「まずは訪ねてみました!」
「おぉぅ、ここが……?」
「メッチャモッコス様の神殿ですわ……?」
王都から乗合馬車に揺られること、二時間。平原にポツンと……と言うには少々立派過ぎるが……建っている神殿にやってきたアプリコット達は、その内部で行われていた集会に度肝を抜かれていた。
「筋肉を讃えよ!」
「「「筋肉を讃えよ!」」」
「筋肉は最高!」
「「「筋肉は最高!」」」
「筋肉万歳!」
「「「筋肉万歳!」」」
神殿に入ってすぐの礼拝堂。その広間には数え切れないほどの人が詰めており、その全員がムキムキマッチョな体を晒しながら、祭壇の前に立つ一人の女性の言葉を唱和している。
「さあ、偉大なる筋肉神の信徒達よ! 今日もメッチャモッコス様を讃えながら、鍛えて鍛えて鍛えまくるのです! 筋肉は友達! 筋肉は財産! 筋肉さえあれば、世の中の大抵のことは解決するのです!
讃えよ筋肉! 鍛えよ筋肉! 我らが信仰は筋肉と共に在り!」
「「「オーッ!!!」」」
「す、凄い熱気ですわ……アプリコットさん?」
「ふえっ!? な、何でもないですよ!?」
場の空気に当てられボーッとしていたレーナがふと横を見ると、アプリコットが体をウズウズとさせているのが目に入った。そのままジッとアプリコットを見つめていると、アプリコットが観念したように小さく囁く。
「そ、その、私も筋肉を鍛えたくなってしまったというか……」
「この感じだとそういう気持ちになるのは否定しませんけれど、今日やるべき事はわかっておりますわよね?」
「勿論です! 偽の筋肉を信じる人達を、私の言葉で真の筋肉信仰へと導くのです!」
「…………まあ、とりあえずはそれでいいですわ」
ちょっと違う気はしたが、レーナは違和感をゴクリと飲み込んでそう返した。実際ここに来た目的で一番大きいものは、メッチャモッコスという神が一体何者なのかを調べることなので、ギリギリ間違いではないのだ……かなりギリギリだが。
「それではアプリコットさん、あちらの女性……おそらく代表の聖女様でしょうけど、あちらの方にお話を……」
「ああ、ペアになって腹筋を鍛えてます! あっちは腕立て……私の背中にも座って欲しい……」
「アプリコットさん?」
「はっ!? ち、違いますよ! わかってます! 行きましょう!」
「……………………」
朝の鍛錬の時はシフはまだ寝ているため、腕立ての時の負荷が欲しい。そんなことを日々思っていたアプリコットが決死の思いで未練を断ち切ってそう言うと、何処か呆れたようなレーナは無言でアプリコットの手を引き、人混みの中をすり抜けていく。蒸発した汗が白い霧となって立ちこめそうな空気のなかを進めば、すぐに祭壇の前まで辿り着くことができた。
「おや、貴方達は?」
「失礼致しますわ。私は見習い聖女のレーナと申します。で、こっちが……」
「私は同じく見習い聖女で、アプリコットと言います!」
「レーナさんにアプリコットさんね。私はこの神殿の管理を任されている、聖女のエルザよ。宜しくね」
「「宜しくお願いします!」」
アプリコット達の名乗りに、エルザも笑顔で答えてくれる。年の頃はおそらく二五歳くらい。シェリーほどではないにしろ一七〇センチくらいはありそうな高身長に、腰まで届く艶やかな亜麻色の長髪。聖女のローブに包まれた細く引き締まった体にやたらと大きな胸とお尻がボインバインと出た、何とも蠱惑的な雰囲気の女性だ。
「それで、私に何か用かしら? 体を鍛えたいなら、ここで好きなだけ鍛えていっていいわよ? ああ、祈りも同じね。ここでは体を鍛えることと神様にお祈りすることは同義なの」
「それは素晴らしいです! じゃなくて……えっと、ちょっとエルザさんにお聞きしたいことがあるんです」
「私に? 何かしら?」
コクリと首を傾げるエルザに、アプリコットが興奮を落ち着けてから問う。
「その……この神殿に奉られている筋肉神様のお名前は、メッチャモッコス様であってますか?」
「ええ、そうだけど……それが何か?」
「実は私、筋肉神様に声をかけていただいて見習い聖女になったんですけど、でも私の聞いた筋肉神様のお名前は、メッチャモッコスではなくムッチャマッチョスなんです」
「…………えっ!?」
一瞬動きのとまったエルザが、キョトンとした顔で間抜けな声を出す。明らかに焦った様子で瞳をキョロキョロと動かし……しかし数秒の後に落ち着きを取り戻すと、少しだけ固い笑みを浮かべながらアプリコットに話しかけてきた。
「それは一体、どういう意味なのかしら? まさかとは思うけれど、見習いとは言え聖女の貴方が、メッチャモッコス様の存在を否定すると?」
「まさか! そんなつもりはありませんけど、ただ疑問というか……何で名前が違うのかなって」
「……貴方が神の名前を間違えて覚えているのではなくて? 私の神は筋肉神メッチャモッコス様よ」
「間違えてはいません。私の神様は、筋肉神ムッチャマッチョス様です」
「……………………」
「……………………」
無言のままに、エルザとアプリコットの視線がぶつかり合う。互いにまっすぐ見つめ合う様は一触即発のようで、二人の隣ではレーナがアワアワと慌てている。
ちなみに、今日はシフは一緒に来ていない。流石に三人全員が奉仕活動を休んでしまうのはあまりよくないと思ったのと、そもそもシフは聖女の格好をしているだけで聖女ではないので、今回は別行動なのだ。
「アプリコットさん! エルザさんも……お二人とも落ち着いてくださいませ!」
「大丈夫ですよレーナちゃん。私はちゃんと落ち着いてますから」
「ええ、私だって冷静よ。冷静だけれど……だからと言って譲れないものはあるの」
「なら、やるしかありませんね」
「ええ、やるしかないわね……さあ皆さん! ここに新たな挑戦者が現れました! 今こそ神聖なる儀式の準備を!」
両手を振り上げ、エルザが大声で叫ぶ。すると周囲で筋トレしていた人達が汗を拭くことすらなくザッと移動していき、礼拝堂の中央に広いスペースができる。それを確認したアプリコットとエルザは、特に言葉を交わすこともなく当たり前のようにその空間へと歩き進んでいった。
「ちょっ、な、何ですの!? これは何が始まりますの!?」
「勝負形式はオーソドックス・スリーマッチョでいいですか?」
「いいわ。ただし勝敗はオール・オーディエンスよ。半端な勝ち方も負け方も許さない」
「勿論です。やるからには筋肉の限りを尽くします!」
「いい覚悟ね。受けて立つわ!」
エルザがパチンと指を鳴らすと、周囲を囲んでいた信者の一人がゆっくりと歩み出てくる。青と白の縦縞のシャツに黒い革ズボンを履き、黒髪をオールバックに撫でつけた中年男性が、皆の注目を集める中その声をあげた。
「では、僭越ながら私が判定員をさせていただきます。お二人とも、準備はよろしいですか?」
「はい!」
「ええ!」
「私は全くよろしくありませんわ!?」
いい笑顔で答えるアプリコットとエルザ。そこから離れて周囲の信者に交じったレーナは戸惑いの声をあげたが、誰もそれを気にしない。
「ただいまより筋肉頂上決戦を開始致します!」
「「「ウォォォォォォォォォ!!!」」」
「何ですのそれー!?!?!?」
悲痛なレーナ叫びは、マッチョ達の歓声に綺麗さっぱりかき消されてしまっていた。





