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見習い聖女の鉄拳信仰 ~癒やしの奇蹟は使えないけど、死神くらいは殴れます~  作者: 日之浦 拓
最終章 その毎日にキラキラを

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「一件落着しました!」

「アプリコットさーん!」


 天に輝く光の巨人が消えてからしばし。シフに背負われ急いで戻ってきたレーナが見たのは、疲れた様子で瓦礫にもたれかかるアプリコットの姿だった。瞬間レーナはシフの背中から飛び降り、アプリコットへと全力で駆け寄っていく。


「アプリコットさん!? 大丈夫ですか!?」


「レーナちゃん……ええ、大丈夫ですよ。流石にちょっと疲れちゃいましたけど」


「本当ですか!? 無理をしていたりしたら、ほっぺをムニッとしてしまいますわよ!?」


「何と!? それは全力で阻止しなければいけませんね」


 レーナの言葉に、アプリコットがシュバッと手を動かして両手で自分の頬を押さえる。するとそんな二人を見て、側にいたエルザが微笑みながら言葉をかけた。


「ふふ、大丈夫よレーナちゃん。今は……ううん、元々私には神様の力なんて使えなかったみたいだけれど、アプリコットちゃんの状態は激しい筋トレをした後と同じ感じだから」


「そうなんですの? なら良かったですわ」


「レーナは心配しすぎなのだ! 我はひと目見て平気だとわかったぞ!」


「むぅ」


 自身もまた体を動かすことが日常であるが故にわかったシフにそう言われ、レーナが拗ねたように頬を膨らませる。それをアプリコットとシフが片方ずつ指でプニプニ突いていると、瓦礫の上からシェリーが降りて来た。


「まったく、随分と派手にやらかしたもんだねぇ」


「師匠! へへへ、頑張っちゃいました!」


「そうだね、よくやったよ」


「むふー」


 シェリーが乱暴に頭を撫でると、アプリコットが嬉しそうに相好を崩す。だがそんなアプリコットを見るシェリーの表情は教え子の成長を喜ぶ誇らしさが半分と、残りは何とも言えない苦笑だ。


「にしても、アンタこれからどうするつもりだい?」


「へ? これからって……流石に今日はもうお休みしたい気分ですけど」


「いや、そういうことじゃなくてだね。こんな派手に力を見せつけたら――」


「おお、おったのじゃ! おーい!」


 シェリーの言葉を遮って、遠くから声が聞こえる。一堂がそちらに顔を向けると、今度はアンがお付きの二人を引き連れて近寄ってきた。


「いやー、凄かったのぅ! 一応確認なんじゃが、あれをやったのはアプリコットで間違いないか?」


「はい、そうです……あの、アンちゃん? 操られていた人達は……」


「ああ、それは心配せんでもよい。全ての報告を聞いたわけではないが、妾の知る限りでは、大きな怪我をしたものは双方共におらんようじゃ。


 また操られていた者達は正気に戻るのと同時に大人しくなり、今は自らの罪を認めて素直にこちらに従ってくれておる。抵抗せん者を乱暴に扱ったりはせんし、自分の意思とは無関係に暴れていたということであれば、そう重い罪に問われることもないじゃろ」


「そうですか。よかった……」


 アンの言葉に、アプリコットはホッと胸を撫で下ろす。そんなアプリコットに笑顔で頷いてみせるアンだったが、その隣で同じようにホッとした表情を浮かべている大男の方に視線を向けると、今度は少し厳しい顔つきになる。


「とは言え、お主は同じ扱いとはいかんぞ? エルザ……いや、エリオット、か?」


「……できればエルザとして扱ってくれると嬉しいわ……です。もうずっと繋がりがないとは言え、エリオットだと実家に迷惑がかかってしまうかも知れませんので。家族は完全に無関係ですので、そちらへ累が及ぶことだけは、どうかご容赦いただければ」


「そうか、ならばお主はエルザとして扱うことにしよう。してエルザよ、お主は自分がしでかしたことを正確に理解しておるか?」


「…………はい。どのような罰も甘んじてお受け致します」


 アンの問いかけに、エルザがその場で平伏しながら答えた。その様子にアプリコットは思わず手を伸ばしそうになり……だがギュッと拳を握って、代わりにアンの顔をまっすぐに見つめる。するとアンは王族らしい凜とした佇まいで言葉を続けた。


「ならば告げるのじゃ。聖女エルザ、お主は神の言葉に従い、望まぬ者に強引な勧誘行為を行った。故に王国法に基づき、お主には三年間の奉仕活動を言い渡すものとする!」


「……………………え?」


 その通告に、エルザがキョトンとした表情を浮かべて顔を上げる。


「あ、あの、王女殿下……?」


「あー、言っておくがこれはあくまで暫定であり、最終的な判断は審問官からの取り調べを受けた後、法務官が決めることになるのじゃ。妾の見立てではそう変わることはないとは思うが、そこは受け入れてもらうのじゃ。


 それと、おそらく教会側からはお主の聖女認定の剥奪と、それに伴い神殿の管理者からの解任が言い渡されるはずじゃ。故に教会はお主の後ろ盾にはなり得ぬので、そのつもりでおるのじゃ」


「えっ? えぇぇ…………?」


 矢継ぎ早に告げられる事実に、エルザはひたすらに言葉を失う。正規の取り調べによって罪状が確定するのは当然だが、奉仕活動三年などという軽犯罪(・・・)で、王女の意向を無視するとは思えない。


 そして教会の後ろ盾がないということは、逆に言えば全ての責任は自分自身にのみ……つまり教会に迷惑がかからないということでもある。そのあまりにも過分な温情に、エルザは叫ばずにはいられない。


「ど、どうしてそこまで!? だって私は悪魔に――」


「わかっておる。が、悪魔の存在は秘匿しておるのだから、こんなところで告げることはできぬ。それにそもそも、お主は悪魔と取引したのではなく、救われた神に恩を返しておったのじゃろう?」


「それは……でも…………」


「加えて言うなら、被害届が少ないというのもある。アプリコット達には以前にも説明したが、今回の事件では攫われた貴族家からの被害届は出ておらん。仮に犯人が捕まったと知ったとしても、庶民からはした金の賠償金などもらったところで、自分の家の子供が誘拐された上に筋肉ムキムキにされたことを世間に知らしめるリスクとは全く釣り合わぬから、やはり誰も申し出んじゃろう。


 対して一般庶民の方はいくらか出ておるが、そちらも事実上の被害は数日の不在と筋肉痛くらいじゃからな。いくらかの賠償金は払うことになるじゃろうが、真面目に働けば普通に返せる程度の金額に収まるじゃろう……そう言えば今更なんじゃが、解放された者達はどうしてお主や筋トレのことを覚えておらんかったのじゃ?」


「え? あ、はい。それは……メッチャモッコス様にそうした方がいいと言われたからで……ひょっとしたら今回のようなことが起きた時に、痕跡を残さず逃げられるようにするための布石、あるいは練習だったのかも知れません……」


「むぅ、そうか。まあ確かに、それ故に妾達はお主に辿り着けなかったわけじゃからなぁ……」


 フフフと小さく笑いながら、アンがゆっくりとエルザの方に近づき、その肩に小さな手を乗せる。


「なあエルザよ。確かに妾はお主に操られ、筋トレを強いられた。じゃが今となってはそう悪い気はしておらんのじゃよ。罪は罪として裁かねばならぬが、然りとて既に反省している者に過酷な罰を与えるのは、見せしめとしての意味しかない。


 が、今回はこちら側の事情で、見せしめもまた必要としておらぬ。であればお主のしたことに対する罰は、精々がこの程度なのじゃ」


「…………本当に、いいのでしょうか? 私が……自分の弱さを悪魔につけ込まれ、これほどの被害を出した私が、こんな風に許されても……?」


「人は誰しも弱さを持つものじゃ。それを否定することなど、たとえ神にすらできんじゃろう。ならば過ちを犯したことを悔いるのではなく、罪を償うために精一杯生きるしかない。


 お主ならばそれができるじゃろう? なにせこれほど立派な筋肉を持っておるのじゃからな!」


 そう言うと、アンがグッと右手を曲げ、力こぶを作ってみせる。エルザによって鍛えられたその腕には、一〇歳の少女にあるまじき盛り上がりがほんのりと自己主張している。


「ほれ、これもまたお主の成果じゃ! 善のなかにも悪はあり、悪のなかにも善がある。体が動かず声も出せないというのは難儀ではあったが……お主との筋トレ生活は、存外悪くなかったぞ?」


「王女殿下…………っ! ありがとう、ございます…………っ!」


 再び床に顔を伏せたエルザが、溢れる涙をそのままに肩を、声を震わせる。アプリコットやレーナがそっと寄り添い背中を撫でるが、その嗚咽が収まることは無い。


 筋骨隆々の大男が少女に慰められながら、幼女に頭を下げ続ける。冬の王都を揺るがした大事件は、こうしてひとまずの決着を迎えるのだった。

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