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見習い聖女の鉄拳信仰 ~癒やしの奇蹟は使えないけど、死神くらいは殴れます~  作者: 日之浦 拓
最終章 その毎日にキラキラを

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「計画を立てました!」

「…………ハッ!? た、大変ですわ! すぐに<癒やしの奇蹟>を――」


「ははは、大丈夫ですよレーナちゃん」


 慌ててアプリコットの胸に手を当て、<癒やしの奇蹟>を発動しようとするレーナを、アプリコットは笑って制止する。だがレーナの興奮が収まるはずもない。


「大丈夫なわけありませんわ! だって心臓がないなんて……そんな、どうして……?」


「それはですね……私が子供の頃に、悪魔に心臓を食べられちゃったからです」


「えぇぇぇぇ!?!?!?」


 更に続いた衝撃の告白第二弾に、レーナは夜中にも拘わらず大きな声をあげてしまった。すぐに気づいて両手で自分の口を押さえたレーナの代わりに、今度はシフがアプリコットに質問をする。


「いくら最強の我でも、心臓がなくなったら死んじゃうのだ。何でアプリコットは平気なのだ?」


「ふっふっふ、それこそ筋肉の力です! 心臓というのは全身に血液を巡らせる役目があるわけですけど、私はその代わりに全身の筋肉を使って血液を循環させているんです」


「そんなことができるんですの……?」


「普通の人はできないかも知れませんけど、私はほら、筋肉神ムッチャマッチョス様のお力を使ってますから」


「はー…………」


 そう言って笑うアプリコットに、レーナはとりあえず感心しておく。何となく理屈はわかるし、実際こうしてアプリコットは生きているわけなので、できるのだろうと納得するしかないのだ。そしてそんなレーナに、アプリコットは説明を続けていく。


「ただまあ、やっぱり完全とはいきません。ムッチャマッチョス様のお力をフル活用することで生きてるんで、他の奇蹟を使う余地がなかったり、神様のお力が消えたりしたら死んじゃいます」


「えっと……だったらやはり、<癒やしの奇蹟>で心臓を元に戻した方がいいのではありませんの? 今の私ではとても無理ですけれど、王都の聖女様であれば、できる方もいらっしゃるのでは?」


 部位欠損の修復は高度な奇蹟だが、絶対に不可能と言うわけではない。だがレーナの提案に、アプリコットは静かに首を横に振る。


「いえ、それが駄目なんです。どうも悪魔に体を食べられると、その悪魔が生きている間はどうやっても……たとえ癒神スグナオル様が降臨されたとしても、その部分を治すことはできないらしいんですよ」


「えっ、そんなの初めて聞きましたわ!?」


「基本的に悪魔は心臓しか食べませんし、心臓を食べられたら死んじゃいますから、知らなくて当然だと思いますよ。私も死にかけて(ねむって)いる間に、ムッチャマッチョス様にそう聞いたから知ってるだけですし」


「そうなんですの……世の中、まだまだ知らないことばっかりですわ」


「ということは、アプリコットが旅を続けたい理由は、その悪魔をやっつけて心臓を取り戻すためなのか?」


「勿論、それもあります。やっぱり心臓はあった方が便利ですから、もし見つけたらバチコーンとやってやっちゃいますよ!」


「心臓は『あった方が便利』というものではないと思いますけれど……それもと言うことは、他にも理由があるんですの?」


 若干呆れ気味に言うレーナに、アプリコットはニコッと笑顔を輝かせて頷く。


「はい! 私はもっと、世界を見たいんです。この世界にはまだまだ私の知らないことが沢山あって……それをもっともっと楽しみたいんです!


 行ったことのない場所に行って、見たことのない景色を見て、食べたことのない美味しい物を食べて、会ったことのない素敵な人と出会って……中身のない空っぽの私の胸を、そういうキラキラしたもので一杯にしたいんです!」


「アプリコットさん…………」


 暗い寝室でも分かるくらいに目を輝かせるアプリコットの言葉に、レーナはふと今日までの旅のことを思い返した。アプリコットと出会ってからはまだ半年と少しくらいしか経っていないのに、その日々は確かに自分の一二年の人生のなかで一番輝いているように思える。


「そのお気持ちは凄く分かりますけれど、でもじゃあ、どうするんですの?」


「うーん、結局そこなんですよねぇ」


 レーナの問いに、アプリコットがボフッと口元まで布団に埋まって唸る。


「色々考えてみたんですけど、やっぱり説得が難しいんです。シフのお仲間を探すのと同じで、私の心臓を喰った悪魔を探すっていうのも、私が自分で旅をするより、ここに留まって情報が集まるのを待つ方が効率がいいっていうのは間違いないですし……」


 心臓を取り戻すのに必要なのは悪魔の討伐であり、別にアプリコット自身の手で倒さなければならないというわけではない。また仮にそうであったとしても、悪魔の目撃情報は情報規制の関係上一般には出回らないので、ここでアンの援助を受けて情報を集めた方が見つかる可能性は高い……つまり、それは旅を続ける説得材料にならないのだ。


「? 何をそんなに悩む必要があるのだ?」


 が、そんなアプリコットを見て、シフが不思議そうに言う。


「シフ? ですから、旅に出る理由というのが……」


「理由なんてどうでもいいのだ! アプリコットが旅に出たいと思うなら、明日にでも出掛けてしまえばいいではないか。我はアプリコットが行くなら、何処にでも一緒に行くぞ?」


「シフさん! 物事というのは、そんな単純なことでは……アプリコットさん?」


 明らかに何も考えてないシフの言葉をレーナがたしなめ……しかしその隣で、アプリコットが小さく肩を震わせる。


「ふっ、くっくっくっ……」


「どうしたんですの、アプリコットさん?」


「いえ、シフは凄いなぁと思いまして……そうですよね、行きたかったら勝手に行っちゃえばいいんですよね」


「で、でも! そんなことをしたら、きっと沢山の人に迷惑がかかってしまいますわ!?」


「ええ、そうですね。アンちゃんや師匠には、きっと凄く怒られると思います。だから……」


 ベッドからむくりと起き上がったアプリコットが、大事なお友達二人を見て言う。


「山ほどの思い出を作って、いつかもう一度ここに帰ってくる日が来たら……私と一緒に怒られてくれませんか?」


 それは悪くて甘い旅のお誘い。色んな人に迷惑をかけて怒られるとわかっていても、自分の夢を……好奇心を諦められない少女の我が儘。そんなアプリコットの体に、同じくベッドから起き上がったレーナとシフがギュッと抱きつく。


「勿論ですわ! 是非私も一緒に連れて行って……いえ、違いますわね。アプリコットさんが嫌だっていっても、無理矢理にでもお隣を歩いて行っちゃいますわ!」


「我だって一緒に行くのだ!」


「誘っておいて何ですけど、シフは本当にいいんですか? 多分ここに残った方がお仲間の情報は集まりますし、王都を離れたらまた色々聞かれるようになると思いますけど……」


「フンッ! そんな心配は無用なのだ! そもそも我は自分で同胞を探すつもりだったし、変なことを言う奴にはガブッとしてやればいいのだ!」


「シフさん! それは駄目だと何度も言いましたわよね!?」


「むぅ……ならカプッと甘噛みくらいで我慢するのだ」


「もーっ! 全然わかってませんわ!」


「あっはっはっはっは!」


 そっぽを向きながら尻尾を振るシフをレーナが怒り、アプリコットが笑う。何を知っても知らなくても変わらないこの関係を、それぞれが皆どうしようもなく愛おしいと感じている。


「でもそうなると、何か作戦を考えないといけませんね。普通に出て行こうとすると、師匠にあっさり捕まっちゃうでしょうから」


「ですわね。もしもアンさんが手を打っていたら、町の門のところで止められてしまうかも知れませんし」


「ふむ、つまり敵の巣から見つからないように逃げるのだな? そうだな……」


 二つ繋げたベッドの中央に集まると、三人はわざわざ頭からスッポリ布団を被り、暗闇の中で密談をする。あーでもないこーでもないと、その話は夜通し続いて……


「……では、『王都脱出大作戦』を決行します!」


「おー! ですわ!」


「おー! なのだ!」


 地平の果てから朝日がひょっこり顔を出す頃。今までで一番難易度の高い作戦に、三人は揃って声をあげるのだった。

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