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見習い聖女の鉄拳信仰 ~癒やしの奇蹟は使えないけど、死神くらいは殴れます~  作者: 日之浦 拓
最終章 その毎日にキラキラを

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「悪巧みの詳細を聞きました!」

『クハハハハ……我を偽神と揶揄するか。聖女とおだてられ、人間風情が思い上がったものだ』


 アプリコットの宣言に、黒いもやから笑い声が漏れる。なお偽筋(ニセキン)の方は華麗にスルーされたらしい。


「そうよアプリコットちゃん! 私がこうなったのは私自身のせいで……メッチャモッコス様は、私に声をかけて助けてくれたのよ!?」


 それに加え、エルザもまたアプリコットの言葉に異を唱える。だがそんなエルザに、アプリコットは大きく首を横に振ってから声をかける。


「そもそもそれがおかしいんです。エルザさんはエルザさんですけど、でも体は男の人なわけですよね?」


「え、ええ。そうね……」


 少しだけ小さな声で、エルザが答える。吹っ切れたとはいえその言葉に僅かな恐怖を感じてしまうが、本来の自分の体が男であることは否定しようのない事実。そしてそれこそが決定的な問題点だ。


「だったら、神様の声が聞こえるはずがないんです。聖女に……神様の声を聞き、神様のお力を借りられるのは、女性だけですからね」


「そうじゃのぅ。魔王のせいで神が地上を去ってから幾千年、神の加護を与えられた男ならまあまあいるが、声を聞いたという男はただの一人とて存在せん」


「一説には、男性の宿す魔力と神の力が反発するからだと言われておりますね」


 アプリコットの言葉を、少し離れたところから事の成り行きを見守っていたアンとメアリーが補足する。外付け、後付けの加護ならば男性でも得られるのだが、己の内から神の力を呼び起こすのは女性しか無理だというのは世界の常識であり、そこに例外が生まれたことなど歴史上一度も無い。


 そしてそれは、心ではなく体の問題。内心はともかく生物としての男と女の違いは常に明確であり、エルザの体が男である以上、神の声を聞いて奇蹟の力を顕現するのは絶対に不可能なはずなのだ。


「と言う訳なので、エルザさんが世界で初めての神様の声を聞いた男の人と考えるよりは、この黒いもやが神様じゃないと考える方が自然なんです」


「じゃ、じゃあメッチャモッコス様は……私を救ってくれたのは、一体何だって言うの!?」


「――悪魔」


 叫ぶエルザに、ミミが静かにそう告げる。その目が見据える先では、黒いもやが変わらずユラユラと揺れ動いている。


「あ、悪魔ですの!? でも、悪魔はずっと昔に勇者様によって全部倒されたんじゃ……?」


「違う。世間には伏せられているけど、悪魔はいる。魔王が死んで魔界への道が封じられたから弱体化したけど、それでも――」


『死んでなどおらぬ!』


 ミミの言葉を遮って、黒いもやから荒ぶる声が響く。


『魔王様は死んでなどおらぬ! そも我らの力をかすめ取っただけの人間如きが、我らの王たる存在を殺せるわけがないではないか! 忌々しい神の封印さえなくなれば、魔王様は再びこの地に顕現なされることだろう!』


「何じゃ、ちょっと挑発されただけで自白とは、随分と安い神モドキじゃのう?」


『うるさい! 黙れ! 人間風情が魔王様のことを軽々しく語るな!』


「そ、そんな……それじゃ、私は……私が信じていたものは…………」


 尊大な態度から一変、激しく感情を露わにする黒いもやに、エルザが愕然とした声を出す。そんなエルザにそっと触れてから、アプリコットは改めて黒いもやに話しかけた。


「一体貴方は、エルザさんを利用して何をしたかったんですか?」


『知りたいのか? ならば戯れに教えてやろう……実験だ、我らが神になれるのか、のな』


「か、神様になる!? そんなことできるんですの!?」


『できるかはわからぬ。だから試したのだ。心の弱った人間に近づき、我を神として崇めさせる。そうして信仰を集めれば、果たしてどうなるのか? そのために対象が我を存在しない適当な神として認識するようにした結果、筋肉神などという訳の分からぬ神にされてしまったのは計算外だったが……』


「むぅ、筋肉神様は訳の分からない神様なんかじゃないです!」


 黒いもやの言葉に、アプリコットが頬を膨らませて抗議の声をあげる。すると黒いもやが、まるでため息でも吐いたかのようにゆらりと揺らいだ。


『そう、それもまた計算外だ。まさか筋肉神などというふざけた神が実在するとはな。


 我に集まった信仰は未だ微々たるもので、神の封印を解くには全く足りない。それでも神になれるのであれば時間をかけて力を集めることもできたが、筋肉神が空位ではなく、既に本物の神が居座っているとなれば成り代わるのは不可能に近い。


 つまり、結果論とは言え我の計画はこの哀れな男を選んだ時点で失敗していたのだ……実に無念だ』


「何じゃ、降参するのか? 諦めて縛につくというのであれば、アレスタリア王国第三王女として、最低限の便宜くらいは図ってやるぞ?」


「姫様、それは――」


『クッ、ハッハッハ! 我を捕らえようとは、何と傲慢な人間だ! そして……何と愚かな人間共だ。我が何の意味もなく、こんな無駄話をしていたとでも思っているのか?』


「まさか。じゃが時間稼ぎはお互い様じゃろう?」


「いたぞ!」


 嗤う悪魔に、笑う王女。そこに現れたのは、武装した騎士達。アンがここにいることはちゃんと周知されていたのだから、あんな爆発があった上に周囲から丸見えになっている今、配置していた騎士達が動かないはずがないのだ。


「王女殿下、ご無事ですか!?」


「うむ! 状況はどうなっておる?」


「近隣の住民の避難は完了しております! ご指示があれば、いつでも戦闘可能です」


 アンの問いかけに、騎士の一人が答える。元々この周辺にはあまり人が住んでおらず、少ない住人も近くで爆発が起きたとなれば、厄介ごとに巻き込まれまいと一目散に逃げ出している。そのうえで町の衛兵ではなく城の騎士がやってきたとなれば、取るものも取らず避難するのは当然なのだ。しかも……


「おいおい、こいつはまた随分とクサいのがいたもんだ」


「師匠!」


 騎士達の隙間を縫って歩み出てきたのは、一九〇センチの身長とムキムキの筋肉を身に纏う大女。見知った相手の登場にアプリコットが声をあげ……だがそれより激しい反応をエルザが示す。


「何て凄い筋肉なの!? しかもあの体つきで聖女……女性!? 信じられない! え、まさかあの人が筋肉神ムッチャマッチョス様なの!?」


「違いますよ! あの人は私の師匠で、ああ見えてごく普通の聖女様です!」


「『ああ見えて』ってのはどういう意味だい!? ったく……」


 ちょっと自慢げに言うアプリコットに軽く突っ込みを入れてから、シェリーは改めて空に浮かぶ黒いもやを見る。ただよってくる粘り着くような魔力は、間違いなく悪魔のものだ。


「にしても、こんな近くにこれだけの存在がいて気づかないとは……アタシも耄碌したもんだ」


「シェリー殿! どうやら此奴は、直前まで神として崇められていたようなのじゃ!」


「神!? そいつはまた……」


 アンからの報告に、シェリーは苦い表情を浮かべる。神と悪魔の力は反発し合う。ならば悪魔としての本体を信仰の力で覆い隠せば、気配を誤魔化すことができそうだと思ったからだ。


 そして実際、シェリーはこの悪魔の存在に全く気づかなかった。となれば今後、世界に紛れている悪魔を探す行為には今まで以上の苦労がつきまとうことになる。


「あー、また厄介ごとを増やしやがって! まあいいさ、少なくともアンタはここで終わりだよ」


『シェリー・ブロッサムか……残念だが、それは無理だと思うぞ?』


「へぇ? このアタシが、アンタ程度に勝てないとでも?」


 ニヤリと笑ったシェリーが、その拳を固く握りしめる。だが破壊神の力の宿った拳を前にしてなお、悪魔の声に動揺は見られない。


『いや、正面切って戦えば、我に勝ち目はないだろう。だがそれは同時に、貴様にとっての敗北となる』


「……? どういう意味だい?」


『こういうことだ……さあ目覚めよ、我が力を受けし奴隷(しんと)共よ!』


 瞬間、王都の様々な場所から黒いもやが立ち上り、それが大本たる悪魔のもやへと繋がっていく。その動きにシェリーは即座に悪魔を殴り倒そうとし……だが直前で拳を止めた。


「……何だか嫌な予感がするね」


『正解だ。今の我は、我が神殿に通っていた者達と繋がっている。もし貴様が我を倒せば、その破壊の力は全員に伝播し、ただ体を鍛えていた罪もない人間共まで一緒に壊れることだろう。


 さあどうするのだ? 破壊の聖女よ。我と共に無辜の民を皆殺しにし、殺戮の聖女の二つ名でも手に入れてみるか?』


「……チッ、本当にお前達は、ろくでもないことしかしやしないよ」


 勝てずとも負けない。最悪の人質戦法をとる悪魔に、シェリーは舌打ちをして悪態を吐き捨てた。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] <理を砕く左の怪腕>なら悪魔とのリンクを解呪までは流石に無理として、最低限一時阻害くらいは可能でね? ……死神様さえ殴れるんだし、多分w
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