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見習い聖女の鉄拳信仰 ~癒やしの奇蹟は使えないけど、死神くらいは殴れます~  作者: 日之浦 拓
第九章 突撃! 隣の筋肉神殿

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「勝負開始です!」

「おいおい、エルザさんが勝負するって言うからどんな相手かと思ったら、あんなちんちくりんなのか?」


「見たところ筋肉の欠片も見えないが……これで勝負になるのか?」


「フッ、甘いですね貴方達」


「何だと!? どういうことだ?」


「本当に、どういうことですのぉ……?」


 アプリコットとエルザを取り巻く信者達の間で意味深な会話が繰り広げられるなか、レーナはちょっと泣きそうな顔でオロオロしていた。だが誰も何も説明してくれないままに事態は進んでいき、数人の信者によりアプリコット達のところに木製のテーブルが運ばれていく。


「さあ、これで準備は整ったわ。最初の種目は貴方に選ばせてあげる」


「いいんですか? 私に有利な種目を選ぶかも知れないんですよ?」


 余裕の笑みを浮かべて言うエルザに、アプリコットが挑発的な目を向けた。だがエルザはフッと小さく笑ってそれに応える。


「いいわよ。そもそもそれを言うなら、ここは私の管理する神殿……つまり私の筋肉のようなものだわ。そこに自ら埋もれに来たというのなら、相応の礼を返してようやく、と言ったところでしょう?」


「なるほど、固いも筋肉、柔らかいも筋肉というわけですか……わかりました」


「これっぽっちもわかりませんわ!? え、どういう意味ですの!?」


「なんだお嬢ちゃん、素人か? 筋肉ってのは力を入れれば固くなるし、力を抜けば柔らかくなる。どっちも生かすのが筋肉の度量ってもんなのさ」


「は、はぁ……?」


 ドヤ顔をする見知らぬオッサンに説明され、レーナはとりあえず生返事をしておいた。知りたいことと説明内容が噛み合っていないせいで結局何もわからなかったが、追加で聞いたら更にわからなくなりそうだったからだ。そしてそんなレーナの前で、アプリコットが高らかに宣言する。


「なら、私が最初に選ぶのは……BGMです!」


「……何ですって?」


 アプリコットの選択に、エルザが怪訝な声をあげた。しかしそれ以上は何を言うでもなく、縦縞シャツの判定員がアプリコットに確認の声をかける。


「アプリコット選手、最初の種目はBGMで間違いありませんか?」


「筋肉に脂肪はありません!」


「確認しました! それでは第一種目は『輝く華麗な筋肉人ブリリアント・ゴージャス・マッチョリスト』となります! 種目選定がアプリコット選手でしたので、エルザ選手からどうぞ!」


「……わかったわ」


 アプリコットをひと睨みしてから、エルザが運ばれてきたテーブルの上に乗る。そうして周囲の注目を集めると、徐に着ていたローブを脱ぎ捨てた。


「さあ、私の肉体美をとくとご覧なさい!」


「「「オォォーッ!!!」」」


「はわわわわ!? そんな、はしたないですわ!?」


 下着姿になったエルザを見て、周囲から歓声があがる。いきなりの光景に顔を手で覆い指の隙間からそれを見るレーナの前で、エルザが胸の前で両手の指を鍵のようにして組み合わせ、グッと力を入れた。


「ふぬぬぬぬ…………フンッ!」


「「「オォォーッ!!!」」」


「わっ、わっ!? す、凄いですわ!?」


 細くしなやかだったエルザの全身に、ボコリと筋肉が盛り上がっていく。今まで目立っていた大きな胸やお尻はその存在感を薄め、代わりに露出した腹筋は六つに割れ、腕や足の筋肉は美しい山と谷を生み出していく。


「流石エルザさんだ。相変わらずスゲェ肉体美だぜ」


「エルザさん、素敵ー! ああ、私もあんな風になりたいわぁ」


「ナイスマッチョ! モリモリ盛れてますし、バリバリ切れてますよ!」


「はわぁ……」


 レーナの感覚ではほとんど全裸に近いような美しい女性がいるのに、周囲からあがるのは筋肉を讃える声援ばかり。その事実にレーナは戸惑いつつも少しずつ場の空気が理解できるようになってきて、顔を覆った手を外してじっくりとエルザを見つめる。すると確かにその筋肉は美しいように思えた。


「細かいことはわかりませんけれど、確かに何だか凄いというか、綺麗な感じがしますわ……」


 周囲に流されたのか、あるいは熱に浮かされたのか。レーナの目にちょっと格好良く見え始めてきたエルザが三つほどポーズを変えると、万雷の拍手と歓声を受けながらテーブルの上から降りた。脱ぎ捨てたローブを再び纏ってからその視線が向く先にいるのは、当然アプリコットだ。


「さあ、次は貴方の番よ。一体何を考えてBGMを選んだのか知らないけれど……果たしてこの筋肉(ながれ)を鍛え直せるのかしら?」


「ご心配なく。では、行きます!」


「続いては、アプリコット選手です! どうぞ!」


 縦縞シャツの判定員の男に言われ、アプリコットがテーブルの上に乗った。そうしてローブに手をかけると……両腕の袖を捲り上げる。


「あれ? アプリコットさんは脱がないんですの?」


「おいおいお嬢ちゃん、素人か? アンダールールがあるだろ?」


「あ、あんだーるーる?」


「そうだぜ。成人する前の子供は、保護者の同意なしじゃ服を脱げないんだよ。だからBGMだと相当不利なはずなんだが……何であの子はBGMを選んだんだろうな?」


「さ、さあ……?」


 またもドヤ顔で説明してから思案し始めた見知らぬオッサンに、レーナは今回も微妙な表情で生返事をした。アプリコットが脱がないらしいという事実には安堵したが、それが非常に不利だという説明に不安も覚える。


(アプリコットさん。頑張ってください……!)


「では、いきますよ……フンッ!」


 そんなレーナの気持ちを余所に、肩口ギリギリまで袖を捲ったアプリコットが、エルザと同じようにポーズを取る。だが裾の長いローブを身に纏っている以上、露出しているのは腕だけ。しかもその腕も、元のプニプニアームから特に変化はない。


「うーん、これは…………」


「いや、子供だし女の子だし、普通って言えば普通なんだが……」


「フフフフフ…………」


「うぅ……アプリコットさーん!」


 芳しくない周囲の反応に、レーナが必死に声援を送る。だがアプリコットがポーズを変えても信者達の反応は変わらず、結局微妙な空気のままでアプリコットはテーブルを降りてしまった。するとすぐに判定員がやってきて二人の間に立つと、アプリコットとエルザの手首を掴む。


「それでは判定を行います。勝者……エルザ選手!」


「「「オォォーッ!!!」」」


 判定員が掲げたのは、エルザの手だった。オール・オーディエンス……観戦者全員の納得によって勝敗を決める判定方法は勝負が拮抗するほどに判定が難しくなるが、今回に限れば誰の目にもその勝敗は明らかであり、何も分かっていないレーナですらアプリコットの勝利を主張することはできなかった。


「どうやら思惑は外れたようね?」


「それはどうでしょう?」


 失望、怒り、侮蔑……軽くとはいえそういうものを込めたエルザの視線に、しかしアプリコットは不敵に笑う。その態度にエルザは落ち込んでいたアプリコットへの評価を、少しだけ保留にすることにした。


「いいわ、なら答えは貴方の筋肉から聞くことにしましょう。勝負はあと二つ……次もまた、敗者である貴方に選択権があるわ」


「わかりました。では次の種目は……APMです!」


「……APM? 一応聞くけど、わざと負けて同情を引きたいとか、そんな情けない筋肉を晒したいわけじゃないのよね?」


「勿論です! さっきは見えていなかったというのなら、今度はその身を以て味わわせてあげます……本当の筋肉というものを!」


「へぇ、面白いじゃない」


 エルザの口元が楽しげに歪み、さっきまで自分達が立っていたテーブルの上に、今度は肘を突いて構える。するとその正面に立ったアプリコットも同じようにテーブルに肘を突き、二人の手がガッシリと握り合う。


 そしてそれを見た判定員の男が、組み合った二人の手の上に自らの手を重ねながらアプリコット達に声をかけてきた。


「お二人とも、準備はよろしいですか?」


「当然よ。私の筋肉はいつだって火照ってるわ」


「私の筋肉だって、常日頃からムキムキです!」


「では、第二戦『力腕筋肉極式アーム・パワー・マキシマッチョ』、開始!」


 判定員の手が二人の手の上から離れ……瞬間、世界が揺れた。

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