「疑惑を向けられました!?」
「……何か、思ったより頻繁に会えますね」
楽しい楽しい雪遊びの日からしばし経ち、冬の節が一つ流れた頃。そろそろ「いつもの」と言えそうな宿の一室にてアン達とお茶を楽しむアプリコットがふと零した呟きに、アンが微妙に眉根を寄せて答える。
「なんじゃ、もう妾と会うのには飽きてしまったのか?」
「違いますよ! アンちゃんとお話しするのは凄く楽しいですけど、何というかこう……アンちゃんと会うのは、もっと難しいかと思っていたので」
「そうですわね。私も正直、こうしてまた普通にお話できるとは思っておりませんでしたわ」
慌てて否定したアプリコットに、レーナがしみじみと追従する。アンの本当の身分は知らずとも、アンが貴族であることはアプリコット達も理解している。そして貴族というのは、普通気軽には会えないのだ。
「なので、もしアプリコットさんが『アンちゃんが寂しがってる気がしますから、お屋敷に忍び込んじゃいましょうか!』などと言い出したら、どうしようかと思っておりましたわ」
「酷いですレーナちゃん! 私はそんな非常識なこと…………絶対しないとは言いませんけど」
ガーンとショックを受けつつも、アプリコットがそっと視線を逸らす。春になって再び巡礼の旅に出るときまでに再会できなかったら、しばしのお別れといつかの再会を約束してそうしようかと密かに考えていたのは、自分の中だけの秘密なのだ。
だがそんな何気ない……実際には大問題だが……言葉に、アンが更に眉間の皺を深めて問う。
「待て。お主達、妾の家が何処なのか知っておるのか?」
「いえ、知りませんよ? アンちゃんが聞いて欲しくなさそうなので、師匠にも聞いてませんし……でもまあ、私達にはシフがいますから」
「うむ! 我が匂いを辿れば、アンの居場所なんてすぐにわかるのだ!」
「あー、そうなのか……まあ、うむ。そうなのか……」
胸を張るシフに、アンは若干困ったような笑みを浮かべて言葉を濁す。城下に降りるときは身分を隠すように行動してはいるが、流石に匂いの対策などしたことはない。かといって今更香水だのを浴びるほど振りかけたところで意味が無いことくらいは察せられる。
(むぅ、これはどうしたものじゃろうか……)
こうして何度も会っていれば、アプリコット達が自分の身分を知ったところで態度を変えないであろうと信じられるくらいには親しくなれた。なのでアンとしても、別に自分が王女であることを告げてもいいと思ってはいるのだが……
(できればこう、もっと劇的な場面で打ち明けたいのじゃ)
お茶とお菓子を嗜みながら雑談のついでのように自分の身分を明かすのは、何となく格好良くない。アプリコット達と会っている時だけ顔を出すアンの子供らしいイタズラ心こそが、アンが未だに本名を名乗っていない理由のほぼ全てであった。
(ああ、名乗りたい! せっかく考えたのに一度もやったことのないアレをやってみたいのに、タイミングがないのじゃ! どうにかいい感じの機会が作れないじゃろうか?)
「……あの、アンちゃん? 別に無理しなくてもいいですよ?」
「そうですわ! 私達にとって、アンさんはずっとアンさんですもの!」
「偉いか偉くないかなど、我にとってもどうでもいいのだ!」
「お、おぅ。そうか……気を使わせてしまってすまんのぉ」
黙り込んでしまったアンを見て、アプリコット達がそう言ってくれる。その温かさと気遣いが心から嬉しい反面、そうではないと叫ぶ内心がこれ以上無い程にもどかしくて、アンは俯いて手にしたカップの中に視線を落とす。
が、脳内で幼い自分が身悶えしている事など、アン本人にしか分からないことだ。重く沈んでしまったような気がする……気がするだけだが……場の流れを変えるべく、アプリコットがやや強引に話題を引き戻した。
「と、ところで! これだけ会えるってことは、アンちゃんは割と暇だったりするんですか?」
「うむん? 暇というわけでは――」
「お嬢様は、決して暇などではありません!」
答えようとしたアンの言葉を遮り、突然メアリーが声をあげる。その顔に浮かんでいるのは、珍しく怒りの表情だ。
「ふえっ!? メアリーさん!?」
「皆さんとお会いするために、お嬢様が日々どれだけ努力しておられるか……」
「メアリー、やめるのじゃ! 単なる会話の流れじゃろうが。アプリコットも、すまんの」
「も、申し訳ありません……」
「私も、ごめんなさい……」
「あー、二人ともそんな顔をしては駄目なのじゃ! まったく……確かに妾は暇ではないが、それでも無理をしてるわけでもないぞ? こうしてそこそこ時間をとれるのは、妾のしている仕事の関係じゃからな」
「仕事? アンさんはそのお歳で、もうお仕事をなさってるんですわ!?」
苦笑しながら言うアンに、レーナが驚きの声をあげる。一〇歳の子供なら親の手伝いくらいはしていても何も不思議ではないが、レーナの中にある「貴族の仕事」のイメージは何人もの大人に指示を出して仕事をさせるようなものだったので、幾ら頭がいいとはいえ、それを一〇歳の子供ができるとは思えなかったからだ。
だがそうしてキラキラとした目で自分を見てくるレーナに、アンは再び困り顔になって言葉を迷わせ始める。
「いや、おそらくレーナが考えているような仕事ではないぞ? というか、別に給金をもらっているわけではないのだから、仕事というのも違うのか? 役目、使命、あー……まあとにかく、妾がやれそうなことをやっているだけなのじゃ」
「それは結局、何をやっているのだ? 木の実を拾い集めるくらいならともかく、アンに狩りはできなそうだが……」
「ん? そうでもないぞ。確かに普通の狩りはできぬじゃろうが、今やっているのはそれに近いことじゃからな」
首を傾げるシフに、アンがニヤリと笑って言う。
「実は今、この王都で厄介な事件が起きていての。幼い子供が短期的に攫われるという、人攫い事件が起きておるのじゃ」
「人攫い!? 大変じゃないですか!」
「でも、短期的というのは……?」
驚くアプリコットと、首を傾げるレーナ。そんな二人の反応を見てから、アンが落ち着いて話を続けていく。
「攫われるのは、おおよそ五歳から一〇歳くらいの子供で、被害者はここ半年で二〇人ほど。攫う対象に性別や貧富は関係なく、ごく一般的な家庭から、僅かではあるが貴族の子女が攫われたこともある。話にはあがらぬだけで、おそらく貧民街からも消えておるじゃろうから、実際にはもっと多くの子供が攫われていると思われる。
しかし、この事件の奇妙なところは攫った犯人から一切要求が届かないことじゃ。要求がないから何処の誰が、何の目的で子供を攫ったのかわからず……そうして一〇日ほど経つと、攫われた子供は変わり果てた姿で発見されるのじゃ」
「そんな……っ!」
「酷いですわ…………」
「む…………」
痛ましい姿となった子供達を想像し、そんな子供と再会した親の気持ちを類推し、アプリコットが、レーナが、シフがそれぞれ己の内に怒りを滾らせる。そしてそんな怒りに同調するように、アンが静かに語り続ける。
「うむ、確かに酷いのじゃ。なにせ子供達は皆、筋肉ムキムキになっておったからのぅ。我が子の変わり果てた姿を見て混乱する親に、何と声をかければいいかわからなかったのじゃ」
「…………えっ?」
「筋肉……?」
「ムキムキなのだ……?」
声を詰まらせるアプリコットに、レーナとシフがゆっくりと視線を向けてくる。
「……大丈夫ですわアプリコットさん。たとえ罪人になったとしても、私とアプリコットさんはお友達ですわ! ですから自首しましょう?」
「本人が望んでないのに、無理矢理に体を鍛えてはいけないのだ。それは鍛錬ではなくイジメなのだぞ?」
「ち、ちがっ!? 私じゃありませんよ!?」
ジト目を向けてくる親友二人に、アプリコットは心の底から否定の叫びをあげた。





