「神様にお祈りしました!」 後編
別作品とはなりますが、本日は「追放されるたびにスキルを手に入れた俺が、100の異世界で2周目無双」3巻の発売日となっております。相変わらずの全編書き直しによりWeb版から大幅パワーアップしておりますので、是非とも手に取っていただけると嬉しいです。
「なーなー父ちゃん。たまには外に出て運動しねーか?」
「ん? 突然どうしたんだいリック?」
とある田舎村の外れ。森の奥にある薬師の家で、息子が父にそんな提案を持ちかける。
「いや、何かふとアプリコットの事を思い出してさ。ほら、最近父ちゃん、薬の研究で部屋に閉じこもりっぱなしだろ? ならたまには運動した方がいいかなって思ったんだよ」
「ああ、あの子か。確かに元気いっぱいな子だったもんなぁ。ふむ……」
息子に言われて、父の頭にも少女達の元気な笑顔が浮かぶ。長く座りっぱなしだった椅子から立ち上がって背筋を伸ばすと、ジンジンと心地よい痺れが体を巡っていく。
「確かに、気分転換にはいいかも知れないね。よし、なら今日はあの子達に負けないくらい、僕達も体を動かしてみようか」
「やったぜ! なら競争! 競争しようぜ!」
応じる父に喜び勇んで、息子が笑顔で家を飛び出す。すれ違っていた父子の関係を修復するきっかけをくれた少女達に感謝しつつ、二人は恵みの筋トレをしに森へと駆け出した。
「むっ!?」
たった一人で街道を歩く、赤いツインテールの聖女。ふと足下から立ち上ってくる気配に顔をしかめると、ちょっと嫌そうな顔つきでひょこひょこと足を持ち上げ始めた。
「何この気配? 何かものすっごく暑苦しい感じがするんだけど……? あっ、ひょっとして!?」
何処かムキムキした気配に、聖女の頭に宿敵の顔が浮かぶ。敬愛する死神を殴り飛ばすという無礼千万な輩の不敵な笑みが浮かんできて、聖女はダンと思い切り地面に足を振り下ろした。
「散々マタライセ様の邪魔をしておいて、今度は自分を助けろって? 随分いい根性してるじゃない! 何でアタシがアンタなんかを助けると思ったのよ!? フンッ、アタシの知ったことじゃないわ!」
誰も居ない平原で、聖女が一人喚き散らす。だがそのまま数歩進んでから立ち止まると、聖女は徐にスクワットを始めた。
「まったく……アンタを倒すのはこのアタシなんだから、他の有象無象に負けたりしたら承知しないからね!」
全力で競い合える初めての相手。小憎らしいその笑顔を思い出しながら、聖女は約束の筋トレを始めた。
「……………………」
「どうしたんだいドルフ? 随分とソワソワしているようだが?」
領主邸、執務室。珍しく落ち着かない様子の護衛に、領主の男が声をかける。すると護衛の男は鎧の下で尻尾を振りながら、主の言葉に答えた。
「いや、何だか急にアプリコット達のことを思い出しましてね。シフの奴が迷惑をかけてないかなぁと」
「ハハハ、あの子達なら大丈夫だろう。そもそもあの子達がホッタルテを旅立ってから、まだほんの数ヶ月じゃないか」
「いやまあ、そうなんですけどね……すみません男爵様、どうも落ち着かないんで、ちょっと体を動かしてきてもいいですかね?」
「構わんよ。あれから護衛も少し増やしたし、そもそもあの時以来町は平穏そのものだからね」
「ありがとうございます! あ、そうだ。それなら男爵様も一緒にどうですか? そろそろ腹回りが気になる頃では?」
「む……相変わらず君は痛いところを突くな。まあ確かに、健康を維持するのも領主としての務めか」
「そうと決まれば、すぐに準備します!」
苦笑する領主に見送られながら、護衛の男が部屋を飛び出して行く。すると屋敷の近くでイモ掘り好きの男女を見かけ、せっかくだからと皆で体を動かすことにした。違う道を歩くことになった同族とその親友達の顔を思い浮かべつつ、護衛の男は領主や領民と一緒に誓いの筋トレを堪能した。
「これは…………」
遙かに高き山の頂。今日も神殿にて祈りを捧げる盲目の聖女は、足下から湧き上がってくる力を敏感に感じ取っていた。
「何と温かく、力強い神気でしょう。それにこれは……アプリコットさん?」
目が見えぬが故に、聖女は気配で人を探る。そして大地から伝わってくる気配は、少し前までここに滞在していた見習い聖女のそれにとてもよく似ていた。
「貴方達のおかげで、私の世界には色が生まれました。ならば私が貴方のために祈ることに、何の躊躇いがありましょう。ああ、偉大なるアマネクテラス様。どうか私のこの祈りを、アプリコットさんにお届けください…………?」
故に聖女は祈る。だがどういうわけか、自分の祈りが件の少女に伝わる気配がない。
「えっと……これは? あ、ひょっとして祈りの作法が違うのでしょうか?」
僅かな戸惑いの後、聖女は跪いて祈る状態から立ち上がり、その場でスクワットを始めた。山奥の一人暮らしなのだから体力がないわけではないのだが、それでも慣れない動きはなかなかに辛い。
「な、なるほど。アプリコットさんはいつもこうやって祈っていたから、あれほどの力があったのですね…………ふぅ、ふぅ」
世界全ての盲目の人々に色を与え、神との邂逅すら叶えてくれた大恩人。そんな少女の強く優しい気配を思い浮かべながら、聖女は息を切らせつつ敬意の筋トレを続けた。
「むむむっ!?」
「どうされましたか姫様?」
王都内、騎士団の臨時指揮所。足下から這い上がってくる気配に、王女が突如ビビビッと体を震わせる。
「いや、何だか急に筋トレがしたくなったのじゃ!」
「き、筋トレですか!? それは……」
「ひょっとしてあの光の球と関係ある?」
「まあ、そうじゃろうな。というかこれで関係なかったらビックリじゃ!」
従者と護衛の言葉に、王女は大きく頷いてスクワットを始める。ここ数日の成果か、そのフォームは実に美しい。
「ほれ、お主達もやるのじゃ! 手隙の騎士達も全員参加じゃぞ!」
「わ、私達もですか!?」
「護衛としては、それはちょっと……」
「いいからやるのじゃ! 妾の勘が、ここが正念場じゃと告げておる! さあ皆の者、神に……真なる筋肉神ムッチャマッチョス様に、筋力を捧げるのじゃあ!」
「「「ハッ!」」」
王女の号令により、その場にいた全員が否応なくスクワットを始める。その大半は「何でこんなことを……」と戸惑いを露わにしていたが、然りとて王女の命令に逆らえるはずもない。
「うぉぉ、妾は頑張るのじゃ! じゃからお主も頑張るのじゃぞ、アプリコット!」
自分の身分に忖度しない、何とも愉快な三人娘。王都の未来を託した少女の顔を思い浮かべながら、王女は信頼の筋トレを続けた。そして――
「これはっ!?」
「アプリコットさんですわ!」
同じく王都の、とある路地。耳と尻尾のついた少女とその背に背負われた聖女の二人が、伝わってくる気配の出所を瞬時に察して足を止める。
「どうする? 戻るか? ここからならすぐに戻れるぞ?」
「いえ、こういう形で伝えてきたということは……きっと答えはこうですわ!」
尻尾少女の提案に、聖女は首を横に振ってからその場でスクワットを始める。筋力にそれほど自信はなかったのだが、何故か今は不思議と力が沸いてきていくらでもできそうな気がする。
「側にいて寄りそうだけがお友達じゃありませんわ。離れていても、私達はずっと繋がっているんですわ!」
「ふむ? 確かに立ったり座ったりするだけなら、ここでやっても戻ってやっても同じなのだ。よーし、ならば我も……む?」
「ウォォォォォォ……コワセ……コワセ…………タンサンヌキ……タイシタモノ……」
そんな少女達の前に、不気味に筋肉を肥大させた男がフラリと姿を現した。はち切れんばかりに全身ムキムキだというのに、何故かひょろりと痩せているような印象を受ける。
「あっ、神殿で見たことのある人ですわ!」
「こっちは我に任せて、レーナはそれを続けるのだ!」
「わかりましたわ! シフさん、それにアプリコットさん……みんなでみんなをお救いするのですわ!」
ずっと旅を一緒にして、幾つもの困難に巡り会い、その全てを一緒に乗り越えてきた親友。いつだって元気いっぱいなその笑顔を思い浮かべて、少女は絆の筋トレを続けた。





