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見習い聖女の鉄拳信仰 ~癒やしの奇蹟は使えないけど、死神くらいは殴れます~  作者: 日之浦 拓
第八章 王都での日々

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「詳しい話を聞きました!」

「まったく! 筋肉が関係したら何でもかんでも私のせいにすればいいなんて、そんな雑な感じに世の中はできてないんですよ! まったく! レーナちゃんもシフもまったく!」


「フフフ、ごめんなさいですわアプリコットさん」


「ほらほら、機嫌を直すのだ」


「ぷすー!」


 理不尽な言いがかりに怒りをプンスコと炸裂させるアプリコット。そのプクッと膨らんだ頬をレーナとシフが左右から突くと、中の空気と一緒にアプリコットの空気もひゅるりと抜けていった。


「ふぅ、まあいいです。それでアンちゃん、冗談はさておいて、実際にはどんなことが起こってるんですか?」


「ん? 妾は冗談など一つも言っておらぬぞ? 子供は誘拐されておるし、一〇日ほどで戻ってくるし、その時には皆筋肉ムキムキになっておるのじゃ」


「えぇ……?」


 真面目にそう答えるアンに、アプリコットが戸惑いの声をあげる。そしてそれは隣でほっぺたを突いていた二人も同じだ。


「え、あの、本当に筋肉ムキムキになって帰ってくるんですの? それは一体……?」


 訳が分からないとばかりに問うてくるレーナに、アンもまた苦渋に満ちた顔で言う。


「わからぬ。というか、わからぬからこそ困っておるのじゃ。もしこれが最初にお主達が想像したような悲惨な結果を生んでおるなら、とっくに王都の衛兵達がその威信に賭けて町中を警備し、犯人を捕まえておったことじゃろう。じゃが今は通常の警備しかされておらぬ」


「何でなのだ? 子供が攫われてるのだろう?」


 次いで首を傾げながら問うシフに、アンは小さく頷いてから答える。


「そうじゃ、攫われておるんじゃが……ある意味無事に戻ってきてしまっておるからのぅ。いや、無事であることはいいことなのじゃが、大きな被害が出ないせいで、大々的に兵士を動かしたりはできないのじゃよ。大量の兵士が町を行き交えばそれだけで人々の気持ちが不安定になり、そっちの方が大事になってしまうのじゃ」


「はぁ。その理屈はわかりますけど、でも子供が筋肉ムキムキになって帰ってくるのは、それはそれで大きな被害なのでは?」


 そして最後に不思議そうに問うてくるアプリコットに、アンは困り果てて疲れた笑みを浮かべながら答える。


「実は、そこにも問題があるのじゃ……戻ってきた子供は、確かに筋肉ムキムキになっておる。が、おおよそ一〇日ほどするとその体がしぼみ、元の状態に戻るんじゃよ。その際に全身が激しい痛みに襲われるらしいんじゃが、複数の薬師や聖女に診察してもらった結果、どうやらただの筋肉痛らしいのじゃ」


「えっと……ちょっと纏めますね。ある日突然子供が攫われ、一〇日ほどして戻ってくると筋肉ムキムキになっている。でもそこから更に一〇日ほどで元の体に戻って、酷い筋肉痛になる……でいいんですか?」


「うむ。加えて言うなら、攫われている間の記憶は綺麗さっぱり失われており、それ以外の重篤な副作用などは今のところ確認されておらぬ。それ故に庶民の間ではそこまで大事にはならず、また少数ではあるが子女を攫われた貴族家の方では、事件そのものを無かったこととして隠蔽しようとする動きすらあるのじゃ」


「隠蔽? 何故ですの?」


「子供を攫われたなんて知られたら、親の無能がばれるからではないか?」


「ちょっ、シフ!?」


 相変わらず歯に布着せぬシフの物言いに、アプリコットが慌ててその口を押さえる。だがアンは特に気にすることなく、皮肉げに唇の端をちょっとだけ吊り上げてから話を続ける。


「そういう側面も無いとは言わぬが、一番の理由は僅かな期間とはいえ、自分の子供が筋肉ムキムキになったなどと知られたくないからじゃな。男児ならばまだしも、筋肉ムキムキの女児となれば将来の婚約などに問題が出ると考えたのじゃろう。黙っておれば一月ほどで誘拐の事実そのものを無かったことにできるのじゃから、尚更な」


「あー……」


 アンの言葉に、レーナが深く同意の声を漏らす。アプリコットだけは「えー、筋肉だって格好いいと思うのに……」と小さく呟いていたが、残念ながらこの場にそれを同意してくれる人はいなかった。


「むぅ……まあとにかく、誘拐事件が起きているのはわかりました。でもそれとアンちゃんに何の関係が? まさかアンちゃんが事件を解決するために調べてるとかですか?」


「そんなのとっても危ないですわ! お城の兵隊さんにお任せした方がいいのではありませんの?」


「そうも言っておられんのじゃ。さっきも言った通り、攫われた子供達本人からは何の情報も得られぬし、一月もすれば何事もなかったかのように日常生活に戻ってしまう。おまけに一部の貴族が事件そのものを存在しないことにするために、軽くとはいえ衛兵に圧力をかけてさえいる。


 じゃが実際に子供は誘拐されており、記憶は消され、しかも短期間で筋肉ムキムキになったり元に戻ったりしておる。目的も手段も何もかもがわからぬそんな異常事態を放置などとてもできん。


 じゃからこそ妾なのじゃ。妾ならば世間に顔を知られておらず、あわよくば誘拐犯が狙ってくる可能性もある。そうなればそいつを捕らえて解決の糸口にすることもできるからの。


 これは高貴な身に生まれた妾が背負って然るべき義務であり、妾自身もまた望んでやっておることなのじゃ」


「でも、そんな……! どうしてアンさんが…………」


 納得ずくのアンの言葉に、しかしレーナは頷けない。だがアンの覚悟を否定する権利も、解決してしまう力もなく……故にうつむき考え込んで、自分なりの決意を込めて顔をあげる。


「わかりましたわ。どうしてもお止めできないというのなら、私も協力致しますわ! アプリコットさんとシフさんは……」


「勿論、私も協力します!」


「レーナがやると言ったことを、我がやらないわけがないだろう?」


「お二人とも……ありがとうございますわ!」


 レーナの手をそっと握って言うアプリコット達に、レーナが感謝の言葉を述べる。だがそんな三人に、アンは値踏みするような目つきで言葉を続ける。


「よいのか? 今のところ致命的な危険は確認されておらぬが、それでも安全とはほど遠いのじゃぞ?」


「構いませんわ。だって、アンさんだってそれを承知で頑張っているのでしょう?」


「それはそうじゃが、妾の場合はそうする理由があるし、相応の対策もあるのじゃ」


 言って、アンはチラリと近くの壁に視線を向ける。無論その先にミミはいない……アンに見抜ける程度の偽装では意味が無い……が、室内の何処かの壁にはいる。一見すれば単なる子供とお付きのメイドという二人組だが、決して無防備ではないのだ。


 そしてそれに、アプリコットだけは気づいている。アンが向けたのとは全く違う場所の壁をチラリと見てから、改めてアンに向かって話しかける。


「それはわかってますけど……でもアンちゃんがその話を私達にしてくれたのは、私達に手伝って欲しいからじゃないんですか?」


「…………正直、そういう狙いがなかったとは言わぬ。じゃが現段階ではどうしても助けて欲しいというほどではないのじゃ。ただ何かあった時に、そういう事件があるのじゃと知っておいてくれればと思っただけなのじゃ」


 その問いに、アンは誤魔化すことなく正直にそう告げた。世に絶対はなく、万が一自分の身に何か起こることもあり得る。そうなったとき、せめてアプリコット達には知っておいて欲しい……それはアンの中に生まれてしまった小さな甘えだ。


「ならいいじゃないですか! 知った上で、私達はアンちゃんの力になりたいと思いました。巻き込まれたとかじゃありません。私達がそうしたいと思ったんです」


「それに、私達だって見習いとは言え聖女ですわ! 子供が攫われていると知って、何もしないなんてありませんわ!」


「そうだぞ。子供というのは大事にしないと、みんなが泣いてしまうのだ」


 だがそんな甘えを、アプリコット達は喜んで受け入れる。何故なら他者に甘えるその気持ちを――


「だから、私達みんなで頑張りましょう! 『王都の子供、お助け大作戦』です!」


――人は「信頼」と呼ぶのだから。

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