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見習い聖女の鉄拳信仰 ~癒やしの奇蹟は使えないけど、死神くらいは殴れます~  作者: 日之浦 拓
最終章 その毎日にキラキラを

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「真の筋肉を見せつけました!」

『何だこれは……一体何が起きている!?』


 目の前で起きている不可解な事態に、黒もやの悪魔が戸惑いの声をあげる。未熟な聖女が突然スクワットを始めたと思えば、程なくしてその両腕から黄金の光が立ち上り、上空に漂う神の力が膨れ上がっていくという訳の分からない状況に、それを引き起こした張本人たるアプリコットが静かに答えた。


「これは……筋肉です」


『き、筋肉!?』


「そうです。知ってますか? 筋肉というのは、細い繊維が集まってできているんです。つまり筋肉とは束ねる力……今まで出会った人達の想いを束ねることで、神の筋肉を創り出しているのです!」


『訳が分からぬ! くっ、ならばそんなもの、我が力で断ち切ってくれる! 手を出すなよシェリー、これもまた我が一部だぞ!』


 そう念を押してから、黒もやの悪魔がその黒いもやを伸ばし、アプリコットの頭上に展開する。すると立ち上る光が遮られ、光球の輝きが一瞬揺らいだが……次の瞬間、より太く強くなった光の柱が黒もやを貫いてしまう。


『がぁぁ!?』


「無駄です! たとえ傷つき断たれても、筋肉はより強くなって復活する! 私の心が折れない限り、筋肉は永遠に不滅です!」


『不滅だと!? 神でもない人間如きが、不滅を口にするか! ならば……む?』


 と、そこで黒もやの悪魔の意識に、近くでずっとへたり込んでいるエルザの姿が映った。先程までの突き放したような口調から一転、甘く蕩ける毒薬のような声でエルザに話しかける。


『エルザよ、我が聖女よ。今こそ我に報いる時だ! その小娘を排除せよ!』


「メッチャモッコス様……」


『確かに我は神ではない。だがお前を救ったのは神ではなく、我だ! 天に座して人を見下し、己の気分で救う者を選ぶ神ではなく、確実な現世利益をもたらす我を選べ! 我ならばお前を再び女にしてやることもできるのだぞ!』


「ふ、ふふふ……そう、また私を女にしてくれるんですか……」


『そうだ……って、貴様、何をしている!?』


 フラリと立ち上がったエルザが、頭の後ろで両手を重ね、ゆっくりと立ったり座ったりし始める。それは即ち……筋肉神への祈り(スクワット)


「ごめんなさいアプリコットちゃん。まさか自分の信じていたものが神様じゃなかったなんて、あんまりショックで茫然自失しちゃってて……」


「ふふ、気にしないでください。エルザさんなら自力で立ち直れると思ってましたから」


「ありがとう。なら私も、私にできることをさせてもらうわ。ウォォォォォォォォォ!!!」


 白いローブに身を包む筋骨隆々の大男が、野太い声をあげて全力で筋トレを開始する。スクワット、プランク、腕立て、腹筋……考え得るあらゆる筋トレを超高速でローテーションし、そこから生み出される凄まじい筋力がアプリコットの体を更に眩しく輝かせる。


『貴様、裏切るのか!? 我が滅べば、もう二度と女には戻れないのだぞ!?』


「いいわよ! 私は私。男でも女でも、私の鍛えた筋肉は変わらない! それに気づかせてもらったから、もう性別なんてどうでもいいの!


 それと、裏切ったなんて言わせないわ! 私を捨てたのはそっちでしょう!」


『ぐぬぅ……こうなればもはや保身など無用! 今すぐ奴隷共を自爆させ、王都を死の海に沈めてくれる!』


「は? アンタ馬鹿なのかい? それをやらせないためにアタシがいるってことをどうやったら忘れられるんだか……ま、その必要もなさそうだがね」


 前提条件すら忘れるほど焦る悪魔に、シェリーが呆れた口調で言う。その視界の端では、アプリコットの呼んだ奇蹟が遂に完成しようとしていた。


「空からも光の柱が!?」


 筋トレのペースを維持したまま、エルザが上空で起こった変化に声をあげる。地上からアプリコットの放出する光を受けて輝きを増していた光の球に、今度は空からも光の柱が降りて来て突き刺さる。天と地、神と人の両方から力を注がれた光の球は急速にその大きさと輝きを増していき……


『UH……………………HA……………………』


 周囲に、かすかな音が響く。それは徐々に強くなり、やがて世界に響き渡る。


『UH! HA! UH! HA! UH! HA!』

『MACCHO! MACCHO!』

『UH! HA! UH! HA! UH! HA!』

『MUCCHA MACCHOS!』


「……何だいコリャ?」


 聖女が<神の秘蹟>を使う時、その神を称えるような曲が流れる。そして今アプリコットが使っているのは、間違いなく秘蹟よりずっと上の力だ。故に曲が流れること自体は当然だと思うシェリーだったが、想像していたのとは違うあまりに軽快なその調子に思わず変な笑みを浮かべてしまう。しかも……


「何だか無性にポージングしたくなるような……って、えぇぇぇぇ!?!?!?」


「はぁ!? こいつはまた……とんでもない事になったね」


 膨れ上がった光の球が人の形を取り始め、王都の上空に裸の男の上半身が出現した。それを見てアプリコットが自分の腕を動かすと、筋肉ムキムキのシャイニングマッチョもそれと同じ動きをする。


「よし、同調もバッチリですね! さあどうです? これなら王都全域を一度に殴れると思いませんか?」


『馬鹿な! 馬鹿な! 馬鹿な! 馬鹿な! 意味がわからん! 訳がわからん! 貴様のような小娘が、何故これほど強力な力を発現できるのだ!?』


「別に私だけの力じゃありませんよ。今まで出会った何人もの人達が……いえ、それだけじゃありませんね。世界中にいる筋肉を愛する全ての人達の想いが集まったからこそです。気づいていませんか? 貴方が操っているはずの人達の筋力(いのり)も、ここには集まっているんですよ?」


『何だと!?』


 ニヤリと笑うアプリコットに、黒もやの悪魔は慌てて自分の操る奴隷達へと意識を向ける。すると……





「ハカイ……ハカイ…………シタクナイ。オレノ、俺の筋肉は、そんなことのために鍛えたわけじゃない……っ!」


「体も、心も、強く、強く……っ! 私の鍛えた筋肉は、こんなことに負けたりしない!」


「俺は」

「私は」

「「筋肉を愛しているんだ!」」





『こんな、こんなことが……っ!?』


 悪魔の操る奴隷達には、今もその頭に黒もやの線が繋がっている。だが同時に大地から這い上った光もまた繋がっており、二つがせめぎ合うことで奴隷達の支配が緩んでいるのを黒もやの悪魔は察知する。そうして怒りの感情のままに忌々しい聖女を睨み付ければ、アプリコットは楽しげにマッスルポーズを決めている。


「ふふふ、どうです? これこそが本当の筋肉! 貴方のような偽筋(ニセキン)とは違う、真に筋肉を愛する人々の力なのです!」


『まだ言うか! そもそも我の力は生物の体を意のままに操ることであり、筋肉などというのはその一部でしかない! 我の下位能力しか持たぬ神の力などに、この我が後れを取るはずがないのだ!』


「それは違うわ! だって人がどれほど望んでも身長が伸びることも胸が大きくなることも、男が女になることもないけれど……でも筋肉は鍛えれば応えてくれるもの! 決して下なんかじゃない! それがわからないから、貴方は偽筋(ニセキン)なのよ!」


『貴様!? そもそも貴様が我を筋肉神などと呼んだから――』


「さあ、アプリコットちゃん! 決めちゃいましょう!」


「はい! では、いきますよー!」


 エルザに言われ、アプリコットは拳を握った。すると遙か上空の輝く巨大な裸の筋肉男もまた、同じように拳を握る。その偉容は当然ながら王都全域から見えているわけで……


「おお、決めの一撃じゃな! なら妾も……」


「いきますわよシフさん!」


「任せろなのだ!」


「「「盛者必衰、常識失墜!」」」


 アンが、シフが、レーナが拳を握り、聖句を唱える。たとえ聖女でなかったとしても、筋肉を愛しアプリコットを想うその拳には黄金の光が宿る。


「「「<理を砕く左の怪腕バニシング・サー・ワン>!」」」


『ウォォォォォォォォォ!?!?!?』


 天に輝く筋肉巨人が左腕を振るった瞬間、王都を蝕む黒いもやは、跡形も無く消滅するのだった。

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