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見習い聖女の鉄拳信仰 ~癒やしの奇蹟は使えないけど、死神くらいは殴れます~  作者: 日之浦 拓
第八章 王都での日々

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「今後の方針を話し合いました!」

「……とまあ、意気込んではみましたが、当面私達ができることはないんですけどね」


「はうわっ!? え、そうなんですの!?」


 一転して冷静になったアプリコットの言葉に、レーナがスベッと上半身をテーブルの上に倒しながら言う。するとアンがゆったりと紅茶を飲みながらアプリコットに追従する。


「そうじゃの。この広い王都の中、いつ何処で起こるかわからぬ犯罪に備えるなど、たとえ一〇〇人導入しても無理じゃ。というか、それができぬから妾が囮も兼ねて町で活動しているわけじゃしのぅ」


 実のところ、アンとしては自分が襲われるという結果が一番望ましかったりする。自分なら常にミミという護衛がいるし、王族が襲われたとなれば流石に警備兵の増員もされるだろう。それでも犯人が確保できなかった場合事件の解決は遠ざかってしまうが、少なくとも子供が誘拐され続けるよりはずっとマシだ。


「むぅ? じゃあ我は結局どうすればいいのだ?」


「シフは今まで通り、普通に奉仕活動を続ければいいと思いますよ。私もそうしますし……あ、でも、レーナちゃんだけは気をつけた方がいいかも知れません。と言っても人気の無い裏路地に不用意に入らない……みたいな、当たり前のことだけですけど」


「わかりましたわ。でもそれだと、本当にいつもと変わりませんわね」


「犯罪の対策なぞ、そんなものじゃ。当たり前を侮り、これくらいと高をくくったところで足下を掬われるのが犯罪というものじゃからのぅ」


 アンの言葉に、場の全員がしみじみと頷く。危険は日常に潜んでいるが、そんな日常に含まれる常識こそ、危険を避けるための英知の結晶なのだ。


「……そう言えば、師匠はこの事件のことは知っているんでしょうか? 知っているなら何か対策をしてそうですけど」


 ふと気になって、アプリコットがそう呟く。するとアンは軽く思案てから私見を口にした。


「おそらくじゃが、知っておるのではないか? じゃがいくらシェリー殿とはいえ、一人ではどうにもならんじゃろ。それにシェリー殿はシェリー殿で、やるべき仕事を抱えておるじゃろうし」


「言われてみれば、そうですね。今は冬なんで王都にいますけど、春になったらまた何処かに行くって言ってましたし」


 アプリコットは知らなかったが、シェリーはここ数年、世界中を旅して「人類共通の厄介ごと」を解決してまわっている。なのでシェリーとアプリコットが王都で再会できたのは、実はかなりの幸運であった。


 もっとも連絡がつかないわけではないので、アプリコットがここにいると伝えさえすれば戻ってはきただろうが、それでも一月くらいは再会が遅れていたことだろう。


「うーん、師匠が誘拐犯に出会えば、一瞬で片がつく……いや、そうでもないですかね? その規模の犯罪となると、組織的なものである可能性が高そうですし」


「妾としても、そう見ておる。流石に個人や数人程度の集団で起こしているにしては、事が大きすぎるでのぅ」


「うむん? 悪いやつがいっぱいいるのに、見つからないのか?」


「ははは、いっぱいいるとは言っても、全員が一カ所に集まっているかどうかはわからんからのぅ。一応一つだけ気になっている場所があるんじゃが……」


「え、そんなところがあるんですか?」


「うむ。実は誘拐事件が起こり始める半年ほど前に、王都にほど近い場所に筋肉神の神殿が建てられておっての……」


「それは絶対違いますね!」

「絶対そこが犯人の居場所ですわー!?」


 アンの言葉に、アプリコットとレーナが正反対の意見を口にする。するとアプリコットとレーナが正面から顔を見合わせ、まずはアプリコットが不満げに口を尖らせる。


「レーナちゃん、酷いです! 筋肉神様は子供を誘拐させたりしないです!」


「あ、いえ、それはそうだと思いますけれど……で、でも、筋肉ムキムキですわよ!? やっぱり何か関係が……」


「それでもです! 筋肉神様は、そんなこと絶対に……」


「まあ待て二人とも。落ち着くのじゃ!」


 ギュッと力の籠もった目で見つめるアプリコットに、レーナがタジタジになる。そんな二人にアンが仲裁の声をかけると、鼻がくっつきそうな距離まで顔を詰めていたアプリコットが、レーナから少し離れて呼吸を整えた。


「ふぅ……わかりました。ごめんなさいレーナちゃん、ちょっと興奮してしまいました」


「いえ、私の方こそごめんなさいですわ。アプリコットさんにとって、筋肉神様はとても大切な神様でしたのに……」


「ん? のうアプリコット、お主筋肉神のことをよく知っておるのか?」


 反省する二人に、アンがそう問いかける。するとアプリコットはいい笑顔を浮かべて力強く頷いた。


「勿論です! 私に声をかけてくださったのは、筋肉神様ですから!」


「そうなのか。正直妾は、神殿ができるまで筋肉神というのが存在すること自体を知らなかったのじゃが……なら丁度良い。聞きたいのじゃが、筋肉神の与える<神の奇蹟>に、他人を筋肉ムキムキにするようなものはあるのか?」


「それは…………うーん、絶対に無いとは言えませんけど…………」


 アンの問いに、アプリコットは腕組みをして真剣に考えながら答える。


「私が使える筋肉神様のお力は、あくまでも自分自身の心と体の筋肉に影響するだけのものです。なので少なくとも私には、他人をいきなり筋肉ムキムキにするような<神の奇蹟>は使えません。


 が、私以外の正式な聖女の人に、そういう奇蹟が使えないかと言われると……」


「できないとは言い切れない、と?」


 アンの言葉に、アプリコットはコクリと頷く。なお「心の筋肉」という概念にアプリコット以外が内心で微妙に首を傾げたが、とりあえずこの場では皆それを追求しなかった。


「ですが、仮にできるのだとしても、子供達に無理矢理というのはやっぱり無いと思うんです。<神の奇蹟>はあくまでも神様の力を借りて使うものですから、神様がお認めにならないような使い方はできない…………はず…………?」


 そう言いかけたところで、アプリコットの言葉が止まる。その頭に浮かんだのは、少し前にシェリーに聞いた言葉だ。


「アプリコットさん? どうされたんですの?」


「いえ、王都にきてすぐの頃に、師匠に聞いた言葉を思い出したんです。ほら、シフのことで……」


「シフさんの……ああ、悪意と善意の……!?」


「うむ? 我がどうかしたか?」


 ピクリと尻尾を反応させたシフをそのままに、アプリコットの考えにレーナが追いついて顔色を悪くする。そしてその反応に、アンもまた怪訝な表情を浮かべて二人に問う。


「どうしたのじゃ二人とも?」


「いえ、ちょっと思いついたというか、思い出したというか……」


「確かに神様のお力は、悪意のある使い方はできませんわ。でも力を振るう聖女の方が、完全な善意で使っていたなら……それが結果として悪いことになるとしても、使えるかも知れないのですわ」


 そうしてアプリコットとレーナは、シェリーから聞いた話を踏まえてアンに説明をしていく。するとアンもまた事の深刻さを悟り、キュッと表情を硬くした。


「なるほど、力の使い手が善だと信じ込めば、神の力を悪事に利用することも可能かも知れないということか……それは何とも厄介じゃな。であればもう一度きちんと調査をしてみるか? うむむ……」


「あ、そういうことなら私達がその神殿に行ってきましょうか?」


「よいのか?」


 通常の権力機構とは切り離されているだけに、神殿への立ち入り調査は、明確な証拠でもないと難しい。なのでアプリコットの提案はありがたかったが、同時にもし本当に件の事件の首謀者の根城であれば、強い危険も伴う。なので問うアンに、アプリコットは笑顔で頷く。


「はい! 私達なら神殿を訪ねて不自然なことは何もありませんしね」


「そうかそうか。ならば頼むとしようかの。筋肉神メッチャモッコスの神殿は――」


「……待ってください。今なんて?」


 場所を説明しようとしたアンの言葉を、アプリコットは手を前に突き出して制する。


「筋肉神……何ですか?」


「? じゃから、筋肉神メッチャモッコスじゃよ。そんなのお主の方がよくわかっているであろう?」


「……………………」


 不思議そうな顔をするアンに、アプリコットはポカンと口を開けて横を向く。するとそこには同じような顔をするレーナがいて、二人の視線が再びバッチリと会う。


「偽物です!」

「偽物ですわー!?」


「ぬわっ!? 今日の二人は叫びすぎなのだ!」


 今日一番の叫び声が、いつもの宿の一室に響き渡った。

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