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見習い聖女の鉄拳信仰 ~癒やしの奇蹟は使えないけど、死神くらいは殴れます~  作者: 日之浦 拓
第九章 突撃! 隣の筋肉神殿

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名乗りを聞きました!

「エルザさん!? どうしてエルザさんがここに!?」


「アプリコットちゃんこそ、何でこんなところに?」


「むぐぅ! 何だここは、滅茶苦茶クサいのだ!」


「メアリーさん、今お姫様って……あっ!?」


「姫様!」


「あ、馬鹿! メアリー!?」


 一気に場が騒然とするなか、メアリーがその全てを無視してアンに駆け寄る。幸いにしてエルザがメアリーを阻むことはなく、数歩の距離を無傷で詰めたメアリーだったが、まるで骸か人形のように動かないアンを見ると、目に涙を一杯に溜めてその小さな体を抱きしめた。


「ああ、ああ! 何と、何とお労しい姿に……私に戦う力があれば、姫様をこのような姿になどさせませんでしたのに……」


(おうおう、済まぬのうメアリー。心配かけて悪かったのじゃ)


「む。メアリー、ちゃんと報告はしたはず。確かに動けないけど、姫様は……」


「お黙りなさい! 姫様、すぐにお助けを……そこの女、今すぐ姫様を元に戻しなさい!」


「い、嫌よ! いきなりこんなに人が増えて……こうなったら仕方ないわ。姫様を助けて欲しかったら、全員私の力を受け入れなさい!」


 最初はそんなつもりなどなかったが、事ここに至ってはそうでもしなければここで終わってしまう。焦ったエルザの脅し文句にメアリーやミミがエルザを睨み付け、レーナが混乱し、シフが鼻を摘まんで嫌そうな顔をするなか。唯一アプリコットだけは素早くアンの元に移動すると、その様子を観察してから小さく呟いた。


「ふむ、体は問題無さそうですね。となると……見敵必殺、拳撃必滅! 我が拳は信仰と共に在り!」


「えっ!? アプリコットさん、何を――」


「盛者必衰、常識失墜! <理を砕く左の怪腕バニシング・サー・ワン>!」


「や、やめっ!?」


(何じゃいきなり!? うひゃあ!?)


 突如として聖句を唱えて左手を振りかぶったアプリコットを、メアリーが慌てて止めようとする。だがアプリコットの拳は無慈悲にも動かぬアンに振り下ろされ……そして次の瞬間。


「……あ、あれ? 痛くないのじゃ? って、えっ!?」


「姫様!?」


「おお、動く! この身が自由に動くぞ! それに声も!」


「そんな、どうして!?」


 自由を取り戻したアンにメアリーが再び泣いて縋り、その様子にエルザが驚愕の声をあげる。堂々と振り向きながらそれに答えるのは、当然アプリコットだ。


「私の左腕の筋肉は、死神様だって殴れるんです! アンちゃんにかけられた力を殴って壊すなんて楽勝ですよ!」


「そんな滅茶苦茶な!?」


「それをお主が言うのか!?」


 笑顔で宣言するアプリコットにエルザが叫び、それにアンが更に叫んで突っ込む。


「他人の筋肉を意のままに操るなど、そっちの方が大概じゃろ!」


「で、でも、私のはちゃんと筋肉神の力っぽいじゃない! 何でも殴って壊すなんて、筋肉じゃなくて暴力よ! どっちかって言うなら破壊神とか、そっちの方の管轄じゃないの?」


「うぐっ!? いや、ほら、そこは解釈の違いというか……そういうのをいい感じに使い分けるのが真の筋肉なんです!」


「そんな都合のいい解釈なんて……」


「もう一回言うぞ! お主がそれを言うのか!?」


「あのー! ちょっといいですかー!」


 ワチャワチャし始めた場に、今度はレーナの声が響き渡る。全員が動きを止めてレーナの方を見ると、多数に見つめられたレーナが一瞬ウッと身を震わせるも、スーハーと呼吸を整えてから改めて話し始めた。


「ふぅ……その、色んな事が分からなすぎるので、まずは状況を整理したいのですわ! なので……アンさん!」


「む? 何じゃ?」


「アンさんはその……お姫様なんですの?」


 目の前の問題を一つずつ解決していきたい。その最初にちゃんと質問に答えてくれそうなアンを選んだレーナの問いに、アンは「そうじゃ!」と普通に答えようとして……だがその脳裏に雷鳴が閃く。


「ハッ!? ミミ、メアリー、今じゃ! 今こそあれをやるぞ!」


「姫様? あれというと……あ、ひょっとして以前に練習したあれですか?」


「むぅ、正直気が進まない……」


「いいからやるのじゃ! ほれ行くぞ! さあ皆の者、妾達の名乗りをとくと聞くがいい!」


 素晴らしくいい笑顔で宣言するアンの姿に、メアリーはそっと横に寄り添って立ち、ミミは近くの壁に背をつける。するとミミの姿が壁と同化するように消えてしまい……だがすぐにもう一度姿を現すと、胸の前で短剣を十字に交差させた構えをしたミミが名乗る。


「…………壁にミミあり」


 それを受け、今度はメアリーがアンの隣で料理をするように手を動かしながら名乗る。


「小事にメアリー!」


 そして最後にクワッと目を見開いたアンが、胸を張りながら堂々と名乗りをあげる。


「そして妾がアンナマリー! アレスタリア王国第三王女、アンナマリー・アレスタリアなのじゃー!」


「はわっ!? アンさんが本当に王女様でしたわ!?」


「ミミが壁から出たり消えたりしてるのだ!?」


「おおー! 何だか口に出して言いたくなる響きです!」


 その名乗りにレーナとシフが驚きの声をあげ、アプリコットはパチパチと拍手をしながら感想を述べる。するとアンは嬉しそうにアプリコットの手を取ると、軽く興奮しながら話しかけた。


「そうじゃろそうじゃろ! アプリコットならわかってくれると思ったのじゃ!」


「ですよね! ついつい口ずさみたくなる魅力があります! レーナちゃんもそう思いませんか?」


「え? ええ、そう言われるとそんな気がしますわね」


「確かにちょっと格好いいのだ! ならば我達もそういう名乗りを考えた方がいいのだ! 最強の我に相応しいやつが欲しくなってきたぞ!」


「うむうむ、ならばいずれみんなで考えようではないか! まあ妾達の名乗りには勝てぬじゃろうがな!」


「えー、そんなことありませんよ! 私達だってきっと素敵な名乗りが――」


「ね、ねえ! ちょっと! 私のこと無視して、何盛り上がってるのよ!」


 きゃいきゃいと楽しげに話し始めるアプリコット達に、一人流れに取り残されたエルザがたまらず声をかける。それに顔だけ振り向いて答えるのは、今回もアプリコットだ。


「ああ、すみませんエルザさん。エルザさんも何か素敵な名乗りを考えますか? 筋肉頂上決戦マッチョマックスマウンテンで使えそうなやつとか」


「それは確かに欲しいわね……じゃなくて! 何で!? 何でこの状況で私を無視できるわけ!? 私、そこの王女様を攫って、護衛の人と戦ってたのよ!?」


「む、そうだった」


 その言葉にメアリーがサッとアンを背後に庇うように隠し、ミミが剣を手に構えを取る。そうして場に緊張感が戻るが、アプリコットはそれを一切気にした様子もなく、ごく普通にエルザに声をかける。


「何故って言うなら、エルザさんがそんなに悪い人には思えなかったから……ですかね?」


「はぁ? 何でよ!?」


「だって、ああして話している最中だって、私達を不意打ちしたりしなかったじゃないですか。私やシフはともかく、どうしてレーナちゃんを捕まえようとしなかったんですか?」


「えっ!? それは…………」


 アプリコットの指摘に、エルザは虚を突かれたような表情をする。確かに今考えれば、そうすればひとまずこの場で優位に立ち回れたはずだ。なのにどうしてしなかったのかと言われれば……


「きっと、そんなこと思いつきもしなかったんですよね。だからエルザさんは、私達に普通に声をかけちゃったんです。アンちゃんを人質にするって台詞も焦ったから言っちゃっただけで、そこまで本気じゃなかったのでは? だって、別に捕まえていなくても、声をかけるだけでアンちゃんを操れたんですよね?」


「あっ…………」


 そう言われて初めて、エルザはその事実を認識した。もし本当に手段を選ばず自分が生き延びることを優先したなら、「抵抗したら王女を自殺させる」とでも宣言すればよかったのだ。


 だがエルザにはそんな発想はなかった。言われたとおり、考えつきもしなかった。そんな自分の甘さを思い知らされ、エルザの体からフッと力が抜けていく。それを見たアプリコットは、努めて穏やかな声で言葉を続けた。


「だから教えてください、エルザさん。貴方は一体、ここで何をしてたんですか? 何を目指して、どういう思いで行動してたんですか? これからどうなるにせよ、私はもっとちゃんと、エルザさんのことを知りたいんです」


「それは……でも、私は…………」


「なあなあレーナ。我は初めて会うのだが、そいつは聖女なのか?」


 迷うエルザを前に、シフが空気を読まない気楽な感じで側にいたレーナに問いかける。


「ちょっと、シフさん!? 今はそういう空気じゃ……確かにあの人は聖女様ですわよ」


「そうなのか……でも、それはおかしくないか? 聖女っていうのは、女しかなれないんだろう?」


「へ? そうですけれど……それが何か?」


 キョトンとするレーナに、シフはエルザの方を見てから告げる。


「でも、あいつは男だぞ?」


「「「えぇぇぇぇぇぇぇぇ!?!?!?」」」


 シフの爆弾発言に、シフとエルザを除いた全員の叫びが重なった。

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