「遊びは終わりなのじゃ!」
「じゃーね、お姉ちゃん達!」
「ばいばーい!」
「はーい、ばいばい!」
「気をつけて帰るんですわよー!」
宵闇の迫る空の下、手を振り家路につく子供達を見送りながら、アプリコット達もまた手を振り返す。そうして一人また一人と去って行き、気づけば残ったのはアプリコット達だけとなった。
「それじゃ、そろそろお開きですね」
「はー、楽しかったですわぁ」
「うむうむ。我は大満足なのだ!」
名残惜しくも終わりを宣言するアプリコットに、レーナとシフは満足げに頷く。それを見てアプリコットもニッコリと微笑むと、その視線をアン達の方へと向けた。
「アンちゃんは、どうでしたか?」
「無粋なことを聞くでない! 楽しくなかったわけがなかろう!」
「ですよねー」
ちょっと乱暴に、でも少しだけ照れた感じで答えるアンに、アプリコットは笑顔で返す。一緒に遊んでいたのだからアンが楽しんでいたことなどわかりきっていたが、それでもきちんと聞いておきたかったのだ。
「なら、アンさんを雪遊びにお誘いしたのは大成功でしたわね!」
「美味いものも食えたし、みんなで楽しく遊んだのだから、最強に大成功なのだ!」
「なんじゃそれは? ふふ……じゃが、本当に楽しかったぞ。ああ、妾の生涯で、今日が一番楽しかったかも知れん」
「またまたー。アンちゃんは大げさですね」
冗談めかして笑うアプリコットに、しかしアンはその小さな肩を竦めてみせる。
「別に大げさではないぞ? 立場があると、遊ぶというのはなかなかに難しいのじゃ。何をするにも忖度されるというか……そうじゃのぅ、今日のような遊びを妾の知る者達とやったとすると……」
「……ど、どうなるんですの?」
言葉を溜めるアンに、レーナがゴクリと唾を飲みながら問うた。するとアンは真剣な表情で静かに語りを続ける。
「たとえば、雪の家……『そのような労働を貴方にさせるわけにはいきません。それなら高名な職人を呼んで、貴方に相応しいものを作らせましょう!』とかなる。数日かけて作られた雪と氷の家は、さぞかし美しいじゃろうが……」
「あー……」
アンの言葉に、アプリコット達は何とも言えない表情を浮かべる。確かに職人がきちんと作った雪の家というのも興味はあるが、それと自分達で作る楽しさは別物なのだ。
「雪像にしてもそうじゃ。いや、こちらは芸術という観点で語ればまだ自分で作る余地があるじゃろうが、結果は妾のものを過剰に褒めそやされるだけじゃ。自分で言うのも何じゃが、所詮は子供が作ったものなんじゃから、適当に笑い合って素直な感想を言い合えるのが一番じゃと思うんじゃが……まあ子供とはいえ立場があるからのぅ。
ああ、子供と言えば、当然ながら近所の子供が交じって遊ぶなどというのは本来ならあり得ぬぞ? それに最後の雪当て……きっと妾の周囲には妾を護らんと張り切ってアピールする者達が溢れかえるじゃろうし、妾が投げた雪玉は率先して当たりに来る者によって百発百中じゃ。そんなもの鬱陶しいだけで、楽しくもなんともないのじゃ」
「それは確かに、あまり楽しくなさそうですわ……」
「じゃろう? じゃから今日は本当に、本当に楽しかったのじゃ! ああ、今日が終わってしまうのが惜しいのぅ」
「そんなに気に入ってくれたなら、今日はお泊まりもしちゃいますか? 教会のベッドで良ければ、一緒に寝たりできますよ?」
「ぐおっ!? 何とも魅力的な提案じゃが、そこまでは……まあ無理じゃなぁ」
視線の先でメアリーが無言で首を横に振っているのを見て、アンが苦笑しながら言う。事前の許可なしでの外泊はいくらなんでも不可能だ。
「とは言え、いずれはそういうのも楽しそうじゃ。実現できるかどうかはわからぬが、考えておこう」
「わーい! 約束ですよ!」
「では、今日のところはここまでじゃ! またな! シェリー殿も、お会いできて光栄だったのじゃ!」
「はい、またです!」
「さよならですわー!」
「今度は我が美味しいママをご馳走してやるのだ!」
「普通に遊びにくる分には、歓迎してやるよ」
アプリコット達に見送られ、アン達もまた広場を後にする。するとすぐに黒塗りの高級な馬車の元へと辿り着き、メアリーが扉を開けると、アンはそのまま中に入って一息ついた。
「ふぅ、終わったのぅ」
「お疲れ様でした、姫様」
「おぅ、疲れたのじゃ。本当に、ここまで全力で遊んだこどなど生まれて初めてじゃったからのぅ……」
「なら、少しお休みになりますか?」
「んー……」
メアリーの問いに、車窓から暮れゆく空を眺めつつアンが考え込む。小刻みな馬車の揺れが絶妙に眠気を誘ってくるが、アンはその誘惑をプルプルと顔を振ることで耐えしのいだ。
「いや、やめておこう。寝てしまうのは勿体ない。せめてもう少しくらい、楽しい日が終わるのを先延ばしにしておきたいからな」
「姫様……」
アンの言葉に、メアリーが痛ましげな視線を投げかける。だがその時スッと馬車の中に人影が現れて言葉を投げかける。
「あの子の言葉じゃないけど、姫様、大げさ。別に遊ぼうと思えばこれからだって遊べるはず」
「ミミか……まあそうなんじゃが、そこはほれ、場の空気というものがあるじゃろうが!」
せっかく感傷的な雰囲気を楽しんでいたのを台無しにされ、アンがまたも苦笑する。最近のアンの活動の内容を考えると、やろうと思えば大体五日に一日くらいはアプリコット達と会う機会が作れる。勿論それは二時間とか三時間とかで、今日のように一日ガッツリ遊び倒せるというわけではないが、普通にお茶を楽しむくらいなら十分な時間だ。
「それに会えるとは言っても、妾の事情に巻き込んでしまう可能性もあるからのぅ。メアリー、お主シェリー殿に何か言われておったのではないか?」
「それは……っ!? は、はい……」
一瞬怯えたような顔をするメアリーに、アンは笑いながら手をヒラヒラさせる。
「ああ、皆まで言わずともよいのじゃ。今日のことで大分わかったが、要は誠実でありさえすればよいのじゃ。何かを頼むなら正直に事情を話して頼めばよいし、困っているなら困っていると、助けて欲しいなら助けてくれと素直に伝えればいいだけじゃ。
故にメアリーよ、シェリー殿もそうだが、アプリコット達に接する時も、貴族連中にやるような手段で交渉することを禁じる。意味はわかるな?」
「畏まりました。しかとこの身に刻ませていただきます」
海千山千の貴族を相手にするなら、迂遠な言い回しで言質を取ったり、利害を解いて協力を求めたりするのが常道だ。だがそんなやり方をシェリーやアプリコット達にしても、ただ信頼を失うだけにしかならない。
それをきちんと見抜いているアンの慧眼にメアリーもミミも心底感嘆すると共に、王族というものの凄さと悲しさに複雑な気持ちになる。王族の姫が年相応の子供でいられる時間は、一握りの奇蹟の中にしかないのだろう。
「さーて、今日サボってしまった分、明日からはやるべき事が山積みじゃ! メアリーよ、予定はどうなっておるのじゃ?」
「はい。明日は午前中は歴史学の授業が入っております。昼はハクセン侯爵家のジーリス様との会食。午後はダンスの訓練とエドマス伯爵家のティナ様とのお茶会、その後は――」
聞いているだけでうんざりするような過密スケジュールを告げられ、しかしアンはそれを平然と受け入れる。今日一日を堪能した代償と考えれば、むしろ安いくらいだ。
「はー、忙しいのぅ。じゃあまあ、それもまた妾の生きる道じゃ! メアリー、ミミ。これからも宜しく頼むぞ」
「お任せください。我が忠節は、常に姫様と共に」
「私がいる限り、誰にも姫様に手出しさせない」
「ふふふ、頼りにしておるぞ」
アレスタリア王国第三王女、アンナマリー・アレスタリア。まだまだ幼い姫に使える懐刀は、その日も二本揃ってキラリと輝いていた。





