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見習い聖女の鉄拳信仰 ~癒やしの奇蹟は使えないけど、死神くらいは殴れます~  作者: 日之浦 拓
第九章 突撃! 隣の筋肉神殿

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間話:無言の報告

「……………………」


 その日の夜。攫われてきた……実際には自分で歩いてきたわけだが……家の小部屋にて、アンは壁にもたれかかってボーッと座っていた。と言っても、別に乙女の尊厳が間に合わずに絶望しているわけではない。単に未だに体の自由が戻らないだけである。


(何というか、随分と上手くできておるのじゃ……)


 内心のアンがどれだけジタバタしても動かなかった体だが、ちゃんと我慢の限界が来る前に自主的にトイレに行ってくれた。おまけに喉が渇けば水を飲むし、お腹が空けば食事もする。そして今部屋の片隅でボーッと座っているのは、おそらくまだ眠くなってはいないからなのだろう。


(自分で自分の世話ができるうえに、泣き叫ぶことも逃げ出すこともない。これほど拉致監禁に最適な手段があるとは驚きじゃが……一体どういう仕組みなんじゃろうな?)


 考える事しかできない以上、考える時間は幾らでもある。眼球も動かず目も瞬き以外では閉じないために、正面の壁をジッと見つめながらアンは思考の海に潜り続ける。


(単に体が動かないというだけなら、毒が一番可能性が高そうじゃ。あの時話しかけてきた男達の手か、あるいは手渡された銅貨に毒が塗られており、それが妾に影響した……じゃがあれほど短時間触れるだけでこんな効果を発揮する毒が存在していたら、とっくに世界中で大問題になっておらぬはずがないのじゃ)


 末席とは言え、アンは歴とした大国の王女だ。そこまで致命的な毒が存在しているなら必ずその情報が知らされ、また対策を取らされているはずだ。だがこんな毒の話など、アンは聞いたことがない。


(いや待て、ならこれはそういう毒の実験ということか? 筋肉ムキムキになるのはあくまでも副作用で、人をある程度自在に操れるうえに、事が終われば記憶が消える毒……いかん、もしそうであるなら、もはや子供の誘拐どころの話ではないぞ!?)


 所詮は妄想、想像でしかないが、可能性はゼロではない。アンの中に急速に焦りが広がるが、かといって体の自由が戻ってくるわけではない。やきもきしながら頭の中で叫び声をあげていると……不意に正面の壁がじわりと滲み、そこから見覚えのある人影が現れた。


「……姫様」


(おお、ミミ! 実によいタイミングじゃ! 今すぐ妾を攫ってここを出るのじゃ!)


「失礼します」


(うむ、よいぞ! さっさと……うぬ? お主何をしておるのじゃ?)


 現れたミミが、アンの体にそっと触れてくる。そうしてひとしきり頭や腕を撫で回すと、ミミが手を離して言葉を続けた。


「やっぱり。町中を歩いていた時から推測はしてたけど、見知らぬ他人が現れても、話しかけて軽く触れても暴れない……でも強引に連れて行こうとすると、多分抵抗するようになってると思います」


(おぅ、そうじゃな? 言われてみればその通りじゃ。うむうむ、流石はミミ、慎重じゃのぅ)


「私には今、姫様がどんな状態になっているのかわかりません。だから何か……ほんのちょっとでもいいので、反応できませんか?」


(やってみよう。むむむむむ…………っ!)


 ミミの嘆願に、アンは体の至る所に力を入れてみる。だが全身どこもかしこもピクリとも動かせない事実は変わらない。


(はふぅ……すまぬ、やはり無理なようじゃ。本当に一体どうなっとるんじゃ?)


「……反応なし。こうなると姫様の意識があるのかもわからない。でも今は、ひとまずこちらの声が聞こえているという前提でお話します。


 メアリーから連絡があって、既にいつでも騎士団が動けるように手はずが整っていますが、今はまだ何もしていません。というのも、現状おそらく犯人の側に、姫様が姫様であるとばれていないからです。


 大仰に騎士団を動かしたりしたら、流石に犯人も姫様の身元を探るでしょう。そうして王女だとばれた場合、人質として利用される可能性が急激に高まるので、それは最後の最後、詰めの段階で……と考えています」


(む、そうか。まあいいのではないか?)


「それと、今すぐ姫様をお助けすることはできません。というのも姫様の今の状態が、我々にはどういうものかわからないからです。


 ただ、今までの経緯からして、犯人側には姫様を元の状態に戻す手段があるはずです。なのでその手段をこちらで手に入れるまでは、申し訳ありませんが我慢していただく必要があります」


(ふむふむ、それももっともじゃな。よいぞ、妾のことは気にせんでも平気じゃ!)


 深刻そうな顔をするミミに、アンは内心で微笑みながら言う。実際この状況は不便で不快ではあっても、苦痛を伴うようなものではない。前例で拘束期間は最長でも一〇日ほどだと判明していることもあり、アンは十分耐えられると踏んでいた。


 もっとも、そんなアンの気持ちがミミに伝わるはずもない。普段は意識して表情を消しているミミの顔に、僅かに怒りが滲み出るのをアンは感じる。


「ですが、姫様の身にこれ以上直接的な害が及ぶようであれば、話は別です。その場合は姫様の身柄の確保を最優先とし、障害は排除することになります。場合によっては捕縛ではなく殺害を優先することもあるでしょうが、ご了承ください」


(できれば捕らえて情報を得たいところじゃが、仕方ないの。妾だって痛いのは嫌なのじゃ)


 今のところ苦痛ではないが、これから先もそうだとは限らない。ただボーッとしているだけなら耐えられる気がしても、拷問のようなことをされて耐えきれるとはアンも思っていないし、何よりそんな体験をしたいとも思っていない。年の割には聡明で王族としての覚悟や矜持があったとしても、そこは一〇歳の少女なのだ。


「……以上が基本的な行動方針となります。後は――っ!?」


ギィィ……


 突如として言葉を切ると、ミミが素早く正面の壁に張り付く。するとその姿がすぅっと消えていき……代わりに部屋にある唯一の出入り口が音を立てて開いた。


「こちらです、聖女様」


「ありがとう。じゃ、外は頼むわね」


「お任せください」


 一礼する男を通路に残して室内に入ってきたのは、スラリと背の高い、何処か妖艶な雰囲気の漂う女性。身に纏っている白いローブは、誰もが知る聖女の証。


「へぇ、今回は女の子なのね。最近は男の子が続いていたから、丁度いいわ」


「……………………」


 呟く女性に、アンは何も答えない。喋れないのだから当然だ。そして女性の言葉もまた、返事を期待してのものではない。


「それに、随分といい服……ひょっとして貴族のお嬢さんなのかしら? だとしたら……随分と運が悪かったわね。それとも不運を招いてしまうような悪い子だったのかしら? だったら日頃の行いも悪かったってことになるわね……フフ」


 聖女の格好をした女性が、悪魔のようなことを口走りながら嗤う。そのちぐはぐさは本来ならば聞く者に恐怖をわき上がらせそうなのだが、アンは全く別のことに意識を取られていた。


(むぅ? この女、どこかで見たことがあるような気がするんじゃが……?)


「まあいいわ。どちらにせよ私がたっぷりと可愛がってあげる。そうしたら貴方も、メッチャモッコス様好みの素敵な子になれるわよ……フフフ」


(あっ!? そうじゃ、この女が報告書にあった聖女じゃ!)


 被害者の症状から、真っ先に調査の手の入った筋肉神の神殿と、そこの管理を任されている年若い聖女。怪しかったが故にきっちりと調べられ、だが何の証拠も発見できず、結果として真っ先に「ほぼ無関係」という判断を下された集団の長。


 わかりやすく見せつけられ、わかりやすく断ち切られていた糸の裏に隠れて繋がっていた影の糸に辿り着き……だが今のアンには、瞬き一つする自由すら与えられてはいなかった。

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