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見習い聖女の鉄拳信仰 ~癒やしの奇蹟は使えないけど、死神くらいは殴れます~  作者: 日之浦 拓
最終章 その毎日にキラキラを

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「秘密を打ち明けました!」

 結局のところ、アプリコットに下されたのは「諦めて祝福されろ」という大人の判断であった。詳細はまた後日ということでその日は解散となり、食事やら何やらを済ませて、夜。疲労困憊なアプリコットはぐっすりと眠っているかというと……


「……アプリコットさん、起きてらっしゃいますか?」


「レーナちゃん? はい、起きてますよ」


 真っ暗な寝室。なかなか寝付けずにいたアプリコットに、隣のベッドからレーナが声をかけてくる。


「あんなに大活躍だったのに、眠れないんですの?」


「あはは……まあ、ちょっと」


「あの、アプリコットさん。私昼間からずっと疑問に思っていたことがあるのですけれど、聞いてもいいでしょうか?」


「? 何ですか?」


「その……どうしてアプリコットさんは、王様に褒められたりすることを喜んでいないのかと思いまして……」


 それは素朴な疑問。みんなのために一生懸命頑張ったアプリコットが、その頑張りを認められて王様に褒められたり、聖女として認められたりする。レーナからするとそれはとても嬉しいことで、何故アプリコットが嫌そう……とまでは言わずとも、困った顔をしていたのかがわからなかったのだ。


「……レーナちゃん。今夜は一緒に寝てもいいですか?」


 が、それに対してアプリコットはそんな要求をしてくる。無論レーナにそれを断る理由などない。


「ええ、構いませんわ。さ、どーぞ」


「わーい!」


 レーナが布団の端を捲り上げると、冬の冷たい空気がヒュッと吹き込んでくる。だがそこにすかさずアプリコットが潜り込むと、一瞬冷たくなったレーナの体がすぐにホカホカに温まった。


「ふふふ、温かいです!」


「アプリコットさんだって、今日もとってもホカホカですわ」


 寄り添って横を向き、互いの鼻がくっつきそうな距離で笑い合う。それからアプリコットが顔を天井に向け直すと、ぽつりぽつりと語り始めた。


「確かに、自分の頑張りを認められたり、偉い人に褒められたりすることは悪いことじゃありません。普通なら私も喜ぶと思うんですけど……」


「ということは、今は普通ではないんですの?」


「そうです。だって、聖女として認められて、王様に褒められまでしたら……私の旅がここで終わっちゃいますから」


「あっ!?」


 その言葉に、レーナはハッとその事実に気づいた。


 巡礼の旅は、あくまでも見習い聖女が正式な聖女になるための修行の旅だ。聖女になれば、その後は自分が身を置く教会を決め、そこを中心とした狭い範囲で活動するのが通例となる。


 そしてそれは、アプリコットの場合間違いなくこの王都になるだろう。教会側の意向としても、あんなでたらめな奇蹟を起こし、王族と交流を持ち王様から認められるような存在を、自分達の管理が及ばぬ遠く離れた地に赴任させたりするはずがない。


 更に言うなら、シフのこともある。元々アプリコット達がここまでやってきたのは、シフが謂れの無い迫害や差別を受けないようにするためだ。それを考えるなら、大きな後ろ盾ができた王都に滞在するのが最も確実。それにここなら国中から情報が集まってくるので、シフの同族を探すためにも都合がいい。


 つまり、みんなここに残る。お城に住んでいるアンや、元々この教会を拠点としているシェリーは勿論、アプリコットもシフもここに残るなら……もうすぐやってくる春に王都を旅立つのは、レーナただ一人なのだ。


「…………ひょっとして、私のためですの? 私が一人にならないように、アプリコットさんは褒められたくないと?」


 ホカホカのはずの布団のなかが、急に冷たく感じられた。ギュッと胸を締め付けられる思いに、レーナが震える声でそう問うてしまう。


 友達の成功を祝福したい。友達の安寧を喜びたい。間違いなくその気持ちがあるはずなのに、心が凍えそうで……そんなレーナの体を、アプリコットが横からギュッと抱きしめた。


「違いますよ。あー、いえ、違うというのも違いますけど……私には、どうしても旅を続けたい理由があるんです。そこにレーナちゃんやシフが一緒だったら嬉しいなって気持ちは勿論たっくさんありますけど……もし立場が逆だったなら、私はレーナちゃん達をここに残して旅立つと思いますから」


「理由ですか? それは……聞いてもいいんですの?」


「ええ、いいですよ。シフも一緒に聞きますか?」


「っ!?」


 不意にアプリコットに声をかけられ、隣の布団がファサッと盛り上がる。ビックリしたシフが尻尾を動かしたのだ。そのままゴロリと体を転がしてアプリコット達の方を向くと、シフが顔を半分布団に埋めたまま、モゴモゴと言葉を紡ぐ。


「むぅ……だが我は、聖女のあれこれなどわからないのだ。そこに我が混じってもいいのか?」


「勿論です。これは聖女の話じゃなくて、私の話ですから。レーナちゃんも、いいですか?」


「当然ですわ! さあ、シフさんもどーぞ!」


「うむ。では行くのだ」


 レーナがアプリコットとは反対側の布団をめくると、そこにシフが潜り込んでくる。が……


「…………流石にこれは、ちょっと狭いですわね」


「我は半分くらいはみ出てるのだ……クシュン!」


 幾ら子供とはいえ、一人用のベッドに三人は無理だった。中心のレーナはともかく、アプリコットとシフは背中やお尻が布団からはみ出し、冷たい夜風に吹きさらされている。


「うーん……あっ! 二人とも、ちょっといいですか?」


 そんな状況にアプリコットは一旦ベッドから起き上がると、自分のベッドを横にずらしてレーナのベッドにピッタリとくっつけた。本来少女が一人で動かせるような重さではないのだが、アプリコットには関係ないのだ。


「これで倍の広さになりました! ああ、でも、こっちは冷え切ってます……」


「ならすぐに温めて差し上げますわ! ほら、ぎゅー!」


「なら我は、レーナの背中を温めるのだ! むぎゅー!」


 冷え切ったベッドの方に横になるアプリコットに、レーナがコロンと転がって抱きつく。そんなレーナの背中にはシフが抱きつき、即席のダブルベッドはすぐにホカホカの温もりに包まれた。


「はーっ。レーナちゃんのほかプニを思う存分堪能したので、お礼に私のとっておきの秘密を教えちゃいましょうか」


「え、何ですの? 楽しみです……わきゃっ!?」


 ニッコリと笑ったアプリコットが、ワクワクに溢れたレーナの顔を抱きしめる。


「な、何ですのアプリコットさん!?」


「静かにゆっくり聞いて、感じてみてください。普通と違うところがあるはずです」


「違うところ、ですの?」


 聞いてみろと言われたので、レーナはそっと目を閉じ、耳を澄ます。だが布団の中は暗く静かで、特に何の音も聞こえない。


「…………? 何も聞こえませんわ?」


「ええ、そうですね。何も聞こえないんです。でも、それっておかしいと思いませんか?」


「えぇぇ……?」


 言われて、レーナはキュッと眉根を寄せて考え込む。だがどれほど耳を澄ませようと、聞こえないものは聞こえない。強いて聞こえるものがあるとすれば、狭いところ特有のゴーッという空気の隠る音くらいしかなく……そこでふと、それ(・・)に気づく。


「…………えっ?」


 レーナがギュッと、自分の耳をアプリコットの胸に押し当てる。だがやはり何も聞こえない……そう、聞こえるべきはずの、当たり前の音が聞こえない。


「聞こえない……心臓の音が聞こえませんわ!?」


「おおー、大正解です!」


 アプリコットの腕を振り払う勢いで顔をあげたレーナに、アプリコットが小さく笑いながら言う。


「耳がいいシフには大分前にばれちゃってましたけど……これが私の一番の秘密です。私には……心臓が無いんです」


「……………………」


 あまりにも予想外なその秘密に、レーナは呆然として言葉を失った。

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