「責任をとらされそうです……」
程なくしてやってきた騎士の手により、エルザは一連の事件の重要参考人として捕縛された。本人に逃走の意思が皆無なので手枷こそされなかったが、それでも左右の腕をそれぞれの騎士に掴まれたエルザが、静かな口調でアプリコットに語りかける。
「ねえ、アプリコットちゃん。最後に一つ、いいかしら?」
「はい、何でしょう?」
「この期に及んでって言われちゃうと思うけど……でもね、私はやっぱり、メッチャモッコス様を心の底から恨むことはできないのよ。騙されて利用されたってことはわかったけど、それでも私が救われたことも事実だから」
たとえどんな思惑があったにせよ、悩むエルザを救ったのが神ではなく悪魔であったことは事実。そしてその悪魔によって与えられた神殿はエルザにとって居心地のいい場所で、そこで出会った人達と筋トレに勤しむ日々は、間違いなく幸せだった。
「だからね、私はこれからもメッチャモッコス様にお祈りしようと思うの。あの黒いもやの悪魔じゃなく、私を救ってくれた神様に。でもそれって、えーっと……ムッチャマッチョス様? 本物の筋肉神様からすると、不快だったりするのかしら?」
「あー、それは……うん、大丈夫だと思いますよ」
エルザの問いに、アプリコットは少しだけ考えてから答える。
「どんな祈りを捧げるかは、誰であっても自由です。辛い現実から逃げるためでも、自分を見つめて報告するためでも……そしてその祈り先がどんな神様であっても、それが否定されることはありません。祈りは人の心そのものであり、神様はただそれを見守ってくださるだけですからね。
なので、何なら愚痴や不満を祈ったって平気ですよ。そんなことで神様は怒ったりしません。なにせ私なんて、毎日死神様を殴ってるくらいですし!」
「……ふふっ、それは凄いわね」
シュッシュッと拳を振るってみせるアプリコットに、エルザはそれを自分を励ます冗談だと捉えて小さく笑う。その後は騎士二人に両脇を固められながら、エルザはその場を後にしていった。背筋をピンと伸ばし、堂々と連行されるその様は何処か清廉な雰囲気を感じさせ……見送る背中は妖艶な女性であった頃より「聖女」であった。
「うむ、これで誘拐事件も解決となったわけじゃが……にしてもアプリコット、お主本当に凄いことをしたのぅ!」
「えへへ……ちょっと頑張っちゃいました」
場の空気を変えるようにはしゃいだ声で言うアンに、アプリコットが照れ笑いを浮かべて頭を掻く。
「謙遜することはなかろう! あれほどの奇蹟の力なぞ、妾は初めて見たぞ! おそらくは一月もせずに父上から呼び出しがあるのではないか?」
「……えっ?」
が、続いたアンの言葉に、アプリコットの笑顔が固まる。
「あの、アンちゃん? お父さんからの呼び出しというのは……?」
「無論、国王陛下からの招聘じゃ! 悪魔のことは公にできぬが、王都の空に神が降臨したとなれば、それを為した聖女を呼ぶのは当然じゃろう?」
「ふぁっ!? ちょ、ちょっと待ってください! あれは私一人じゃなく、みんなの力を借りたから実現できたものですし……そもそもあれはムッチャマッチョス様を降臨させたわけではなく、単にみんなの筋力が人型になっただけですよ!?」
「む、そうなのか?」
「そうなんです! だってほら、私が自由に動かしていたでしょ?」
「いや、それは知らんが……では、あれは神の降臨を成功させたわけではない、と?」
「そうです! 私に神様なんて喚び出せませんよ!」
問うアンに、アプリコットが必死にそう主張する。するとアンは視線を動かし、今度はシェリーに話しかけた。
「ふーむ……のうシェリー殿。予想で構わんから教えて欲しいのじゃが、今回の件は教会側としてはどのような動きをすると思うのじゃ?」
「あん? そうだね……まずこれは断言しておくけど、確かにアプリコットがやったのは神の降臨じゃない。少し前までなら勘違いする奴もいただろうけど、ちょうど本物の神降ろしに成功した聖女が少し前にいたからね。神の力を直接感じることのできる聖女なら、それを勘違いする奴は一人もいないだろうさ」
「で、ですよね! よかった……」
シェリーの言葉に、アプリコットはホッと胸を撫で下ろす。できもしない神降ろしを成したとして新たな大聖女に認定されたりしたら、悪い意味で歴史に名を残してしまうのは必至だ。
「とはいえ、あれだけのことをしたんだ。少なくともアプリコット、アンタが見習いじゃない正式な聖女に昇格するのはほぼ確定だよ」
「えぇぇっ!?」
「うわ、凄いですわ! おめでとうございます、アプリコットさん!」
「うむ! よくわからんが、見習いじゃなくなるのはいいことだな!」
「ちょ、ちょっと! 本当にちょっと待ってください! 何でそうなるんですか!?」
シェリーの太鼓判にレーナとシフが祝福の言葉をかけてくれるが、今度もアプリコットの方が待ったをかける。
「聖女になる条件は、<神の秘蹟>を安定して使えることですよね? さっきもアンちゃんに言いましたけど、あんな力、とてもじゃないけど再現なんてできませんよ!? 師匠だってわかってますよね!?」
「そりゃわかってるけど、でも再現できないってことはないだろう? 確かにアンタ一人じゃ無理だろうが、逆に言えば協力者がいれば……あるいは協力者が必要なくなるくらいアンタ自身が成長すれば、同じ事ができるはずだ」
「それはまあ……でも将来はともかく、今は使えないのは間違いないじゃないですか! むしろこれで聖女認定されたりしたら、そっちの方が大変です!」
「あの、アプリコットさん? 誰かのお力を借りたとしても、あれほどのことができるなら、私はやはり凄いと思うのですけれど……違うんですの?」
必死に主張するアプリコットに、レーナが首を傾げて問いかけた。するとアプリコットは困り果てた表情でレーナに説明する。
「違うんですよレーナちゃん! 今回のこれは、私がレーナちゃんにお願いして<癒やしの奇蹟>を使ってもらったのに、それを『私がお願いして使ってもらったのだから、私が使ったのと同じです!』と主張するようなものなんです!
確かにお願いしたら力を貸してくれる人とお友達になれたという点を評価することはできるかも知れませんけど、それと自分が聖女になることは全然違うでしょう?」
「なるほど、それは確かに違いますわね」
アプリコットの説明を聞いて、レーナが納得の頷きを返す。シェリーも同じように頷いてみせるものの、その表情は渋い。
「ああ、そうだね。違うってのはわかってるんだが……そうは言っても、あんな派手なことをした奴を見習いのままにしておくってのも無理なんだよ。逆に聞くけど、アンタとレーナは同じ見習い聖女になるわけだけど、レーナにあんなことができると思うかい?」
「うぐっ!? それは…………」
「私には無理ですわ……」
その言葉にアプリコットは二の句を失い、レーナはションボリと肩を落とす。それを見たシェリーは、即座にレーナにフォローを入れる。
「ああ、別にレーナが未熟だなんて言うつもりはないよ? むしろアンタは見習いとしちゃ随分と腕がいい方だ。だがそんなレーナにだって、あんなことはできない。というか普通の聖女だって、何ならアタシだって無理だ。そんなことをやっちまったアプリコットを、見習いのままにはしておかないだろうってのがアタシの予想だね」
「ぐむぅ……何とかなりませんか師匠? いっそ師匠がやったことにするとか……」
「だからアタシにもできないって言ってるだろ! まあ本気を出せばあれに近いことができなくもないけど……」
「なら!」
「……でも、アタシが同じようなことをやったら、人も建物も一切合切、王都が粉々にぶっ壊れちまうよ?」
「ぬあっ!? そ、それは駄目じゃ! 駄目過ぎて検討の余地すらないのじゃ!」
ニヤリと笑うシェリーに、アンが慌てて叫ぶ。代替案が王都丸ごと消滅など、冗談ですら口にも耳にもしたくない。
「ってわけだから、自分のやったことの責任は自分でとりな。さっきのエルザとかいう奴と同じだよ」
「ぐぬぬぬぬ…………」
苦笑しながらそう告げるシェリーの言葉に、アプリコットは何ともしょっぱい顔をしながら唸り声をあげるのだった。





