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見習い聖女の鉄拳信仰 ~癒やしの奇蹟は使えないけど、死神くらいは殴れます~  作者: 日之浦 拓
第九章 突撃! 隣の筋肉神殿

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間話:釣りの成果

本日から五話ほど間話となります。

 アプリコットが筋肉神の神殿で大暴れしてから、三日後。その日もアンナマリー・アレスタリアことアンは、己の使命に従って釣り(・・)に興じていた。歩いているのは職人通りと言われる場所の一角。特に寂れているわけでもない通りには、今はアンとメアリーの姿しかなかった。


「ふむ、確かに誰もおらんのぅ。さっきまではそこそこに人も居たというのに、不思議なものじゃ」


「皆が一斉に食事を取るからですね。今からおおよそ四半鐘(三〇分)ほどは、このような状況が続くようです」


「意識せねば見逃すが、予測のできる空白地帯か……これは気づけぬじゃろうて」


 子供が攫われるというと、どうしても一般的には貧民街や裏通りのような治安の悪い場所を連想してしまう。だが目撃者がいないとなれば話は別だ。


 その手の場所は、人気はなくても人目はある。後ろ暗い者達が虎視眈々と間抜けな獲物を狙うために常に誰かが見ているため、金さえ積めば情報を得ることは意外と容易いのだ。


 それに、大抵の子供は無知ではあっても馬鹿ではない。本当に危険な裏通りなどには、幾ら好奇心があろうと近づかないのだ。一人二人ならともかく、今回のように何人も攫われているとなると、突如として馬鹿な子供が増えたというより、それらとは違う場所が犯行現場だと考えた方が合理的である。


 では、今自分達が歩いている場所はどうか? 普段は少ないながらも人通りがあり、周囲の職場に親を迎えに来る子供がやってくることもあるため、ここが危険だと認識している者はいない。


 だというのに、皆が食事に奥へと引きこもるこの一時だけ、通りから人の目が消える。そこに子供が歩いていたら……


「盲点とは正にこのことじゃ。こういう場所なら……うん?」


 と、そこで通りの向こうから、二人組の大人の男がアン達の方に向かって歩いてきた。ぱっと見では特に不審な点などはなく、単なる一般人にしか思えなかったが……アンのなかで勘としか表現できない何かが、その二人組に妙な引っかかりを訴えてくる。


「……メアリー、妾から離れて様子を見るのじゃ」


「姫様!? そんな、危険です!」


「愚か者! ガッチリ護られてる餌に食いつく魚などおるはずがないではないか! それに望む通りになった時、妾一人ならミミが護って戦えるじゃろうが、お主までおったら手が足りなくなる」


「そんなもの、その時は私を見捨てていただければいいではありませんか!」


「そりゃどうしようもなければそうせざるを得ぬが、最初から逃がしておけるならそっちの方がいいに決まっとるじゃろ! お主は数少ない妾の腹心なのじゃぞ? それをもっと自覚せよ」


「ぐっ…………」


 アンに怒られ、メアリーがグッと唇を噛む。確かに捕まる人間は少ない方が対処が楽だし、自分を見捨てることで主が心を痛めるだろうと考えられるくらいには、メアリーもまたアンとの絆を信頼している。


「ま、役割分担じゃ。もし本当に妾が攫われたならば、その情報を持って城に戻り、陛下に報告するのじゃ。そうすれば流石に兵士が動くじゃろ。これでも妾は第三王女じゃからの」


「ですが……」


「ミミもおるから大丈夫じゃ! ほれ、さっさと行け!」


「……………………どうかお気をつけて」


 ペコリと頭を下げると、メアリーが足早に立ち去っていく。そうしてアンが一人になると……実際には近くの壁にミミが潜んでいるのだが……遙か遠くだった男達との距離は随分と近づいており、ほどなくして二人組の片割れが徐にアンに声をかけてきた。


「あー、お嬢ちゃん。ちょっと聞きたいことがあるんだけど、いいかい?」


「うむ? 何じゃ?」


「リッツ工房ってところに行きたいんだけど、何処かわかるかな? 多分この辺だと思うんだけど……」


(ふむ? これは知っていると答えると、その場所に連れて行ってくれと言われてそのまま攫われるやつか? それとも……)


「知っておるぞ。その工房なら、あっちじゃ」


 僅かな時間でいくつかの可能性を考えてから、アンはひとまず素直にリッツ工房の場所を教えた。危険な釣りに興じるのだから、周辺の地図くらいはきっちり調べてあるのだ。


「……という感じじゃの。わかったか?」


「あー、そうか。向こうの通りを行けばよかったのか」


「ほら見ろ、俺の言った通りじゃねーか!」


「うるせぇよ! あお嬢ちゃん、ありがとうな。こいつはお礼だ」


「へ? いや、別に礼など……」


「いいからいいから! ほれ!」


 隣の男と軽口を言い合ってから、男がズボンのポケットから銅貨を一枚摘まんで取り出す。アンがそれに遠慮すると、男はアンの手を掴んで引っ張り、その手の中に強引に銅貨を握らせた。


「ありがとなお嬢ちゃん」


「う、うむ。こちらこそありがとうなのじゃ」


 てっきりそのまま連れ去られるのかと思ったが、男達はあっさりとアンから離れ、そのまま歩き去ってしまった。そうしてポツンと通りに取り残されたアンは、何とも言えない気持ちで手の中の銅貨に視線を落とす。


(本当に道を聞かれただけで終わりじゃと? 妾の勘なぞ、所詮は当てにならぬということかのぅ)


 余計な気を使わせてメアリーに悪いことをしたと、アンが苦笑しながら自分の頭を掻こうとし……しかしその時、アンの中に衝撃が走る。


(何じゃ、手が動かない? いや違う、これは……っ!?)


 突如、アンの体が何処かに向かって歩き出した。だがそこにアンの意思はない。


(何じゃこれは!? どうなっておる!? くっ、声も……瞬きすらできぬじゃと!?)


 自分の体が、自分のものではないかのように勝手に動く。やがて人気の無い通りを抜けて普通に人の居る場所にまで来たが、そうして操られるアンの姿を不審に思う者は一人もいない。


(なるほど、これが目撃者のいない連続誘拐事件の正体か……そりゃおらぬはずじゃ)


 幸いにして、思考は制限されていない。自由に動けない分、アンは冷静に状況を分析していく。


(まさか誘拐される子供本人が平然と歩いていくのではな……しかし何処に向かっておるのじゃ? 町の外では無さそうじゃが)


 歩き進むアンの体は、やがて路地へと入っていく。人が一人やっと通れる程度の道とも言えぬ壁の隙間はどういうわけかしっかりと雪かきがされており、特に足を取られたりすることもなくグネグネと幾度も曲がりながら進んだ先にあったのは、薄汚れた木製の扉であった。


コンココンコン、コンココンコココン


「…………入れ」


 不思議なリズムでノックをすると、分厚い扉が内側から開かれる。アンの足が室内に踏み入ると、しっかりと閉じられた扉には内側から鍵がかけられた。


「これが今度の実験体か……随分いい服だが、また貴族なんじゃないのか?」


「かも知れんが、問題ないだろ。貴族の娘なら、むしろ親が積極的に事件を無かったことにしてくれるからな。こっちとしては後処理が楽だ」


(どうやらこいつらが誘拐犯で間違いなさそうじゃな。それに実験体とは、穏やかではないのぅ)


 室内にいた男達の会話を、アンは引き続き冷静に分析していく。なおここまで冷静にしていられるのは、近くに必ずミミがいると確信しているからだ。袋に詰められて馬車にでも乗せられたならまだしも、徒歩で歩く自分をミミが見失うはずがない。


(本当に危なくなればミミが助けてくれるじゃろうから、もうしばらくは情報収集じゃな。それにしてもいつになったら、妾の体は自由に動くようになるのか……おうっ!?)


 不意にアンの体……主に股間の辺り……に、プルリと震えが走った。同時に感じたのは、人が人として生きている以上絶対に無視できない感覚。


(寒い外を歩いたせいか、催してきたのじゃが……こ、これはどうすればいいのじゃ!?)


 声は出せない。体は動かせない。つまり一切の自己主張はできないが……然りとて寄せては返す尿意は止まらない。


(おい、そこのお前達! 気づけ、気づくのじゃ! 妾は今、乙女の尊厳の瀬戸際に立っているのじゃぞ!? ええい、ミミ! 今すぐ妾を解放するのじゃ! 誰でも何でもいいから、妾をトイレに運ぶのじゃー!)


 焦るアンの内心は、しかし誰にも伝わらない。アンを襲った予想外の危機に決着がつくのは、それから一〇分後の事であった。

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