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見習い聖女の鉄拳信仰 ~癒やしの奇蹟は使えないけど、死神くらいは殴れます~  作者: 日之浦 拓
最終章 その毎日にキラキラを

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「神様にお祈りしました!」 前編

「天にまします偉大なる神に、信徒たる我が希う。その信仰をお認めくださるならば……」


 一般的な聖女が<神の奇蹟>を使う時に口にする祈りの言葉を、アプリコットが珍しく唱える。だがそれは途中で途切れ、最後までは続かない。何故なら続けるべき言葉がアプリコットの中にないからだ。


(多くの人を一度に救う力。どうすれば……どんな形に……?)


 神の力は偉大にして絶大。本来ならばその力は、神の本質に沿うものである限りどんな願いも叶えることができる。


 だが、人の身でそんな力は扱えない。ならばこそかつての聖女は「この奇蹟はこういうものだ」という型に嵌めることで奇蹟の力を限定し、誰にでも扱えるように名をつけ定義を作ったのだ。


 しかし今、アプリコットが望むのは前例の無い奇蹟。ならばこそどんな力をどんな風に地上に顕現するのかを、自分のなかで明確に形にしなければならない。それは本来長い時間と厳しい精神修行の果てにのみ可能となる聖女の力の極致とも言えるものだが、そんな難しい理屈などアプリコットには関係ない。


 皆を救う。たったそれだけの単純だが困難な願いを叶えるために、アプリコットは頭の中でひたすらに神の力を形作っていく。


「フッ、フッ、フッ…………」


『……? あの小娘は何をしているのだ?』


「さあね。アタシが知るわけないだろう?」


 知らず、アプリコットはスクワットを始めていた。その様子に黒もやの悪魔が訝しげな声で問いかけ、それをシェリーがすげなく突き放す。もっとも、実際シェリーにもアプリコットが何故スクワットをしているのかなど分からなかったのだが。


 そして分かろうと分かるまいと、事態は動く。目を閉じ祈りの姿勢のままスクワットを続けるアプリコットの体から黄金の光が立ち上り、それがゆっくりと上空へと昇って集まり始めたのだ。


 それは天に浮かぶ二つ目の太陽。輝きがある程度の大きさになったところでスクワットをやめたアプリコットが、カッと目を見開くと上空の光の球に向かって両手を掲げる。が…………


「……くぅ、駄目です。筋力が足りません…………」


「き、筋力!?」


「そうです。王都全域に効果を発揮するには、筋力が……あと少しのはずなのに……っ!」


 シェリーの声に苦しげにそう答えながら、アプリコットが両手を掲げたまま高速スクワットを再開した。だが光の球の大きさに変化はない。このまま筋トレを続ければ何日だって光を維持することはできそうだが、今必要なのはそうではない。


(長く続ける力じゃなく、瞬間的な出力が必要なんだ! でも私にはこれ以上は……どうすれば? どうすれば!?)


『希望の子よ……筋肉の愛し子よ…………』


 焦るアプリコットの内側に、ふと聞き覚えのある声が聞こえた。父のように逞しく母のように優しく、自分を導き包み込むような懐かしい響きにアプリコットはハッと動きを止め、耳と心を研ぎ澄ます。


『……………………』


 しかしそれ以上は聞こえない。未だ未熟なアプリコットでは、神の声を受け取ることはできない。


 だが十分だった。焦りに曇った目は開き、己の内に筋肉神が宿っていることをアプリコットは思い出した。


「そうでした。祈る先は外ではなく内……ムッチャマッチョス様は、いつでも筋肉(わたし)と共に在る……」


 その気づきと共に、アプリコットは三度スクワットを再開した。だが今度は速さを重視するあまりフォームが崩れそうなほど雑になっていた先程までとは違い、深くゆっくりとした動きだ。


 そうして足の筋肉に意識を集中させれば、その動きが手に取るようにわかる。筋肉(いのり)が、筋肉(しんこう)が、筋繊維の一本一本を黄金に輝かせていく。


「届け、この想い! 一日千秋、結実千友! <万理を繋ぐ両の筋脚コネクティブ・リョー・キャク>!」


 上空の光の球はそのままに、アプリコットの両足から大地に輝きが浸透していく。それが最初に繋がったのは、もっとも近くにいる絆の結び主……シェリーだ。


「あん? 何だいこりゃ?」


 大地から伝わる光がシェリーの体に浸透していき、その筋肉が燃えるように熱くうずき出した。その熱は何とも心地よくて、体が筋トレを求めてざわめき始める。


「はー、そういうことかい。この距離なら普通に言えばいいだろうに……ってのは無粋だね。いいよ、協力してやるさね」


『……おい貴様、何をしている?』


 突如としてスクワットを始めたシェリーに、黒もやの悪魔が困惑した声を向ける。


「何って、スクワットだよ。アンタを見張ってる関係上、拳をほどく訳にはいかないからね。ま、アタシみたいなババアの筋力(しんこう)なんぞ、この程度でも十分だろうさ」


『…………???』


「放っておいても、時期にわかるよ。ふふふ……」


 もやの状態ですら戸惑っているのがわかる悪魔を相手に、シェリーが意味深に笑う。教え子を思う愛の筋トレが刻まれていくなか、筋肉の光はどんどん世界に広がっていく。





「フッ、フッ、フッ……」


「ちょっ、いきなりどうしたのベン!?」


 とある町の孤児院。突然スクワットを始めた少年に、友人の女の子が驚きの声をあげる。


「いや、何かふとアプリコットのことを思い出してさ。今日のお祈りをやっとこうかと思って」


「えぇ? いつもみたいに普通にお祈りするんじゃ駄目なの?」


「いやでも、これって筋肉の神様の祠じゃん? ならこうした方がいいかなって。ミーシャも一緒にやらねーか?」


「……まあ、いいけど? あ、どうせなら、みんなでやりましょうよ。アランさんも呼んだら、先生も喜ぶだろうし!」


「ミーシャは相変わらずだな……ならそっちはお前に任せた」


 他愛のない会話を発端とし、孤児院に建立された小さな祠の前に一堂が集まる。大事な家族を助けてくれた恩人とその神様に、彼らは揃って感謝の筋トレを捧げた。





「ねえモリーン。ちょっと走ってもいいかしら?」


「えっ、どうしたのカヤちゃん!?」


 街道を歩く行商人達。突然そんなことを言い出した親友に、傭兵の女性が驚きの声をあげる。


「何だか今、アプリコットちゃんの顔が思い浮かんだのよ。そうしたらどうも体が疼くっていうか、運動したい気分になってきたの」


「へー、珍しい! ってか、まだ別れてからそんなに経ってないのに、ちょっと懐かしいね。あの子達元気にしてるかな?」


「きっとね。次に会うときは成長してるでしょうから、その時に幻滅されないためにも、少し私も体力をつけようかと思った……のかしら?」


「おー、いい心がけじゃん! じゃ、ちょっと走ろっか! ホーエンさーん!」


 雇い主に許可をもらうべく、傭兵の女性が声をあげる。元気な後輩との再会を楽しみにしながら、二人は願いの筋トレを始めようとしていた。





「ねえ、じいや? たまには一緒に運動しないかしらぁ?」


「おや、お嬢様。突然どうされたのですか?」


 とある貴族邸の一室。お嬢様の突然の思いつきに、老齢の執事が首を傾げる。


「何かねぇ、アプリコットちゃん達のことを思い出したのぉ! で、じいやにも元気で再会して欲しいから、体を動かすのはどうかなぁって」


「それは素晴らしいですな。では中庭に参りましょうか」


「やったぁ!」


 笑顔のお嬢様に手を引かれ、老人も一緒に中庭に移動する。見上げた空は青く晴れ渡っており、真冬だというのにまるで春のように暖かい。


「じゃ、まずは体操からねぇ! アプリコットちゃんに教えてもらってから、毎日かかさずやってるのよぉ!」


「それは素晴らしい。是非私にも教えていただけますか?」


「勿論よぉ!」


 無論執事はその体操をよく知っているのだが、そんなことを口に出したりしない。こうして二人で生きられる時間をくれた少女達の顔を思い浮かべながら、お嬢様と執事は希望の筋トレを続けた。

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