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見習い聖女の鉄拳信仰 ~癒やしの奇蹟は使えないけど、死神くらいは殴れます~  作者: 日之浦 拓
第九章 突撃! 隣の筋肉神殿

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間話:エルザという人生

 聖女エルザ……エリオットは、その大柄な体に見合わぬ内気な少年だった。同い年の子供より頭一つは大きい体つきをしながら何処かナヨッとした雰囲気を感じさせる性格は微妙に気味悪がられ、虐められこそしないまでも、誰かと仲良くなることもなかった。


 そんなエリオットの悩みは一つ。それは生まれながらに自分の中にある違和感に、どうしても折り合いがつけられないことだ。


(どうして僕は、女の子じゃないんだろう……?)


 可愛いものと格好いいものなら、可愛いものが好きだった。木の枝で剣士ごっこをするより、花を摘んで冠を作る方が楽しかった。素敵なお化粧をして可愛らしく着飾って、町の中を歩いてみたかった。


 だがそれが許されるのは、精々四歳くらいまでだった。周囲から向けられる「お前は男だ」という当たり前(きめつけ)に、エリオットの心は自由を失い縛られていく。それがとても窮屈で……でもだからといって、反目しようとも考えられない。エリオットの冷静な部分は、そんなことをすれば酷く迫害され、また家族にも迷惑がかかると理解してしまっていたからだ。


(嫌だ、嫌だ! 僕は男じゃない! 女の子なのに……!)


 埋められない意識の差。それを常識と理性が何とか押し込めようとするが、生まれ持った魂の形は変えられない。ならばどうすればいいか? エリオットが選んだのは、ひたすらに体を鍛えることで、その辛さに全てを忘れることだった。


「フッ、フッ、フッ、フッ…………」


 来る日も来る日も、エリオットは体を……筋肉を鍛え続ける。そうしている間だけは、自分が男か女かという悩みを忘れることができた。だが同時に、そうして鍛え上げた体は更に自分を苛んでいく。


「エリオットは随分と男らしい体つきになったなぁ」


「ははは、ありがとうございます……」


 パンパンと背中を叩いて褒めてくれる近所のおじさんに、成人を迎えたエリオットは引きつった愛想笑いをしながら答える。逃避のための筋トレが自分をより男へと近づけ、周囲からの「男性としての評価」を高めていく。


 故に鍛える。それを忘れるために、更に激しく鍛える。そして褒められる。讃えられる。一八歳となった筋肉ムキムキの大男を、男らしい、頼もしいと笑顔で賞賛する。


 逃げるために鍛え、鍛えたせいで逃げられなくなる。そんな悪循環にエリオットの心は悲鳴をあげ続け、遂には秘密の鍛錬場にて、エリオットは盛大に吐いた。酸っぱい匂いを嗅ぎながら目に一杯の涙を浮かべ、誰も悪くない理不尽に歯を食いしばって耐えるその時……エリオットの頭の中に、神の声が響いた。


『それほどまでに女になりたいか?』


「えっ!? だ、誰!? 何これ、頭の中に声が……!?」


『もう一度だけ問おう。お前は女になりたいか?』


「な、なりたい! 僕は女に…………違う。僕はそもそも女なんだ! だから僕は……女に戻りたい(・・・・)!」


『そうか。ならばその願い、叶えてやろう』


「やっ! あっ!? ぐっ、うぅぅ…………っ!?」


 その瞬間、エリオットの体中を不思議な力が駆け巡った。全身をグネグネとこねくり回され、自分の体が何者かによって作り替えられていくのを感じる。その不快な感触にエリオットはギュッと目を閉じて必死に耐え……


『終わったぞ』


「…………あっ」


 目を開けた時、エリオットの手はゴツゴツした大きなものではなく、女性らしいほっそりしたものになっていた。それは手だけではなく、腕も足も全てが細くなっている。おまけに胸は盛り上がり、股間からはあるべきものがなくなっている。


「女だ……女の体だ……僕、本当に女に……?」


『そうだ。だが今はまだ、我が力によりその状態を維持しているだけに過ぎない。我への信仰を疎かにしたり、我の与えた奇蹟をみだりに人に告げたりすれば、お前はたちどころに元の男に戻ることだろう。


 そしてお前が真に女になることを望むなら、我を崇める信徒を増やせ。さすれば我の力は増し、お前は正真正銘の女となるだろう』


「わかりました。なら僕の……いえ、私の全てをかけて、貴方様を崇めさせていただきます。ああ、偉大なる我が神、筋肉神メッチャモッコス様!」


『きっ!? あー…………うむ。期待しているぞ、我が聖女よ』


「はい!」


 こうしてエリオットはエルザとして生まれ変わった。突然息子が行方不明になってしまった両親のことは心が痛んだが、然りとて神との約束がある以上、自分がエリオットだと名乗り出ることもできない。


 なのでそこは心苦しくても割り切り、エルザは近くの教会に出向くと、「神の声を聞いて森の中で目覚めました。過去の記憶は何もありません」という強引な手段で押し切り、見習い聖女としての生活を歩み始めることとなった。


 無論、その後の道のりは決して容易くはなかった。そもそも当時のエルザは一八歳。見習い聖女になるには随分と年上であったし、普通の聖女ならば当たり前に使える<癒やしの奇蹟>などの一部の奇蹟が何故か使えないなどの問題もあったが、そこは持ち前の根性で乗り越えていく。


 自分が女として扱われる喜びが体中から滲み出ているエルザは周囲の人々から極めて好意的に受け入れられ、結果として二年ほどでエルザは正式な聖女と認められた。そしてその日の夜。お祝いにと初めてあてがわれた個室で神に祈りを捧げるエルザの脳裏に、あの日以来の神の声が響いてくる。


『我が聖女よ……』


「メッチャモッコス様! ああ、遂にお声が!」


『うむ。お前が聖女として認められたこと、我も嬉しいが……しかし、信仰が足りぬ』


「それは……申し訳ありません。できるだけの布教はしておりますし、筋肉も鍛え続けているのですが……」


『足りぬ。全く足りぬ。足りぬ故に……我が力を使い、信徒を増やすのだ』


「メッチャモッコス様のお力ですか? それは…………っ!?」


 瞬間、エルザの頭の中に新たな力の使い方が降りてくる。だがそれは明らかに正しいものではなく、故にエルザは激しく戸惑う。


「ど、どういうことですか!? このような力の使い方をしては……」


『構わぬ。我が信徒を増やすことに比べれば些事である。我を崇めよ、我を讃えよ。その信仰の力が足りねば……お前は再び元の姿に戻ることになる』


「っ……!」


 その言葉に、エルザは息が止まるほどの衝撃を受けた。やっと手に入れた平穏な日常を失い、かつての異常な日々に逆戻りする……そう考えただけでエルザの体は震え、こみ上げてきた吐き気に思わず口元を押さえてしまう。


『許す』


 そんなエルザのなかに、甘い神の声が響く。


『どんな非道も我が許す。どんな不法も我が認める。神たる我の導きに従うことこそ聖女の使命。為すべきを為し、果たすべきを果たせ。己のために、我のために、崇高なる神の意志を地上に広めるのだ』


「…………わかりました」


 ほんの僅かな逡巡の後、エルザは覚悟を決めて顔をあげた。


「どんな手段を使っても、どんな犠牲を払っても、この世界に筋肉の素晴らしさを広めてみせます!」


『……いや待て。筋肉云々ではなく、我を崇める信徒を――』


「大丈夫です! 筋肉の素晴らしさが広まれば、すぐに信徒も集まります! そうですね、まずは王都の近くに大人数が集まって筋トレができるような神殿を建てて、そこに人を集めることから始めましょう! そのためには上層部の方に、筋肉の素晴らしさをわかってもらう……わからせる(・・・・・)必要がありそうですが。


 他にはやはり、手軽に筋肉を身につける手段が必要でしょうか? 体だけでなく心の方も鍛えなければ本物の筋肉は身につきませんが、まずはお試しマッチョということで……何事も体験してみなければわかりませんものね」


『う……む…………ま、まあ頑張るのだ、我が聖女よ』


「お任せくださいメッチャモッコス様! 必ずや貴方様を、世界で一番有名な神にしてみせます! 世界皆筋肉です!」


『……………………期待しているぞ』


 プツリと神との繋がりが途切れ、エルザのなかに炎が灯る。こうしてエルザの布教は激しさを増し……だがその日、全く予期していない形でその野望は終わりを迎えることとなった。

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