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見習い聖女の鉄拳信仰 ~癒やしの奇蹟は使えないけど、死神くらいは殴れます~  作者: 日之浦 拓
第九章 突撃! 隣の筋肉神殿

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「決着をつけました!」

 通常、UMAは両者が組み合った状態から始まる。それはUMAが戦闘ではなく、あくまでも筋肉比べであるという本質から、万が一にも殴り合いなどが発生しないようにするための配慮だ。


 だが今回、判定員の男が開始を宣言しても、アプリコットとエルザは向かい合って立ったままだ。何故ならこれはエクストリーム……神の力を活用するものだからである。


「見敵必殺、拳撃必滅。我が拳は信仰と共に在り」


 何処か静謐な空気の漂う中、最初に聖句を口にしたのはアプリコットだった。いつもの猛々しさは鳴りを潜め、落ち着いて捧げられたその祈りに、アプリコットの体内で筋肉神ムッチャマッチョスの力が湧き上がってく。


「うぉぉぉぉ!?」


「何……だありゃ…………!?」


 満ち満ちたる神の力は神威となって零れだし、それを見た人々は半ば無意識にアプリコットに畏れをを抱いた。見た目は相変わらず小さな体なのに、今や彼らの目に映るのは光り輝く筋肉の巨人。


「……っ! メッチャモッコス様、私も…………っ!」


 そのプレッシャーに負けじと、エルザもまた己の信じるものに対して祈りを伝えた。するとその体にもまた、偉大にして強大なる力が満ちてくる。それを感じ取ったアプリコットは、祈るために閉じていた目を見開き、まっすぐにエルザを見つめた。


「どうやら、準備はいいみたいですね」


「ええ、十分に力を高めさせてもらったわ」


 ゆっくりと二人が歩み寄り、伸ばした手が互いの肩を掴む。


「それじゃ……行きます!」


「こっちこそ!」


 かけ声と共に、両者の力が弾けた。人を超えた二つの筋肉の力比べは、神殿床の大理石に僅かなヒビを入れるほどに強烈……しかし驚きに歯を食いしばったのは片方のみ。


(この子、強い……っ!)


 APMにおいてなら、体格差はそこまで意味を持たなかった。だがUMAでは違う。上を取っているのは終始エルザであり、万物を引きつける大地神ジーメンの恩恵を一方的に受けているのは自分だという自覚がある。


 だというのに、優位を感じられない。どれだけ下に押しつけてもアプリコットが潰れることはなく、かといって左右に揺さぶろうにも動かない。身長は頭一つ分、体格で言うなら二回り以上小さな相手だというのに、まるで地面に埋まった巨石と組み合っているかのような印象を受け、エルザが焦る。


(このままじゃ……負ける? 私が? せっかくここまで頑張ってきたのに、こんなところで……!?)


「どうしました? 筋肉が乱れてますよ?」


「くっ!?」


 焦りは集中を乱し、その隙をアプリコットは見逃さない。僅かに体勢が崩れた瞬間に押し込まれ、エルザは一歩後ずさった。


 たかが一歩、然れど一歩。一歩分の後退は一歩分の最適からのズレを生み、一歩分だけ力を込めづらくなり……一歩分だけ敗北に近づく。


 その気配が、エルザの背筋を凍らせた。そうして脳裏に浮かぶのは、情けなかったかつての自分。現実に立ち向かう勇気もなく、ただ逃げるために筋肉を鍛え続けた日々。


(違う、違う! もう私はあの頃の私じゃない! だからこんな子なんかに……っ!)


 もう一度腹に力を込めて、エルザは何とかアプリコットを押し返そうとする。だが弱気を思い出してしまった筋肉は怯えたように震え続け、ゆっくりとエルザの体が床に沈んで――


「ふぅ……凄いですね、エルザさん」


「……えっ?」


 そんなエルザの耳に、不意に小さく、だがはっきりとそんな言葉が届いた。ハッとして視線をあげると、そこには組み合いながらも自分の方をまっすぐに見ているアプリコットの顔がある。


「私、これでも自分は大分強いと思ってたんです。流石に師匠には勝てないですけど、それでもその辺の人には……少なくとも、筋肉神様の名前を間違えて覚えている人には、絶対に負けないって」


「私は、間違えてなんか…………」


「ええ、それはもういいんです。だって、エルザさんの筋肉は本物ですから」


「っ…………」


「わかりますよ。私だって筋肉神様に声をかけていただいてから、一日だって鍛錬を休んだことはありません。毎日毎日必死に頑張って……それで漸くここまで強くなれたんです。


 だからわかります。エルザさんのその筋肉も、一生懸命頑張って育てたんだって」


「……ええ、そうね。私だって頑張ったわ。でも、それが何? 欲しいもの、望むもののために努力するのは普通でしょう?」


「ははっ! それを普通だって言える人は、凄く頑張り屋さんなんですよ! だからこうして筋肉を比べられるのは楽しいですし……だからこそ、負けません!」


「…………私だって、負けないわ!」


 ニヤリと笑って宣言するアプリコットに、気づけばエルザも笑顔を返していた。さっきまでプルプルと怯えるように震えていた筋肉が、今は強敵と全力で戦える喜びに震えている。


「この神殿は、私が作った新しい居場所! 後から来て乗っ取ろうなんて、そうはいかないわ!」


「ふぁっ!? いや、乗っ取るつもりとかはこれっぽっちも無いですよ!? でも私も負けません!」


 予想外の言葉にアプリコットが僅かに動揺し、エルザは一歩だけ前に踏み出した。これにて体勢は五分に戻り、勝負の行方はまた分からなくなる。


「ふぬぬぬぬ……っ!」


「ぐぎぎぎぎ……っ!」


 可憐な少女に、あるいは妖艶な美女に似つかわしくない唸り声をあげながら、二人が必死に筋肉比べをする。そのあまりにも高まりすぎた空気に周囲の信者達からも歓声が消え、その場の全員が固唾を呑んで見守るなか、しばし地味ながらも白熱した高度な駆け引きが続いていき……永遠のような一分後、遂に二人の体が動く。


「フッ!」


「くう…………っ!?」


 アプリコットの腕の捻りに、エルザがその場で膝を折った。それはAPMの時と同じく、互いが死力を尽くした果ての地味な動きで……もたらされた結果もまた、APMの時と同じ。


「はぁ、はぁ、はぁ……………………私の、負けよ」


 全身の筋肉が力を失い、ずるりと滑り落ちるように床に倒れたエルザが、小さく、だがはっきりとそう告げる。最後の力で体を捻って仰向けになると、天井に据え付けられた魔導具の照明が目に染みて、汗が一筋瞳からこぼれ落ちた。


「ふぅ、ふぅ…………エルザさん…………対戦、ありがとうございました!」


 そんなエルザを見下ろして、アプリコットは息を整えながらそう叫んで頭を下げる。負けたエルザに手を差し伸べたりはしない。勝敗を決する場を選んだならば、勝者は勝者らしく振る舞う義務がある。堂々と立つことこそ、勝利した者の責務なのだ。


「アプリコットさん!」


 そんなアプリコットに、周囲の信者達のところから出てきたレーナが飛びついた。大切なお友達が勝ったことが嬉しくて、大切なお友達が頑張ったことが何より誇らしくて、その瞳がウルウルと濡れて輝いている。


「レーナちゃん!? 私今大分汗をかいてますから、クサくなっちゃいますよ?」


「構いませんわ! 私とアプリコットさんが同じになるなら、むしろ嬉しいくらいですわ!」


「そうですか? ならいいですけど……あ、でも、やっぱりちょっとだけ離れて待っててください。まだやることがありますから」


「あ、はい。わかりましたわ」


 その言葉にレーナが離れると、アプリコットは縦縞シャツの判定員に視線を向ける。すると判定員の男が笑顔で頷き、アプリコットの隣に立って手首を掴む。


「UMA-Xは、アプリコット選手の勝利! そして総合判定二:一により、筋肉頂上決戦マッチョマックスマウンテンの勝者は、アプリコット選手です!」


「勝ったどー!」


「「「ワァァァァァァァァ!!!」」」


 右手を高々と掲げられたアプリコットに、その場の全員が惜しみない拍手と歓声、そして賞賛を送った。

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