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見習い聖女の鉄拳信仰 ~癒やしの奇蹟は使えないけど、死神くらいは殴れます~  作者: 日之浦 拓
最終章 その毎日にキラキラを

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「みんなの力を合わせました!」

ガキィィィィィィン!


 素手の拳がぶつかり合ったというのに、まるで金属を叩きつけたような衝撃音が辺りに響く。だがそれですらお互いに様子見。悠然と立つシェリーに対し、アプリコットは三歩ほど後ろに下がって距離をとる。


(師匠、やっぱり強いです……っ!)


 ギュッと握った右の拳をチラリと見てから、アプリコットが内心で呟く。たった一度拳を合わせただけだというのに、シェリーとの差を強く感じてしまったからだ。


(普通に打ち合ったら、どうやっても勝てませんね。なら神様の力を使うしかありませんが……)


 筋肉神ムッチャマッチョスの力を、アプリコットは誰よりも信じている。が、それを借りる自分の力が最強だなどとは思っていない。実際死神マタライセの力を借りたタチアナとの勝負は引き分けだったし、エルザには勝ったものの、楽勝というほどではなかった。


 故にその札は軽々しくは切れない。ほんの数年見習い聖女をやってきただけの一二歳のアプリコットが、聖女として何十年も戦い続けているシェリーに対抗できるとすれば、全てを込めた一撃を通すことしかあり得ないのだから。


「威勢のいいことを言ったくせに、またすぐにダンマリかい? ならアタシから行こうかね!」


「っ!?」


 そうして様子を窺うアプリコットに対し、シェリーが動く。目にも留まらぬ速さで飛んでくる拳打を、アプリコットは辛うじて受け止めたが……


「ほらほら、どうした? アンタの覚悟はそんなもんかい?」


「くっ、うっ、まだまだです!」


 豪雨のように降り注ぐ拳は、受け止めるだけで精一杯。自分より二回り大きな拳骨は自分の何倍もの威力を持っており、筋肉をクッションにして衝撃を殺すにも限界がある。


「あうっ!?」


 ならばこそ、自然の流れとしてアプリコットの右腕が嫌なきしみ方をした。アプリコットが使っているのはあくまでも筋肉神の力……つまり骨には影響しない。筋肉で殺しきれない衝撃が骨にダメージを与えれば、ヒビが入ったり折れることだって普通にあるのだ。


「まだ……まだっ!」


 だがそれを、アプリコットは気合いと筋肉でカバーする。奥歯を噛み締め足を踏みしめ、全身を使って大地に衝撃を逃がすことで、ギリギリのところで耐えきっている。


「アプリコットさん……っ! 頑張れ! 頑張れですわ!」


「負けるなアプリコット! そんな奴さっさと倒して、我とレーナと一緒に、みんなで旅に出るのだ!」


 その様相は、一見して大人が子供を虐めているようにすら見えた。故にレーナとシフは手に汗握ってアプリコットを応援しており……そんな三人の様相に、シェリーは拳を振るいながらも目を細める。


(強くなったね……それにいい仲間に恵まれた)


 冬の初めに再会した時、思い出話はたっぷり聞かされた。その後の雪遊びやつい先日の動乱を見て、アプリコットが強くなったことをわかってもいた。だがそれは所詮話に聞いただけ、横で見ていただけ。こうして直接拳を合わせれば、アプリコットがどれだけの努力を重ねてきたのかが良くわかる。


(あの子供が、よくぞここまで……)


 初めて見た時、アプリコットは小さく弱々しい子供だった。いくら神の奇蹟とはいえ、全身の筋肉を心臓の代用にするなんて状態でまともに生きていること自体が奇跡なのだから当然だ。


 更に言うなら、アプリコットの体はその当時から一切成長していない。単に背が伸びないとかではなく、生命維持に多量の栄養を必要とするため、成長する余裕がないのだ。


 そして、それですら足りないらしい。日々近づく死をはね除けるため、アプリコットは毎朝やってくる死神を殴り飛ばしているという。シェリーには神の姿など見えないのでその真偽の判断などできないが、少なくともアプリコットがそんな嘘を言う理由はない。ならばきっと本当に、アプリコットは毎日死にかけているのだろう。


 慣れない力を持て余し、まともに動くことすら難しかった小さな女の子。そんな子が今、自分と拳を合わせられるほどに強く逞しく成長した。アプリコットがシェリーと戦えることを喜んでいたように、シェリーもまたそんなアプリコットを相手にしていることに、これ以上無い程の感動を覚えていた。


「さあどうした? 今度こそ本当に終わりかい?」


 だが、だからといって……いや、だからこそ手加減はしない。大人の分別を超えない範囲で、シェリーは思い切り拳を振るう。そんなシェリーを前にアプリコットは肩で息をしながらだらんと両腕を垂れ下がらせているが……しかしその目はまだキラキラと輝いている。


「まだ……まだ…………っ!?」


「無病息災、無傷即再! <慈愛に輝く右の指先ヒール・ライト・フィンガー>!」


「がるるるるっ!」


 不意に、動きの止まったアプリコットにレーナが駆け寄り、<癒やしの奇蹟>を発動した。それと同時にシフがアプリコットの前に飛び出し、シェリーに向かって威嚇の唸り声をあげる。


「二人とも!? どうして――」


「これは、私達三人が旅をするための試練ですわ! なら、私達だって一緒に戦っていいはずですわ!」


「そうなのだ! 我は絶対に仲間を見捨てたりしないのだ!」


「……いいのかい? そういうつもりなら、アタシはアンタ達にも遠慮無く攻撃するよ?」


「か、覚悟の上ですわ!」


「我だっていいのだ! アプリコットを一人で戦わせるくらいなら、お前なんて怖くないのだ!」


 そう言いながらも、レーナの足はプルプルと震え、シフの尻尾はブワッと膨らんでいる。


 だが二人とも、シェリーから目を反らさない。決して恐怖を克服したわけではなく、怖いものは怖いけれど……大切な友を思う気持ちが、それを上回る勇気をくれたのだ。


「レーナちゃん……シフ…………ありがとうございます」


 そんな二人の姿に、アプリコットは小さく微笑んでから二人の手をギュッと握った。傷は癒えても疲労はそのままのはずなのに、アプリコットは自分の体に無限の力が湧き上がってくるように感じる。


「じゃあ、三人で師匠をやっつけちゃいましょう!」


「お任せですわ!」


「やってやるのだ!」


「いい覚悟だ! ならこれで決めてやろう! 絶対無敵、絶滅拳撃!」


 破顔したシェリーが、遂にその聖句を唱える。拳に集まる光は全てを砕く破壊神の力。


「<災厄を壊す(カタストロフ)――」


「家内安全、火無万全! <光を灯す右の指先トーチ・ライト・フィンガー>!」


 瞬間、シェリーとアプリコット達の間に閃光が生まれた。持続時間を極限まで絞り、代わりに光量を限界まで高めたレーナの<灯火の奇蹟>だ。それに即座に反応したシェリーが、目を焼かれるのを防ぐために瞼を閉じた一瞬。


「我が名はシフ。白銀(しろがね)のシフ。天に輝く白銀を浴びて、神さえ殺す神狩りの牙! 天地に遍く祖霊の意思よ、我が身を満たして我が肉を食み、我が魂に真意の力を呼び覚ませ!


 ウォォォォォォォン!!!」


 子狼の姿になったシフが、その口でシェリーの右手に噛み付く。すると神狩りの牙はその本領を発揮し、シェリーの手から破壊神の力が消えた。


「なっ!?」


「弱肉強食、爆裂消滅!」


 その事実に、シェリーが初めて動揺の声をあげる。そんな親友二人の作った隙を、アプリコットは見逃さない。


「<万物を砕く右の豪腕デストロイ・ウー・ワン>!」


「ぐあっ!?」


 小柄だからこそ懐に滑り込むことのできたアプリコットの拳が、シェリーの腹を思い切り殴りつける。その衝撃にシェリーは五〇センチほど後ずさる。


「…………ハァ、本当に強くなったもんだ。アタシの負けだよ。よくやったね」


 言葉を交わすことなく、ただ手を繋いだだけで見事な連携を見せた三人に対し、シェリーは片手でお腹を押さえて跪きながら、笑顔で敗北を受け入れるのだった。

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