「癒やしの奇蹟は使えないけど、死神くらいは殴れます!」
本日から新連載を始めてみました。相変わらずギャグよりの冒険ものですが、是非とも読んでいただけると嬉しいです。
「黄金の冒険者 ~偉大なるファラオ、異代に目覚める~」
https://book1.adouzi.eu.org/n7509hx/
「イタタタタ……まったく。目上の相手はもっと労るもんだよ?」
「そういう台詞は労られるくらいか弱くなってから言って下さい!」
わざとらしく痛そうな顔をしながら自分自身に<癒やしの奇蹟>を使うシェリーに、アプリコットは鼻で笑ってそう告げる。実際シェリーを殴ったアプリコットの手応えは相当に固く、もし神の力を使わずに殴っていたなら、蹲るのは腕を抱えたアプリコットの方だっただろう。
「はい、これで大丈夫ですわ」
「ありがとうございますレーナちゃん! やっぱりレーナちゃんは凄いですね」
そしてアプリコットもまた、レーナから<癒やしの奇蹟>を受けていた。さっきは戦闘中だったので大急ぎでの治療だったが、今度はしっかりと細部まで癒神スグナオルの力が行き渡り、アプリコットの全身には元気が漲る。
「……ところで、シフはいつまでその格好なんですか?」
そんなアプリコットが、足下でウロウロしているシフに声をかけた。その姿は未だに子狼のままで、人型に戻る気配がない。
「いや、我も元に戻りたいのだが、何だか戻れないのだ」
「ええっ!? それ、大丈夫なんですの!?」
「あー、ひょっとして相殺した破壊神の力が大きすぎたのかもねぇ。ほっときゃそのうち戻るだろうさ」
「そういうものなんですか!? まあ師匠がそう言うなら、とりあえず信じますけど」
適当な感じで言うシェリーに微妙に懐疑的な視線を向けつつ、アプリコットがひょいとシフを抱き上げる。そのまま頭に乗せようかと思ったが、流石にそれは大きいし重いので断念した。
「それで? アンタ達、これからどうするんだい?」
「そうですね……師匠から逃げなくていいなら、このままゆっくり北の方を回ってみようかと思うんですけど、どうですか?」
「私はこちらに来るのは初めてですし、アプリコットさんにお任せしますわ」
「我もなのだ!」
アプリコットの問いかけに、レーナとシフが同意する。そんな三人を見て小さく笑うと、シェリーは改めてアプリコットに近づき、その肩に手を置いた。
「そうかい……なあアプリコット、今までにアタシがした話を覚えてるかい? アンタは確かに強くなった。でも世の中には色んな奴がいて、強いだけじゃ解決しない問題が沢山ある。
悪党が悪事を働いたからって全員が不幸になるわけでもなければ、善人が善行をしていたとしてもその影で泣いている奴はいるもんだ。見えない線を一歩跨ぐだけで法律が変わって、誰かを助けたつもりが希代の大悪人になってることだってあるくらいだからね。ははは、あの時は大変だったよ」
「えっ、それ師匠の実体験なんですか!?」
「凄く聞きたいですわ!」
「よしとくれよ、若い頃の話さ」
興味を示すアプリコット達に、シェリーは苦笑だけですませる。その脳裏に浮かぶ旅路は、甘く優しく懐かしく……時に苦く、そして遙かに遠い。
「とにかく、アンタの……いや、アンタ達の前には、これからも沢山の厄介ごとが積み上がっていくことだろう。それを解決してもいいし、避けて通ったっていい。中途半端で放り投げるのだって、状況によっちゃありだ。絶対にやりとげなきゃ……なんて拘り始めると、ろくでもない結果を生むこともあるからね。
だから、アンタ達がアタシに約束することは一つだけだ。それを誓うなら、行かせてやる」
「……何ですか?」
ゴクリと唾を飲み込むアプリコットに、シェリーがニヤリと笑って告げる。
「楽しんできな! あの時ああすりゃよかったって後悔すらも笑って話せるくらいにね。たとえこれが今生の別れになったとしても、アンタ達の話を聞いたアタシが『行かせて良かった』と心から思えるくらい、全力で生きて、楽しんでくるんだ。
どうだい、約束できるかい?」
「「「勿論です」わ!」なのだ!」
その言葉に、アプリコット達全員が満面の笑みを浮かべて断言する。その顔を見たシェリーは、これ以上ないほど満足げな顔で地面に座り込むと、シッシッと手を振る。
「なら、さっさと行きな。城の方はアタシがいい感じに言っといてやるよ」
「ありがとうございます師匠! あ、そのうち教会に返却されるローブに、アンちゃんへのお手紙を入れてありますので、それも宜しくお願いします!」
「わかったよ。それじゃ――」
「「「行ってきます!」」」
三人娘が声を揃えてそう言うと、振り返ること無く街道を歩いて行く。その背が見えなくなるまで、シェリーはずっとアプリコット達のことを見送り続けるのだった。
「ぬあー!? 何故妾に挨拶もなしに出て行くのじゃ!? 何じゃ? 妾はひょっとして、思ったより仲良くなれておらんかったのか!?」
「落ち着いて下さい姫様。そんなことありませんから……多分」
「というか、姫様に命令されちゃったらアプリコット達は拒否できない。だから会わないのは妥当」
「ぬぐぐぐぐ……」
宥めるメアリーと指摘するミミの言葉に、アンは悔しげに唸り声をあげる。確かに王族であるアンに「行くな」と言われれば拒否は難しいし、万が一国王からの正式な招待の言葉を告げられたりしたらどうしようもないのだから、会わずに出て行くのが最良だという意見には納得せざるを得ない。
「それに、少なくとも嫌っている相手に、こんな手紙は残さないと思いますよ?」
「……まあ、そうじゃがな」
続いたメアリーの言葉に、アンの表情がにわかに変わった。一見すれば不満げな顔つきは変わらないのに、その口元は喜びを隠しきれずにモニョモニョしている。
「全く……次に会ったときは、三日三晩土産話をさせてやるからな! メアリー、お茶と茶菓子の備蓄を怠るでないぞ?」
「ふふふ、畏まりました、姫様」
何度も何度も手紙を見返してはニヘラと笑う主の命に、メアリーは恭しく一礼して応えた。
「はぁ、まさかアタシにもこんな手紙をよこすとはねぇ」
きっちり三日後、返却されたローブのポケットから出てきた手紙は二通。うち片方はアンナマリー王女殿下へと手渡したが、残る一通はシェリーに宛てたものだった。
ちなみに、双方の合意の上で中身を確認した結果、この二通の内容はほぼ同じだった。勝手に出て行ってごめんなさいという謝罪と、どうしても旅に出たかったのだという説明。それらを手短に纏めた文章の他に書かれて、いや、描かれていたのは……
「にしても、もうちょっとこう……何かなかったのかい?」
アプリコット、レーナ、シフ、シェリー、アン、メアリー、ミミ、おまけにエルザ。更に加えて話に聞いただけで会ったことのない大量の人物の笑顔が、小さな紙のなかに所狭しと描かれている。
ただ、その絵には大分クオリティーの差があった。上手なものと、年相応のものと、実に前衛的なもの。誰がどれを描いたのかは言及されていないが、それを指摘するのは野暮というものだろう。
「帰ってきたら、今度は絵の描き方でも教えてやろうかねぇ」
壊すことしかできない自分が、何かを生み出す方法を教える。そんな未来を想像して小さく笑うと、シェリーはそっと手紙を机の奥へとしまい込んだ。
「そう言えば、そろそろローブが教会に戻ってる頃ですね」
「シェリーさんとアンさんは、お手紙を読んでくださったでしょうか?」
「念を押して起きましたから、流石に気づかずに洗濯してぐしゃぐしゃになったりはしてないでしょうし、ちゃんと届いたと思いますよ」
「なあ二人とも。それより我はいつになったら元に戻れるのだ?」
「「さぁ……?」」
北に移動したことで、微妙に雪の積もる道。アプリコットとシェリーは未だに狼のままのシフをかわりばんこに抱っこして、ヌクヌクモフモフしながら街道を歩いて行く。
「あまり戻らないようだったら、何処かの町の教会で相談でもしてみますか? あるいは私が殴ってみてもいいですけど……っ!?」
と、そこでアプリコットが前方の異常に気づいて目を凝らす。視線の向こうでは馬車が横転しており、泣いている子供と女性、それに男性が馬車の下敷きになっているのが見えた。
「レーナちゃん! シフ! 先に行きます!」
「すぐに追いつきますわ!」「なのだ!」
二人を置いて、アプリコットが雪道を走る。するとものの数秒で馬車の側まで辿り着き、馬車の側で蹲る女性と子供に声をかけた。
「大丈夫ですか!?」
「うわぁぁん! おとうさーん!」
「ああ、どうかお助けください……って子供!?」
「ふふふ、確かに子供ですけど、ただの子供じゃないですよ……えいっ!」
「えぇぇぇぇ!?」
大きな馬車の車体を、小さな体の女の子がひょいと持ち上げどかす。それに女性が驚くのをそのままに、アプリコットは即座に男性の様子を調べた。
「これは……肋骨が折れてますね。内臓に刺さってるかも?」
「そんな!? あ、でも、その格好、ひょっとして聖女様なのですか!? お願いします、どうか主人をお助け下さい!」
「おねーちゃん! おとうさん、たすけて!」
「……ごめんなさい。私、<癒やしの奇蹟>は使えないんです」
外傷はともかく、体の内側の傷は回復薬では癒やせない。皮膚を切り裂いて患部に直接かければ治せるが、そのためには鋭い刃物で体を切り開かなければならず……そんな刃物はこの場には存在しない。
「そんな……あなた……っ!」
「おとうさーん! うわぁぁぁぁぁぁん!」
アプリコットの無情な言葉に、女性と子供が泣きじゃくる。その間にも男性の顔色はドンドン悪くなり、ガクッと首から力が抜けた、正にその瞬間。
「盛者必衰、常識失墜! <理を砕く左の怪腕>!」
「……えっ!?」
アプリコットが空を殴ると、突然男性の顔色が良くなる。更にそこでレーナが追いつき、<癒やしの奇蹟>を使うことで男性は一命を取り留めるどころか、すぐに意識を取り戻して元気になった。
「ありがとうございました。お二人のおかげで命を拾うことができました」
「本当にありがとうございます、聖女様!」
「いやいや、私達は見習い聖女ですから……ねえレーナちゃん?」
「そうですわ! 間に合ってよかったですわ」
ペコペコと頭を下げながら感謝の言葉を口にする夫婦に、アプリコットとレーナがちょっと照れた顔で謙遜する。するとアプリコットの袖口を、さっきまで泣いていた子供がクイクイと引っ張った。
「ねえねえおねえちゃん。さっきは何で何も無いところを殴ってたの?」
「ん? それはですね……死神様を殴って、ちょっとだけお仕事を待ってもらったんです」
「神様を!? すごーい! わたしも神様、殴れるようになるー?」
「あー、それはちょっと、あんまりお勧めしないですけど……」
純真無垢な子供の視線に、アプリコットは引きつった笑みを浮かべて答える。が、すぐに子供のキラキラした目に耐えられなくなり、アプリコットはシュタッと手を挙げてからその場を後にした。
「じゃ、じゃあそういうことで!」
「あっ、お待ちください! せめてお名前を……!」
「私は見習い聖女のアプリコットです!」
「私も見習い聖女で、レーナですわ!」
「そして我はシフなのだ!」
「えっ、犬が喋った!?」
「ぬがっ!? 我は犬ではないのだ!」
「ちょっ、シフ! ややこしくなるので、今は我慢してください!」
「それでは、道中お気をつけてですわ!」
白銀に輝く道を、アプリコット達は走り出す。何処までも続くその道は、聖女達の未来のようにキラキラと輝いていた。
これにて完結となります。最後まで読んでいただき、ありがとうございました!





