表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
見習い聖女の鉄拳信仰 ~癒やしの奇蹟は使えないけど、死神くらいは殴れます~  作者: 日之浦 拓
第一章 とある見習い聖女の日常

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

11/142

「おっきな熊は強かったです!」

「どうやら間に合ったみたいですね。大丈夫ですかハンナ先生?」


「あ、アプリコットさん!? どうしてここに!?」


「ふふふ、それは勿論神のお導き……と言いたいところなんですが」


 驚愕の声をあげるハンナに対し、アプリコットはニンマリと笑みを浮かべてから、優しい視線を森の外へと向ける。


「ベン君が、帰ってこない先生を探して欲しいと教会までやってきたんです。なので私達が先生達を探しに来たんですよ」


「あの子が、私を……?」


「そうですよ。神様はいつも私達を見てくださっていますが、直接助けてくれるわけではありません。人を助けるのは、いつだって人の想いなのです。


 だから孤児院に帰ったら、ちゃんと子供達みんなに謝って、それから一杯褒めてあげてください。ベン君だけじゃなく、きっとみんな心配してますから」


「……はい、そうします」


 震えるハンナの手にアプリコットが触れると、ポスンとナイフが地面に落ちる。それに合わせるようにハンナがその場にへたり込んでしまうと、その背後にいた狩人の姿が目に入った。


「むむっ! そっちの人は大怪我をしてますね」


「あっ!? そ、そうです! お願いしますアプリコットさん、アランさんに<癒やしの奇跡>を使っていただけませんか!?」


「むぅ、ごめんなさい。実は私、<癒やしの奇跡>が使えないんです」


「ええっ!?」


 ばつが悪そうに言うアプリコットに、ハンナがまたも驚きの声を上げる。職業柄何人もの見習い聖女と会ったことのあるハンナだったが、そのなかに<癒やしの奇跡>が使えない者は一人もいなかったからだ。


 そして、それは当然である。何故なら見習い聖女として旅に出ることが許される条件には、<癒やしの奇跡>の習得が含まれているからだ。


 故に、アプリコットは例外中の例外。回復薬の補充も済んでおらず、このままでは怪我人を見捨てるしかないが……


「そんな、それじゃアランさんは……」


「大丈夫ですよ先生! さっきちゃんと『私達』って言ったでしょう?」


「うぅー……アプリコットさーん…………」


 ドヤ顔でそう言ったアプリコットの背後から、葉っぱに塗れた格好のレーナが恨めしげな声をあげつつ姿を現す。その頭上にはぼんやりと光る玉が浮いており、それこそがあの日孤児院で使わなかった、光神アマネクテラスの<灯火の奇跡>である。


「酷いですわアプリコットさん。いきなり投げ捨てるなんて……」


「ごめんなさいレーナちゃん。レーナちゃんを抱えていると、間に合わなそうだったので……それより、あの人の治療をお願いできませんか?」


「治療? あっ、大変ですわ!」


 視線の先に怪我人を見つけ、レーナは即座にシャキンとするとアランの側へと駆け寄っていった。大きな血だまりのなかに腰を下ろすアランの顔色は真っ白で、通常の手当であれば、ここから助かるのはかなり難しいだろう。


「う……あ…………」


「これはいけませんわ。すぐに治療を……天にまします偉大なる神に、信徒たる我が希う。その信仰をお認めくださるならば、神の奇跡の一欠片を、今ここにお示しください……無病息災、無傷即再! <慈愛に輝く右の指先ヒール・ライト・フィンガー>!」


 が、ここにいるのは見習い聖女。神の奇跡の一端であれば、不可能な事も可能になる。聖句を唱え終えた瞬間にレーナの右手に光が宿り、それを傷口にそっとかざすと、まるで時が巻き戻るようにアランの傷がジワジワと癒えていく。


「これなら未熟な私でも何とか……アプリコットさん!?」


「グルルルルルルルル……」


 と、そこでアプリコットが蹴り飛ばした熊が、恐ろしげな唸り声を上げつつ起き上がってきた。その威圧感に他の皆が怯えるなか、アプリコットだけが平然と熊の前に立つ。


「おや、まだ起き上がれましたか。割と強めに蹴ったつもりでしたが」


「グァァァァ!」


「あうっ!?」


 今度は熊の振るった腕が、アプリコットの小さな体を吹き飛ばす。バンッと派手な音を立てて木に叩きつけられたアプリコットの姿に、ハンナが悲鳴のような声をあげた。


「そんな!? アプリコットさん!?」


「いてて……あー、大丈夫ですから、心配しないでください」


 もっとも、アプリコットは然したるダメージを受けた様子もなく、あっさりと立ち上がった。攻撃を食らう瞬間に自分から後ろに飛んだし、叩きつけられた時も木のしなりを利用してダメージを最小限にしていたためだ。


「とはいえ、熊さんはなかなかの強敵みたいですね。なら私も本気を出します! 見敵必殺、拳撃必滅! 我が拳は信仰と共に在り!」


 その聖句を口にすれば、アプリコットの体の中に神の力が満ちていく。小敵と侮る熊の懐に一足飛びに接近すると、左の肘を熊の腹に突き込み、更に左手の拳を右手で叩くことで瞬時に二重の衝撃を熊の内臓に叩き込んだ。


「グルォァァァ!?!?!?」


「苦しいですか? 毛皮は刃物を通さず、分厚い筋肉は打撃も刺突も止めてしまうんでしょうけど、衝撃は別ですよね?」


 低く沈めた体勢はバネであり、溜めた力で跳び上がりながら右の掌底で熊の顎を打つ。


「グ、アァァァァ……!?」


「体の大きさに関係なく、頭を揺らされれば意識が飛びます。そして意識していなければ、その巨体で立ち続けるのは不可能です!」


 残していた左足を軸に再び体勢を下げると、その場でクルリと回っての回し蹴りを熊の右足に叩き込む。頭をふらつかせていた熊はそれであっさりと転ばされ、その巨体がごろんと仰向けに倒れ込む。


「ゴァァァァ!?」


「これで私の拳は貴方に届く……さあ、終わりです!」


 ぴょんとジャンプし、引き絞った右の拳を倒れた熊の鼻っ柱に目がけて、全力で叩き込む。骨の折れるメキョリという手応えと共に、熊の顔に血と肉の花が咲き、熊の動きが…………


「止まらない!?」


「グルォァァァァァァ!!!」


「きゃっ!?」


 顔の潰れた熊がその巨体で跳ね起き、滅茶苦茶に腕を振り回し始める。その衝撃に普通に吹っ飛ばされてしまったアプリコットだったが、意識が戦闘モードに切り替わっていればこそ、ヒラリと華麗に着地を決めると改めて拳を握る。


「……命の強さを、知らず侮っていたのかも知れません。自戒と敬意を込めて、この拳で貴方を送ります! 弱肉強食、爆裂消滅! <万物を砕く右の豪腕デストロイ・ウー・ワン>!」


 聖句は正しく神へと届き、アプリコットの右腕に太い幻の腕が重なる。祈りと共に放たれたその一撃は防御のために組み合わされた熊の両腕を吹き飛ばし、その胸に大きな穴を開けた。


「グ、アァァ…………」


「熊さん、貴方は正しく強敵でした。神よ、強く勇ましかった獣の魂を、どうかその懐に御迎え入れください」


 絶命する熊を前に、アプリコットは静かに祈る。その祈りが神に伝わったのを何となく感じると、アプリコットはレーナ達の方へ戻っていった。


「レーナちゃん、どうですか?」


「アプリコットさん! ええ、もう大丈夫ですわ。ですよねアランさん?」


「ああ、本当に平気だ……凄いな、あれだけ流した血すら戻ってくるとは」


「それはまあ、神様のお力ですから」


「ああ良かった! 本当に良かった……!」


 額の汗をローブで拭いながらも微笑むレーナに、見るからに顔色の良くなったアランが不思議そうに自分の足を眺め、ハンナはへたり込んだままで涙を流して皆が無事だったことを喜んでいる。ということは……


「やりましたレーナちゃん! 先生お助け大作戦は、見事大成功です!」


「ええ、文句なしの大成功ですわ!」


 鼻がくっつきそうな距離まで顔を近づけ合うと、アプリコットとレーナはニッコリと笑ってから互いの手をパチンと叩く。こうして二人の見習い聖女は、また一つ徳と感謝の気持ちをその身の内に積み上げるのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
面白い、続きが読みたいと思っていただけたら星をポチッと押していただけると励みになります。

小説家になろう 勝手にランキング

小説家になろうSNSシェアツール
― 新着の感想 ―
[良い点] 救出が間に合ってよかったよかった [気になる点] 両腕を欠損してど真ん中に大穴が…緊急事態だから仕方ないけど勿体ないオバケがこっちを見ている
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ