃあひょっとして、巡礼の旅も?」
「ええ、そうよ。カヤの巡礼の旅には、アタシが一緒に付き合ったの。こう見えて、アタシも戦神アラクレトール様の加護持ちだから」
「まあ、それは凄いですわ!」
聖女の使う奇跡と違い、神が与える加護は、誰にでも……それこそ男性であっても付く可能性がある。勿論それは聖女の奇跡と比較すればささやかなものだが、それでも若い女性であるモリーンが男の傭兵と張り合えるくらいに強いのは、正しく戦神アラクレトールの加護があるからに他ならない。
「カヤちゃんの旅に協力したくて、毎日必死に鍛錬しながらお祈りしてたら、ある日突然ふわっと体が軽くなって、グッと力が入るようになったの。で、教会で見てもらったら、加護が付いてるって言われたのよ」
「あの時は本当にビックリしたわね。まさか信仰心の欠片もなかったようなモリーンに、アラクレトール様の加護がいただけるなんて……」
「そこまで言うことはないでしょー! まあ確かに、昔はそんなに真剣にお祈りしたことはなかったけどさー」
(ふふ、きっと神様は、お二人の事を見守ってくれていたのでしょうね)
そんな二人のやりとりを見て、レーナのなかにそんな考えが浮かぶ。神は人を助けない。だが助かりたい、助けたいと頑張っている人には、ちょっとだけ手を貸してくれたりする。優しく温かい信仰心がレーナの胸を満たすなか……
「そう言うことなら、筋肉神ムッチャマッチョス様も信仰してみてはどうでしょうか? きっと最強戦士になれますよ!」
「むっちゃ? え、何それ? 神様の名前?」
「ガーン! うぅ、やっぱり知らないんですね……」
己が信奉する神のいつも通りの無名さに、アプリコットはションボリと肩を落としていた。





