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見習い聖女の鉄拳信仰 ~癒やしの奇蹟は使えないけど、死神くらいは殴れます~  作者: 日之浦 拓
最終章 その毎日にキラキラを

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「こっそり準備を進めます!」

 王都からの脱出を決めたとは言え、本当に着の身着のままでいきなり出て行くなどということはない。冬の間にそんなことをしたら凍えて遭難してしまうし、完全に何の説明もなしにいきなり逃げ出すのでは迷惑が掛かりすぎてしまう。自分達の願いを優先したいとは思っていても、大事な師匠や友人に度を超した迷惑をかけるつもりはないのだ。


 故に、深夜のパジャマパーティをした翌日から、アプリコット達は「できるだけ迷惑をかけず、かつスムーズに王都を脱出する」という難題に向けて、それぞれが精力的に動き始めた。





「おーい、カーシャ!」


「あら、シフじゃない。どうしたの?」


 王都の教会ともなればその規模も大きく、そこで働いているのは当然ながらシェリーやアプリコット達だけではない。大きな洗濯籠を持った神子の一人に、シフが手を振って呼びかける。


「しばらくの間は町が騒がしいだろうから、あんまり外に出ない方がいいとアプリコットやレーナに言われたのだ。なので今日の我は、教会のなかでホーシカツドウをしているのだ!」


「ああ、そうなのね。確かにこの前のあれは凄かったもんねぇ」


 シフの言葉に、カーシャと呼ばれた一七歳の神子の女の子が頷く。教会関係者であの日に空を見上げなかった者など一人もいないので、当然カーシャも輝く筋肉巨人のことは知っているのだ。


「そして今日の我は、洗濯を手伝うのだ! なのでその籠は大人しく我に引き渡した方が身のためだぞ?」


「ほほぅ? もし嫌だと言ったら?」


 凄むシフに、カーシャがニヤリと笑みを浮かべながら言う。するとシフは両手の指をワキワキと動かしながらカーシャに跳びかかった。


「その時は……こうなのだ!」


「きゃっ!? あはは、くすぐったい!」


「どうだ? 素直に渡す気になったのだ?」


「ふーっ、これは敵わないわね。はい、どーぞ」


「うむ! 確かに受け取ったのだ!」


 脇腹をコチョコチョされて観念したカーシャから洗濯籠を受け取ると、シフは早速いくつかの部屋を回り……その途中で本来なら行く必要のない部屋の中へこっそりと侵入する。


 そこにあるのは大きなクローゼット。その中身をサッと洗濯籠の一番底にしまい込むと、シフは何食わぬ顔で廊下に戻り、今度は自分達が借りている寝室へと行く。そこでベッドの下……人目の付かないところに籠の底に隠していた物をしまい込むと、代わりにベッドのシーツを洗濯籠に突っ込み、何食わぬ顔で仕事に戻っていった。


「フフフ、我の仕事は完璧なのだ……」





「天にまします偉大なる神に、信徒たる我が希う。その信仰をお認めくださるならば、神の奇跡の一欠片を、今ここにお示しください……無病息災、無傷即再! <慈愛に輝く右の指先ヒール・ライト・フィンガー>!」


 スグナオル神殿、治療室。レーナが発動した<癒やしの奇蹟>により、ひげ面のオッサンの怪我が瞬く間に治っていく。


「おー、流石はレーナちゃんだ! 相変わらず見事な腕前だねぇ」


「お褒めにあずかり光栄ですわ! でもバッツさんは、そもそも怪我をしないように気をつけないといけませんわよ?」


「ハハハ、わかっちゃいるんだけどな」


 バッツの仕事は衛兵だ。一〇万人もの人が暮らす王都では日々様々な問題が起きており、その解決に奔走するバッツにとって、小さな怪我程度なら日常茶飯事であった。


「でも、今年はレーナちゃんがいてくれて大助かりだよ。去年までならこのくらいの傷じゃ<癒やしの奇蹟>なんて受けられなかったからなぁ」


「スグナオル様の御慈悲は無限ですけど、それを顕現させる聖女の数は限られておりますから……申し訳ありませんですわ」


「いやいや、レーナちゃんが謝る事じゃねーって! 俺はただ、だからこそレーナちゃんに感謝してるって言いたいだからから!」


 ペコリと頭を下げるレーナに、バッツが慌ててそう口にする。現在王都には一八人の聖女が滞在しているが、だからといって全員が常に活動しているわけではない。聖女も人なのだから休憩は必要だし、それぞれに向き不向きもある。


 故に放っておいても数日で治る程度の怪我なら放置されるのが当然だが、今年は見習い聖女であるレーナがいるため、その修行の一環として軽い怪我の治療を行っているのだ。


「にしても、こんなにいつも来られるなんて、やっぱり衛兵のお仕事は大変なんですわね」


「そうだなぁ。冬ですることがねーから酔っ払って騒ぐ奴らがいるのは毎年のことだけど、今年はほら、光の巨人が出たろ? あれに驚いて滑って転んだ奴に屋台を壊されたって訴えとか、あとはあれに恐れを成して自首してくるごろつきなんかもいて、割と大忙しだよ」


「あはは…………そ、それはとってもご苦労様ですわ…………」


 苦笑しながら話すバッツに、レーナは若干引きつった笑みで答える。いつもならばこのくらいで雑談を打ち切るところだが、今日のレーナはひと味違う。


「でも、自首してくるような悪い人がいるなら、王都から逃げ出す悪い人もいるんじゃありませんの?」


「あー、いるだろうなぁ。出て行く分には王都が平和になっていいだろなんて言う奴もいるけど、ここから居なくなるってことは、近くの町や村にそいつらが行くってことだ。だからちゃんと取り締まらないと駄目なんだが、これがまたなかなか手が回りきらなくてなぁ……」


「確かにそうですわね……ちなみにそう言う人達は、どうやって見つからずに出て行ったりするんですわ?」


「ん? そうだな。例えば――」


 レーナの問いに、バッツが職業柄知り得た情報をペラペラとしゃべり出す。ここ二ヶ月ほど世話になり続けている一二歳の見習い聖女に対する警戒心は、バッツのなかには皆無だ。


「へー。それは……参考になりますわ」


 ならばこそ、レーナの情報収集は順調に進む。その頭の中には、王都から脱出するルートの情報が着実に積み上がっていった。





「師匠! ちょっといいですか?」


「あん? 何だい?」


 教会内部、とある廊下。通りかかったシェリーを呼び止め、アプリコットが抱えていた紙の束を差し出す。


「この先色々聞かれると思って、私なりに先日の奇蹟のことを纏めた資料を作ってみたんですけど、ちょっと読んでもらえますか?」


「資料!? そんな面倒臭いもんをアタシに読ませようとするんじゃないよ、まったく……」


 そんな悪態をつきながらも、シェリーは紙束を受け取ってそれに目を通す。


 ちなみにだが、この世界における識字率は、おおよそ六割から七割くらいだ。田舎の農村などに限れば五割どころか三割を切るところすらあるが、平均して高いのはどんな町や村にも教会があり、そこに詰める聖女や神子、終導女が読み書きを教えているからだ。


 ただし、文字が書けることと文章が書けることは違う。加えて第三者が読んでもわかりやすい、客観的な視点に基づいて情報の整理された書類ともなると、書けるのは書士を生業とするような専門家だけとなるので……


(あー、こいつはどうしたもんかね……)


 目を通した書類の内容に、シェリーは内心で頭を抱える。その文章から伝わってくるのは、アプリコットが頑張って書いたということだけだ。


「なあアプリコット。アンタこれ、もうちょっとわかりやすくならないかい?」


「えっ!? 何処か分かりづらかったですか?」


「そう、だね……たとえばほら、奇蹟を発動するには、最低でも一.二一スクワットの筋力が必要って書いてあるんだけど、こりゃどういう意味だい?」


「どうって、一秒間に一.二一回のスクワットができるだけの筋肉が必要ということですけど……?」


「……へー、そうかい。まあ確かに、そうだねぇ」


 心底不思議そうに首を傾げるアプリコットに、シェリーは力なく頷くことしかできない。アプリコットとて見習い聖女として巡礼の旅を続け、何人もの聖女と関わりをもっている以上、訳も分からずこう書いているわけではなく、おそらくこうとしか表現できないのだろうと判断したからだ。


(筋肉神への祈りってのは、こんな異質……いや、特別なものなのかい? それとも何か別の要因が……駄目だね、サッパリわからん)


 一度は自分も奇蹟の発現に協力したとはいえ、わからないものはわからない。岩のように表情を固めるシェリーを前に、アプリコットはと言うと……


(フッフッフ、これだけ完璧な引き継ぎ資料があれば、私がいなくなっても大丈夫ですね!)


 頑張って作った資料の出来の良さを自画自賛しながら、満足げな含み笑いを浮かべるのだった。

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