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見習い聖女の鉄拳信仰 ~癒やしの奇蹟は使えないけど、死神くらいは殴れます~  作者: 日之浦 拓
第九章 突撃! 隣の筋肉神殿

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「落ち着いて話し合いました!」

「いやー、さっきの勝負は凄かったなぁ」


「そうだな。筋肉頂上決戦マッチョマックスマウンテンが見られたってだけでも凄いのに、内容まであれほどムキムキに詰まってるとは……あ、でも俺、一つだけ気になることがあるんだけど」


 勝負が終わってなお熱気冷めやらぬ、筋肉神殿礼拝堂。二人に負けじと筋トレに勤しむ二人の男が、筋肉をいじめ抜きながら雑談を交わす。


「気になること? 何だよ?」


「いやほら、あのちっちゃい方の子……アプリコットか? 何であの子、第一種目にBGMを選んだんだ?」


「それは……エルザさんの油断を誘うため、とか? でも、うーん……?」


 ゆっくりと深いスクワットをしながら問う男に、もう一人の男が片手プランクをしながら顎に手を当て考え込む。合理的に考えるならそうなのだろうと思う反面、あれほどの筋肉を有する少女が、そんなつまらない小細工をするとは思えなかったからだ。


「フフフフフ……貴方達、まだわかってなかったんですねぇ」


「あっ、お前はあの時も、何か意味深な含み笑いをしてた奴じゃねーか!?」


「何だよ、そんなことを言うからには、お前にはわかってるんだろうな?」


 と、そこで突如として現れた怪しげなヒョロガリ男に、二人の男達が言葉を返す。するとヒョロガリ男はニヤリと笑うと、歌うように持論を述べ始めた。


「勿論です。あれはエルザさんに……と言うより、少女を見ている私達に対する布石だったのですよ。あの時、貴方達はあの少女の筋肉をしっかりと確認しましたか?」


「……いや、そう言われると、そこまで真剣には見てねーなぁ」


 問われて男の片割れが、スクワットの速度を一段上げながら答える。当時の男達にとってアプリコットはただの少女であり、特に見るべき点を感じなかったからだ。そしてその答えに、ヒョロガリ男は満足げに頷く。


「そうです、何も分かっていない人達は、あの子を普通の女の子としか見ていなかった……でもあの活躍を見た今ならどうです? あの子の筋肉が気になりませんか?」


「なる! そりゃあなるさ! あーくそっ、こんなことならもっと真剣に見ときゃ……!?」


「……わかりましたか」


 ハッとして上半身が倒れ込みそうになり、慌てて体を支える腕を入れ替えた片手プランク男に、ヒョロガリ男が眉間をクイッと押しながら言う。その動作に特に意味はないが、何となく頭が良さそうな雰囲気が醸し出される。


「もしも最後がBGMだったなら、皆があの少女を熱心に観察したでしょう。でも最初だったから、ほとんど誰も注目しなかった。だからこそ今になって『もっとしっかり見たかった』と思うのです」


「で、でも! じゃああれか? あの子は俺達がそうやってヤキモキするように仕向けたってだけか? 何のために?」


「それこそ、筋肉への興味と探求を深めるためですよ。聖女のローブを纏ったままで、見えていたのは少女然とした細い腕だけ。なのにあれほどの筋肉力……一体彼女の筋肉はどうなっているのか? ちらっと見えただけの筋肉は妄想を掻き立て、あのローブの下にある完璧な筋肉を夢想する。


 でも、実際に見ることはもうできない。ならどうするか? 自分で身につけるしかない。理想を追い求め、鍛錬を続けるしかない。見えないからこそ、見せないからこそ、完成形を知らない私達は、果てしない筋トレ道をこれからも歩んで行けるのですよ」


「なるほど……深いぜ、筋肉」


「ああ、スゲーな筋肉」


「そうですとも。筋肉には無限の可能性が秘められているのです。こんなふうに……ねっ!」


 そう言ってヒョロガリ男が力を込めると、細かった腕にボボンと筋肉が盛り上がる。


「うおっ!? おま、その筋肉!?」


「フフフ、細いからといって筋肉が付いていないわけじゃない……あの少女と同じですよ。まあ私の場合は、あれほどの密度の筋肉を身につけられてはいませんけどね……では、私は私の鍛錬がありますので、失礼」


 最後にもう一度小さく笑うと、ヒョロガリ風筋肉男が去って行く。それを見送った二人組は顔を見合わせ頷き合うと、新たな決意を胸に燃やし、一心不乱に己の筋肉を鍛え抜いていくのだった。





「さ、ここよ。座って頂戴」


 そんなことが礼拝堂で起きていることなどつゆ知らず、アプリコット達はエルザによって神殿奥の一室に通されていた。二人が席に着くと、エルザが微妙な青臭さの残る、薄い黄色のお茶を出してくれる。


「特製の肉茶よ、どうぞ」


「いただきます……ふむ、ちょっと独特の匂いというか、風味があるお茶ですね」


「肉茶って、まさかお肉をお茶にしたんですの?」


「ふふふ、そんなわけないでしょ。筋肉にいい成分を含んだ薬草のお茶よ。そうやって煮出したものは疲れた筋肉を効果的に癒やしてくれるし、細かく刻んで肉と一緒に焼いて食べると、そっちは筋肉が育ちやすくなる効果があるの」


「へー、それは凄いですね!」


「確かに、筋肉痛には<癒やしの奇跡>は使えませんものね」


 エルザの解説に感心しながら、二人はお茶を飲んでいく。


 ちなみに、筋肉痛、あるいは成長痛に<癒やしの奇跡>が使えないのは、使ってしまうと筋肉が成長しなくなってしまうからだ。<癒やしの奇跡>はあくまでも負傷を元の形に戻すものであり、破壊からの超再生までは再現してくれないのである。


「ふぅ……筋肉に染み渡るわ…………」


 なので当然、エルザもまた<癒やしの奇跡>を受けていない。激しい戦いの結果蓄積した疲労は相当なもので、明日には自力で立って歩けるかどうかすら怪しいほどの激しい筋肉痛が襲ってくることは想像に難くない。少しでもその症状を和らげようとこうして肉茶を飲んでいるが、実際には焼け石に水だろう。


 だが、それもまた喜び。苦痛の向こうに成長があると知っていればこそ、エルザは体が動く今のうちにとアプリコット達を呼んで話をすることにしたのだ。


「それじゃ、改めて確認なんだけれど……貴方達は、私の信じる神様に難癖をつけて、この神殿の管理権限を乗っ取りにきたわけじゃないのね?」


「勿論です! というか、まだ見習いで巡礼の旅の途中なのに神殿の責任者になんてされたら、そっちの方が困っちゃいます」


 エルザの問いに、アプリコットが苦笑しながら言う。もし万が一そんなことになったなら、アプリコットは迷うこと無くシェリーにその権限を明け渡すことだろう。旅の目的を果たすまで、アプリコットが足を止めることはないのだから。


「そうなの。じゃあ問題は……」


「神様のお名前です。今更こんなことを聞くのはどうかと思うんですけど……その、メッチャモッコス様というのは、本当に筋肉神なんですか? 上腕二頭筋の神様とか、大腿四頭筋の神様ではなく?」


 同じものを司る神が、同時に二柱存在することはあり得ない。が、信者が増えることで信仰対象が細分化し、その結果新たな神が生まれることはある。


 たとえば腐神ナレハテや厄神ワリトヤンデルスなどは、大本を辿れば闇神トコヤミから派生した神だし、天秤神ヒカクラベルからは商売神ウッテカッテと法律神マルカバツカが分派している。そういう意味では、筋肉神からその流れを組む別の神が生まれること自体は、特に不思議でも不自然でもない。


 それに、神の事情を人間如きが全て知っているわけではない。アプリコットの知らないところで筋肉神から分派した神が生まれていたというのならむしろ喜ぶべきところなのだが……アプリコットの問いかけに、エルザは困り果てた顔で首を横に振る。


「それは……わからないわ。そもそも私からすれば、ムッチャマッチョスという名前の筋肉神がいるという話そのものが突然だったし……私が同じ質問を返したら、貴方はどう答えるの?」


「それは……あー…………」


 そう言われて、今度はアプリコットの方がキュッと眉間に皺を寄せる。自分もまた

「神様がそう名乗っていたから」という理由があるだけで、第三者に対してそれを証明する手段など持っていないのだ。


「うーん、そうねぇ……なら、とりあえず保留ということにしておかない?」


「保留、ですか?」


「そう、保留。これから先、私や貴方のように筋肉神様にお声がけいただいて聖女の力に目覚める子が増えれば、その子達がどんな名前を聞くかではっきりするでしょう? 自分で言うのも何だけれど、ひょっとしたら私や貴方だって名前を聞き間違えていて、本当は違う名前なのかも知れないわよ?」


「それは流石に……いや、でも、そうですね。確かにそのくらいが妥当な落とし所なのかも知れません」


 二人しかいない筋肉神の声を聞いた聖女が、二人とも別の名前を言っているから問題なのだ。これが三人四人と増え、どちらかと同じ名前を口にするようになれば、必然そちらが正しい筋肉神の名前ということになる。


 ならばここで言い争ったり、勝ち負けで神の名前を決めるようなことをする必要もない。エルザの提案にアプリコットは同意し……だがそこで事の成り行きを見守っていたレーナが、ふと首を傾げながらアプリコットに問いかけた。


「あの、アプリコットさん? 私さっきの勝負は、てっきり神様の名前をはっきりさせるために必要なものだと思ったのですけれど……違うんですの?」


「へっ!? いや、別にそんな効果はないですけど……」


「じゃあ、何でやったんですの? あの勝負をしたことで変わったことが何も無いなら、あんなことしなくてもこうして普通にお話すればよかっただけではありませんの?」


「それは…………」


「それは?」


 ジッと見つめてくるレーナに、アプリコットはそっと顔を逸らして小さく囁く。


「た、楽しそうだったから…………」


「アプリコットさーん!」


「ひぃぃぃぃ! ご、ごめんなさいですー!」


 特に必然性も無く謎の筋肉祭りに強制参加させられたレーナの怒りを一身に受け、あれだけの死闘を制したアプリコットは今日イチ情けない悲鳴をあげるのだった。

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