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見習い聖女の鉄拳信仰 ~癒やしの奇蹟は使えないけど、死神くらいは殴れます~  作者: 日之浦 拓
最終章 その毎日にキラキラを

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「やるべきことを決めました!」

「あの人達は純粋に貴方に祈り、体を鍛えていただけなのに……自分の信徒に、どうしてそんな酷い事をなさるのですか、メッチャモッコス様!」


『黙れ黙れ! そもそも我はメッチャモッコスなどという名前ではない! どうしてそんな酷い聞き間違えができるのだ!?」


「ええっ!?」


 衝撃の告白をする黒いもやに、エルザが割と大きめな衝撃を受ける。そんなやりとりを横目で見ながら、シェリーは内心歯噛みしていた。


(さて、こいつはどうしたもんかね……)


 悪魔の言っていることは、おそらく正しい。強力すぎる破壊神の力は悪魔を容易く壊せるだろうが、その力が伝播するならただの人間が耐えられるはずがないからだ。


 だが手段がないわけではない。そのヒントは、教え子の土産話のなかにあった。


「アプリコット、アンタならコイツの力だけを打ち消せるかい?」


「あっ、そうですわ! アプリコットさんならできますわ!」


「そうじゃの。ついさっき妾を解放してくれたのじゃから、いけるじゃろ!」


「勿論です! なら早速――」


『おっと、それはやめておいた方が賢明だぞ?』


 張り切って飛び出そうとするアプリコットを、しかし黒もやの悪魔の言葉が止める。


『確かに貴様には、我の力を無効化できるようだ。だが我と繋がっている者達に流れ込む力は、その数が減れば減るほど強くなる。果たして脆弱な人の身で、一体どれだけ耐えられるかな?


 それとも命の重さに優劣をつけて、救うべき者を順番に救っていくか? フフフ、何人救ったところで残りの者がはじけ飛ぶか見物だな』


「うっ……」


「ったく、本当にろくでもないね!」


「バラバラだと駄目なのなら、みんな同じ場所に集めてしまえばいいのではないか? 我がひとっ走りして捕まえてきてもいいぞ?」


「……いや、それも駄目だね。っていうか、むしろそれが狙いかい?」


『さあ、どうだろうな?』


 シフの提案に僅かに考えてから問うたシェリーに、悪魔はやはりはぐらかす。もっともその時点で答えなど出ているようなものだ。


「人を集めたら自爆でもさせて、その隙に逃げようってか? アタシがそれでアンタを見逃すとでも?」


『我は何も言っておらんぞ? だがどうあれ、今すぐ我を解放し我の慈悲に縋る以外に、哀れな者達を救う手段はないのだ。あとは貴様がどのような選択を下すか、それだけの話であろう?』


「……………………チッ。本当に悪魔ってのは、どいつもこいつも回りくどい!」


 苛立ちが頂点に達したシェリーが、近くの壁を殴りつける。すると漏れ出た破壊の力が、半壊していた石壁を砂のように変えてしまう。


「いいだろう、覚悟を決めた。貴い犠牲を強いた責任は、このアタシが墓まで持っていく」


 だがそれにより、シェリーは覚悟を決めた。ギュッと拳を握る姿に、悪魔が初めて動揺を見せる。


『お、おい待て。まさか貴様、聖女の……神に仕える者のくせに、罪もない一般人を見殺しにするというのか!?』


「そうだよ。アタシにできるのは壊すことだけ。一を壊して一〇〇を護り、一〇〇を壊して一〇万を護る! その決意と覚悟があるから、アタシはこの力を使えるのさ!」


『何と愚かで傲慢な考えか! 流石は神に選ばれし者! 命の選別など容易いものであったか! いいだろう、なら我が下僕共も同時に吹き飛ばし、幾千の人間共を道連れにしてくれる!』


「言ってな! 絶対無敵、絶滅拳撃! <災厄を壊す(カタストロフ)――」


「待ってください師匠!」


 今正に破壊の一撃が振り抜かれようとしたところで、アプリコットが声をあげた。すると拳が悪魔を破壊する寸前で止められ、シェリーが訝しげに振り向く。


「何だい? 操られてるのが知り合いだから助けてくれってのは無しだよ? それを言い始めたら、本当にアタシは聖女じゃなくなっちまうからね」


「そうじゃありません! そうじゃなくて……まだ私にはできることがあるはずなんです! だからここは、私に任せてもらえませんか?」


「うん…………?」


 真剣に訴えてくるアプリコットの顔を、シェリーはまっすぐに見つめる。そこには自分と変わらぬ決意と覚悟が浮かんでおり、犠牲が許容できないからと何も考えずに引き留めているお花畑(バカ)ではないと感じられた。


「……アタシにはわからないけど、他の手段があるっていうなら、止める理由もないさね。でもそう長くは待てないよ? こんな外道、放置するのも危ないからね」


「大丈夫です! それじゃアンちゃん……アンちゃんでいいですか?」


「無論じゃ! 今更『へへー』とされても困るからの!」


 アプリコットの問いに、アンが戯けた調子で言う。いつかのお茶会を思い出して互いに笑顔を浮かべると、アプリコットが要望を告げた。


「師匠の提案通り、アンちゃんは騎士団の人と一緒に操られている人達を取り押さえてください。ただ、できるだけ怪我はさせずにいてくれると嬉しいです」


「うむ、よかろう! 聞いたな皆の者! 相手は悪魔に操られているとはいえ、兵士ですらない一般人じゃ! まさか栄えある王国騎士ともあろう者が、怪我をさせねば捕らえられぬなどとは申すまいな?」


「まさか! お任せください王女殿下! 総員、駆け足! 各所と連携して該当者を探し出し、捕縛せよ!」


「「「ハッ!」」」


 アンの言葉に奮起した騎士達が、一斉に動き出した。それを見て満足げに頷いたアンが、改めて部下二人に声をかける。


「よし、では妾達も行くぞ! いや、それとも一度は操られた身として、この場に残った方がよいのか?」


「いえ、そのまま行ってください!」


 アンの懸念を、アプリコットがキッパリと否定する。死神すらも殴れる拳が、エルザを介して使われた力程度を消し飛ばせないはずがないと確信しているからだ。


「む、そうか。ならば巻き込まれて足を引っ張っては適わぬ! メアリー! ミミ!」


「お任せください姫様。騎士団の臨時指揮所がありますので、そちらまでご案内致します」


「道中の護衛は任せてください」


「流石じゃな。ではアプリコット、それにレーナとシフも、全て終わったならばまた会おう! 今度は最高に美味いお茶とお菓子を用意しておくからな!」


「フフフ、それは楽しみです!」


「期待しておりますわ!」


「ママを忘れてはいかんのだぞ!」


 三人の要望に任せろと親指を立てて応えたアンが、お供を引き連れ足早に撤退していく。すると今度はレーナ達がアプリコットに声をかけてきた。二人の顔にもやる気が満ちており、フンフンと鼻息も荒い。


「アプリコットさん! 私は? 私はどうすればいいんですの?」


「我もだ! どうすればいいのだ?」


「ではレーナちゃんとシフも、操られている人の保護をお願いできますか? シフなら問題無く取り押さえられると思いますし、もし怪我をした人が出たとしても、レーナちゃんが一緒ならすぐに癒やせますから」


「うむ、わかったのだ! では行くぞレーナ! レーナ?」


 大きく頷いたシフがレーナをおんぶして移動しようとするも、レーナはアプリコットの方を心配そうに見つめて動かない。


「アプリコットさん……本当にお一人で大丈夫なんですか?」


「ハハハ、一人じゃありませんよ。一番危ない相手は師匠がしっかり押さえてくれてますし、それに……」


 そこで一旦言葉を切ると、溢れんばかりの想いを込めて、アプリコットがニッコリと笑う。


「離れていたって、私達は繋がっています。そうじゃありませんか?」


「……っ! ええ、ええ! その通りですわ! 隣の町でも隣の国でも……たとえアプリコットさんが違う世界に行ってしまったとしても、私達はずっとずっと繋がってますわ!」


「我とアプリコットとレーナは、みんなずっと友達なのだ!」


「そういうことです。だからお願いします」


「わかりましたわ! なら操られている人のことは、私達にお任せですわ! アプリコットさんも、頑張って!」


「はい!」


「では行くぞレーナ!」


「はいですわぁぁぁぁ……っ!?!?!?」


 シフにおんぶされたレーナが、あまりの速さに声を伸ばしながらその場から去って行く。そうして友の姿を見送ると、アプリコットは黒もやの悪魔に向き直る。


『ククク、未熟な小娘が一体どんな悪あがきをするつもりだ?』


「すぐにわかりますよ。私の……いえ、本当の神様の力を見せつけてあげましょう!」


 心の中で拳を握り、アプリコットは静かに祈り始めた。

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― 新着の感想 ―
[一言] あら最終章 筋肉神様は先読み降臨したのかなあ
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