「飛び入り参加がやってきました!」
「ふーっ、お腹いっぱいです……」
幸せそうな表情で、アプリコットがぽっこり膨れたお腹をさする。甘い物と美味しい物を食べたことで、ほんの少し減っていた体力ゲージは既にフル回復だ。が、皆が皆元気いっぱいというわけではない。
「うみゅ、我はちょっと眠くなってきたのだ……」
「でも、今寝てしまうのはちょっと勿体ない気もしますわぁ……」
シェリーの筋肉椅子に座りながらうつらうつらするシフの隣で、レーナもショボショボと目を擦っている。しかしそんな二人に、アンが大きな声で呼びかける。
「そうじゃぞ、時間は有限なのじゃ! 妾はまだまだ遊ぶぞ!」
「なら、食後すぐに激しい運動というのはよくなさそうですし、腹ごなしも兼ねて午後はまず雪像でも作りましょうか」
アプリコットの提案に、アンがピクリと眉毛を吊り上げる。
「ほほぅ? つまり今度は芸術性で勝負というわけじゃな? いいぞ、受けて立つ! メアリー! ミミ! 今すぐ妾のために雪を集めるのじゃ!」
「ぬあっ、アンちゃんの行動が早い!?」
「なら私も……アプリコットさんも行きますわよね?」
「勿論です! シフは……駄目そうですね。師匠、シフをお願いしてもいいですか?」
「あいよ。ま、ちょっとしたら起きるだろうさ」
「じゃあそういうことで! 行きましょうレーナちゃん!」
「はいですわ!」
本格的に眠り始めてしまったシフを雪の家に残し、アプリコットとレーナも外に出る。すると冷たい風がピュルリと吹き抜け、寝ぼけていた意識が一気に覚醒させられた。
「うーっ、外はやっぱり寒いですね」
「というか、雪の家は本当に暖かかったんですわね。それじゃ私は、あちらで作らせていただきますわ!」
「あれ? 一緒には作らないんですか?」
「それも楽しいと思うんですけれど、せっかくですから、私だってアプリコットさんにちょっとくらい勝ちたいですわ!」
「むぅ……わかりました、なら受けて立ちます!」
特に勝負という気はなかったのだが、流れ的にそうらしいのでそれぞれが独自の雪像を作ることになった。そうして作業をしていると、不意に広場の外から声が聞こえてくる。
「あー、やっぱり誰かいるぞ!」
「うん?」
アプリコットが声のした方を振り向くと、そこには数人の子供がいた。中でも一二歳くらいと思われる男の子が、アプリコット達の方を指差して叫んでいる。
「おや、貴方達は?」
「俺達は、この近所に住んでるんだ! 昼前にスゲー音がしたから見に来たんだ!」
「ホントはね、もっと早く来たかったの。でもお母さんが危ないから駄目だって言ったの。だから今来たの」
「あー、なるほど……」
子供達の言葉に、アプリコットは苦笑しながら納得する。確かに近所であんな爆音がして雪が舞い上がったら、何事かと思うだろう。かといって即座に駆けつけたりしたら、爆発を起こした危険な何かに出会ってしまうかも知れない。安全と好奇心のせめぎ合いの結果が、今になって様子を見に来るという行為に繋がったわけだ。
「それより、お前達こそ何してるんだよ! ここは入っちゃいけない場所なんだぞ!」
「へ? 何でですか?」
「ここはね、王様が管理してる場所なの。だから勝手に入ったりしたら、兵隊さんに怒られちゃうんだって、お母さんが言ってたの」
「そーそー! アタシ達だって遊びたかったのに、ずっと我慢してたのー!」
「おぉぅ、そうだったんですか。なら……おーい、アンちゃん! ちょっと来てくれますかー?」
「んー? 何じゃー?」
アプリコットの呼びかけに、アンがメアリー達を引き連れてやってくる。その明らかに貴族然とした装いに子供達の間に緊張が走ったが、アプリコットは一切気にせず話を続ける。
「この子達が『ここに入ると怒られる』って言ってるんですけど、そうなんですか?」
「うむん? 確かにここは国の管理する土地じゃから、変に荒らしたりすればそりゃ罰せられるじゃろうが、立ち入りを禁止したりはしておらぬぞ? それともメアリー、お主今日のこれのために、何か申請をしたりしたのか?」
「いえ、特には」
「なら、ここは誰が入ってもいいってことですよね?」
アンの問いを否定するメアリーを見て、アプリコットが改めて確認する。それにアンが頷くのを見て、アプリコットは子供達に笑いかけた。
「ということなので、ここは誰が入っても、遊んでもいいそうです! せっかくなので、貴方達も一緒に遊びませんか?」
「えっ、いいのか!? でも、そっちの子は、その……貴族様じゃないのか?」
「貴族様はね、目の前を横切るだけでも蹴っ飛ばされて怒られるって、お母さんが言ってたの」
「えぇ!? アンちゃん、そんなことしてるんですか!?」
「するわけなかろう! いや、そういう貴族もいないとは言わぬが、妾はそんなことせんわ! だが、そうじゃな……」
ジト目のアプリコットに猛烈に抗議の声をあげてから、アンがゆっくり子供達の姿を見回す。一二歳くらいの男の子、一〇歳くらいの女の子、それに六歳くらいの女の子の三人組は、どう見てもただの子供だ。
「よし! ならばお主達、妾の雪像作りを手伝うのじゃ! そうすれば報酬として、ここで思い切り遊ぶ権利と、甘ーいお茶やお菓子をやろう! どうじゃ?」
「やる!」
「やるー!」
「るー!」
「よしよし! ならば報酬をいくらか先払いしよう。メアリー、昼の残りをこの子達にも振る舞ってやれ」
「畏まりました……ですが、よろしいので?」
「構わん。それと他にも子供が来るようだったら、同じように扱ってやれ。ただしあまり調子に乗るような者じゃったら……」
「大丈夫。それは私が対処する」
悪そうな笑みを浮かべるアンに、すぐ側に立っていたミミが無表情でそう告げる。そしてそんなアン達の会話に、年長の男の子がおずおずとアンに問いかけてくる。
「な、なあ、それって他の奴らも呼んでいいってことか?」
「その通りじゃ。これだけの広場を妾達だけで独占というのも勿体ないしな。のうアプリコット?」
「勿論です! あ、でも一応レーナちゃん達にも聞いて来ますね!」
そう言ったアプリコットが、駆け足で雪の家の方へと戻っていく。シフはまだ寝ぼけていたが、レーナは当然大歓迎。こうしてアプリコット達の雪遊びに、地元の子供達が正式に加わった。
そしてその数は、同じように様子を見に来た他の子供達や、その子供達が呼んだ子供達によって徐々に増えていく。五の半鐘が鳴る頃には、その数は四〇人ほどまで増えていた。
「見て見てー! おとーさんとおかーさん!」
「おおー、よくできてますね!」
小さな女の子が作った、膝丈ほどの雪玉を二つ重ねただけのもの。だがズボッと指を突っ込んで開けられたつぶらな瞳と、指先で削られたニッコリ笑う口が実に微笑ましくて、アプリコットもニコニコしてしまう。
「ふふふ、可愛らしいのが沢山できましたわ!」
「ゆきうさぎー!」
「いっぱーい!」
気の合う女の子達と共にレーナが作り上げたのは、手のひらほどの大きさでこんもり盛り上げた雪に小石と葉っぱで目と耳を飾り付けたウサギ。それが二〇個ほど寄り添って並ぶ様は実に愛らしい。
「むぅ。もうちょっとこう、こっち側を盛り上げたらどうじゃ?」
「それだとバランス悪くねーか? むしろ太いところを削った方がいいだろ」
「ほぅ! 確かに……ならばこんな感じじゃろうか?」
「おお、いいじゃねーか!」
アンの作り上げた、捻れ絡まる枯れ木のような絶妙にくねるオブジェ。メアリーですら首を捻るそれに謎の才能を発揮した少年が助言をし、常人には理解不能なレベルで謎のオブジェが洗練されていく。
「ほれほれ、捕まえてみるのだ!」
「待てー!」
「わぷっ!? 雪が……ペッペッ!」
「ハッハッハ、甘いのだ!」
そして雪像作りが好みではなかった子供達は、シフの振り回す尻尾を追いかけ回している。素早く器用に動き回る尻尾は時に雪をすくい上げ、それを引っかけられた子供が悔しそうに……だが楽しそうに笑う。
勝負の話などとっくに流れ、皆が皆楽しそうに遊ぶ雪の広場。しかしそんな一日も、ゆっくりと終わりへと近づいていった。





